6、抜け駆け禁止。
「で、アンタのいう"楽しそう"はなんだ?」
結局ステイシーから差し入れられた貴重なワインを一瓶近く強奪されたクラヴィルは、自分の感じた"不穏"についての答え合わせをナチに求める。
いくら山の天気が崩れやすいとはいえ、この時期にしてはあまりに雨量が多い。それだけなら気にならなかったが、ここにいたるまでに通常この時期には見かけることのない植物の群生に遭遇した。
そして、何よりも。
「クラちゃんが気になってるのは、動物がいなさすぎる、かな?」
ガジガジと干鮭を齧りながら、ナチはクラヴィルが感じていた不審点を上げる。
「縄張り意識の強い魔物も含めて。みぃーんな、どこ行っちゃったのかな?」
雨で度々足留めされていたにも関わらず、予定通りに進めている主な理由。
それは想定されていた"討伐"が発生しなかったから。
生き物が繁殖する春を過ぎたこの時期に森に入って魔物に一切遭遇しないなんて本来なら有り得ない。
だが、探りたくともまるで何かに怯えているかのように気配を殺しているそれらをこの雨が完璧に覆い隠してしまっていた。
「このままだと僕らただみんなでキャンプしに来ただけになっちゃうねぇ」
「で、魔術師団長殿の見解は?」
呑気に笑うナチにクラヴィルが問えば、
「何かいる。それも、災厄級の"何か"が」
尋常じゃない邪気に指先までビリビリする、とナチは端的に答えた。
"災厄級"
通常の魔物とは比較にならない魔力と強力なスキルを持つ異常種。
何の備えもなく遭遇すれば、もたらされる結果は火を見るより明らかで。
放置し、人里にそれが現れたなら死傷者の数は計り知れないものになる。
「この異常現象を引き起こす魔物に心当たりは?」
「そもそも災厄級自体が滅多にいないからねぇ。何の異常種なのか、コレだけじゃ流石に」
外の雨を指さして、ナチは軽く肩を竦める。
災厄級の魔物がそこにいることはわかっても、その正体まではナチも絞り込めていないらしい。
ならば、と唇を真一文字に結び考え込むクラヴィルに、
「ダメだよクラちゃん。抜け駆けなんて」
ふっと口角を上げたナチが牽制する。
「別に抜け駆けではない。ただのリスク管理だ。実際見に行った方が早い」
「あはっ。他の魔物を軒並み黙らせる何かがいるって分かってるのに一人で行くのがリスク管理ぃ? 相手どこにいるのかも不明なのに? クラちゃんってば、ほーんと自己評価バリ高だよね!」
「興味本位で突っ走って状況を悪化させるだけの愉快犯に言われたくはない」
「おんやぁー? クラちゃんってば、僕の功績をご存知ないかにゃー? その"興味本位"が騎士団の軍行をどれほど安全なものにしてきたか。二度とお生なお口が聞けないように、その身体に分からせてあげよーか!?」
二人の間にバチバチと火花が飛ぶ。
基本的にこの二人は相性が悪い。真面目で堅物なクラヴィルと自由人が服を着て歩いているかのようなナチ。
その上どちらも我が強いときたものだ。
さて、どうするか。と状況を静観していたルシオンは、
「分かった。じゃあ、間を取って俺がデュオン殿と見に行く」
と代替案を提案した。
片方に残れと言ったところでこの2人は聞かないだろう。
それに何があるか分からない状態で騎士と魔術師それぞれの総責任者であるクラヴィルとナチに行かせるわけには行かない。
ならば副官クラスが行くのが妥当、という主張は、
「ダメだ!!」
「ダメだよ!!」
綺麗にハモった2つの声に拒否された。
「……一応理由聞いていいか?」
「無理! 絶対、無理っ。騎士団だけでも無理なのに、ルシオン不在で俺がこの人格破綻者抑えられるわけないだろ!!」
クラヴィルは騎士団長としての責務は果たしている。
絶対的な剣術の強さと冷静に戦況を見極める知力で。だが、圧倒的にコミュ力がなかった。
普段クラヴィルが寡黙を貫いても許されるのは全てルシオンのおかげ。それを分かっている分、ルシオン不在はクラヴィルに取って致命的に避けたい出来事だった。
そして、もう1人反対の声を上げたナチは、
「ルーくんの鬼っ!! ディーくんいなかったら誰が僕の面倒みてくれるの!?」
魔術師としての能力はチート級でもヒトをまとめたり雑務をこなす能力が著しく欠如していると自覚しているナチとしても副師団長不在は避けたいので。
「やっぱり僕が行くのが最適解!!」
と、単独プレイを希望する。
「抜け駆けするな、俺が行く!!」
「クラちゃん場所わかんないじゃん!! 僕ならもうちょい範囲絞れる」
「じゃあそれだけ教えろ。俺が行く」
「ヤダよ! 僕だって残りたくないもんっ!! 両方面倒みるとか無理ゲー」
ギャーギャー言い争う醜い攻防戦を前に薄っすら転職の二文字が過ぎったルシオンだったが、首から下げた指輪を見て思い止まり、
「この、ダメ大将共めっ!!」
盛大にため息をついて一喝すると、
「2人とも行かせねぇよ?」
自分1人じゃ無理だな、と判断し上官クラス集めて緊急会議を開くべくテントを後にした。




