7、騎士団長の資質。
重苦しい息を吐き出して、クラヴィルは空を見上げる。
雨は止んだが、日の明かりが見えない曇天のずっと遠くでこれからだと告げるかのように稲光が走って消える。
「きっと荒れた旅路になるが、頼んだぞ」
腕に止まっていた鷹を撫でクラヴィルがそういえば、鷹は静かに王都の方角に飛んでいった。
あの鷹は魔獣の血を引き、特殊な訓練を積んでいる。魔法のように痕跡を残すことなく重要機密を運ばせるなら、これが一番確実で早い。
鷹の足につけた文には、緊急で開かれた対策会議の内容を暗号化したものが記されている。
昨夜の対策会議は随分揉めた。
災厄級が潜んでいる可能性。それを告げた途端、団員達の間にピリリと張り詰めた空気が流れた。
災厄級に苦しめられた人と魔物の戦いの歴史はここにいるものなら当然知っている。
もしそれが街中に姿を表したなら、多くの人間がなす術もなく命を喰い荒らされることになるのは過去の事例からも明白。なんとしても、今の時点で食い止めなくては。
「まずは、本当に"災厄級"の魔物が出現したのかその存在を確認したい」
クラヴィルが方針を告げた後、少数精鋭の部隊が組まれることとなった。
最終的に騎士団の代表は副官であるルシオン、魔術師団の代表は副師団長のデュオンに決まり、それぞれから数名適任者を選出。早朝、索敵のため拠点を出ていった。
灰色の空を眺めながら先程のルシオンとの会話を思い出す。
「んな、難しい顔すんなって」
黙り込んだまま眉間に皺を寄せるクラヴィルの肩をバシバシと叩き豪快に笑ったルシオンは、
「見てくるだけ。無茶はしねぇよ」
いつも通りの口調でそう告げる。
共に長く戦ってきた仲だ。ルシオンの実力は誰よりも知っている。
彼が勝算のない無茶な戦い方をしないことも。
だけど、それでも。
「……嫌な予感がする」
胸を抉られるような。
全身の神経が全て逆撫でされるような。
言い表しようのない不快感。
今まで対峙してきたそれらとは明らかに異なる存在。
戦いにおいて長らく忘れていた"恐怖心"。
それを呼び起こすような感覚にクラヴィルがルシオンを引き留める言葉を探していると、
「なら、尚更俺が行くっきゃねぇな」
それより早くルシオンはにかっと大きな口を開けてそう言った。
「お前とナチ師団長が言うなら、この先にいるんだろうさ。災厄級。なら、それが出てきた時一番のうちの主力はクラヴィル、お前だ」
真っ直ぐ向けられたイエローレッドの瞳には揺らぐことのない信頼の色が浮かんでいて。
「被害は最小限に。だから、俺が行かなきゃいけない」
騎士としてなすべき事をなすだけだ、と譲らない。
進んだ先で災厄級の情報を手に入れ、索敵部隊が戻って来られるならそれに越したことはない。
だが、期限の1週間を過ぎても戻ることも連絡もなかった場合、それは部隊の全滅を意味する。
副官レベルを亡き者にできる存在。それもまた有益な情報だろう。
今までそうだったように、クラヴィルは他者の死を踏み越えて、それでも前に進む。
剣を選んだその時から己が倒れるその瞬間まで、クラヴィルが立ち止まることは許されない。それが、国の防衛機関を預かるということだ。
「頼んだぜ、大将」
わざと軽口を叩くルシオンに、
「いつも思っていた。俺よりルシオンの方がずっと騎士団長に向いてる」
へにゃっと眉を下げ、クラヴィルは不器用な笑みを浮かべてそう漏らす。
いつもの張り詰めた氷のような表情ではなく、人間らしい感情を出すクラヴィルを見て驚いたように目を瞬かせたルシオンは、
「おぅおぅ、それは光栄なことで」
喉を鳴らしてククッと笑い、
「でもさ、俺はお前が騎士団長で良かったと思うよ」
と静かな口調で言葉を紡ぐ。
「お前の剣は全員の憧れで、騎士団の希望だ。決して折れない、地獄の底からでも這い戻って来られる強い光」
人類最強と謳われるクラヴィルがいる。
それだけで負ける気がしないと安心でき、前を向いて戦えるから。
「背負わされる方はたまったもんじゃないかもしれないけどさ、頼りにしている。だから、お前は何があっても倒れちゃダメだ」
任せた、とルシオンから軽く胸を拳で押されたクラヴィルは、
「分かった。任された」
と静かに頷いた。
丸くなったな、なんてクラヴィルの成長ぶりに感動していたルシオンは、
「そうだ。結婚向いてないって言ったの撤回しとくわ。いい出会いだったんだな。結婚おめでとう」
まだ言ってなかったと思い出したようにポンッと手を打ちそう言った。
「急に何を……?」
「いや。お前のことだし、結婚生活何日持つかって役職持ちみんなで賭けてたんだけど」
「おい!」
そこはせめて何ヶ月とかだろ! というクラヴィルのツッコミをスルーしたルシオンは、
「全員予測外れた詫びに帰ったらみんなで祝うから、家に呼べよ」
と要望する。
「うちでやんのかよ!?」
「お前の屋敷が一番広い」
当然、とばかりにクラヴィル宅出撃を予告したルシオンはひらひらと手を振り、そんな約束を残していったのだった。




