8、討伐のための最適解。
「結婚祝い、か」
ルシオンに残された約束を思い、クラヴィルはぽつりとつぶやく。
『もう一回お願いします』
結婚したあの日。
『君を愛することはない』
と告げた自分にキラキラとした目でアンコールをしてきたステイシー。
線を引き損なったあの日から、多分ずっとステイシーの存在は自分に影響を及ぼし続けている。
ステイシーといると今まで目を向けなかったことや思いもしなかった経験とともに、知らなかった感情が増えていく。
くるくると表情が変わるステイシーを眺めているだけで面白いし、長台詞をすらすら述べながら本を抱え物語を愛でる彼女を見るのは嫌いじゃない。
出陣式にステイシーを連れて行くにあたって贈った髪飾り。
それをつけてくれたステイシーを見た時に心に浮かんだ気持ちの名が分かってしまったのは、彼女に読まされ続けた恋物語の影響だろう。
それでも、思ってしまう。
あの、重くて苦しくて人を変えてしまう感情を誰かに向けるのも向けられるのも怖い、と。
『お父様はお忙しい方だから、仕方ないのよ』
そんなことを考えていたら、不意に記憶の蓋が開いた。
一度思い出してしまえば、それはクラヴィルの意思とは関係なく勝手に再生されていく。
『お父様のお仕事は誇り高いものなのよ』
王妹であったクラヴィルの母は父を深く愛していた。騎士としての父に惚れ込み、母の強い希望で王家からヘイリス公爵家に嫁いできたのだ。
だが、仕事一筋の父はその愛情に応えられる人ではなかった。
騎士なので家を空けることも多く、そして後継であるクラヴィルが生まれてからそれはより顕著になった。
家に帰るのはクラヴィルに剣術を仕込むため。
それでも母が不満を漏らす姿を見たことはなく、元王女らしくいつでも優雅に笑っていた。
だから、知らなかった。両親の死の裏に隠された真相について。
今から約11年前、この国の王都にほど近い場所で突如災厄級の魔物が出現した。
降り立ったソレは漆黒の毛並みをした馬に近い姿をしていて、頭部に生えた角と紫色の翼、何よりその巨体が通常種とは明らかに異なる存在なのだと主張していた。
幻覚を見せ、精神を支配するその魔物は人々の心に影を落とし、理性を無くした人が人を容易く害す未曾有の事態に国はあっという間に統制が取れなくなった。
その災厄級を屠ったのは当時の王立騎士団長であったクラヴィルの父で、事態を収めた代償にクラヴィルは両親を亡くした。
相打ち、だった。
呪術を仕込んだ刃を魔物の肢体に打ち込むと同時に骨のひとカケラすら残さずに魔物と共に消えた父母。
空の柩を見送った時の別れの鐘の音が今でも耳に残っている。
14才という若さで爵位を継ぎ、悲しむ時間すら与えられず公爵家当主になったクラヴィルが、その記録水晶の存在に辿り着いたのは、騎士団長の命を受けてすぐのことだった。
『だって、こうでもしないとあなたは私を見てくれないじゃない!』
いつ災厄級が現れても対処できるように。
両親が死んだ"災厄"の記録を再生させたのはそんな気持ちからだったはずなのに。
『私はこんなにもあなただけを愛しているのに』
映っていたのは、父をなじる母の姿で。
『もう、寂しいのは嫌なの』
わざと災厄級の前に立ちはだかった母は、父と無理心中を図った。そして、父は母ごと魔物を屠ったのだった。
信じたくはなかった。
だが、記録水晶は実際にあった出来事しか映さない。
『あなたをずっと愛しています』
母の最期の言葉が、今もクラヴィルを苦しめる。
それが愛だというのなら、自分は一生そんなものはいらない、と。
氷のように冷たくて変わることのない価値観だと思っていた。ステイシーが嫁いで来るまでは。
自らを読者だといい、"恋物語"を堪能したいのだというステイシーは、今まで近付いてきた女性達のようにクラヴィルに愛を押し付けたり求めて来たりしない。
それが何より安心できたし、彼女の側は心地良かった。
気づかないフリをしても惹かれていくのを止められず、そしていつか彼女が居なくなるのだと理解して欲が出た。
告げる勇気もないくせに、察してくれるステイシーに甘え髪飾り一つで引き留められたらなんて。
またステイシーからクズだダメだと言われてしまいそうだ。
そのやり取りもステイシーが相手なら嫌いではないけれど。
結婚、なんて書類上の繋がりで一般的な夫婦のそれとは程遠い関係。
現状維持に甘んじる自分には、果たして祝われる資格があるのだろうか、と思ったところで、留め具に結ばれた紐が目に入った。
『刺繍、褒めてくれて嬉しかったので』
邪魔でなければ、と出陣前にステイシーが渡してくれたお守り。
そこには剣とツタをモチーフにした見事な刺繍が施されている。
『旦那さまには感謝しているのです!』
元気いっぱいに笑う栗色の瞳が幾度となく感謝を告げる。
今まで守ってきたものの中に、そう言ってくれる彼女の平穏が入っているのなら騎士として生きてきた人生も悪くない、とクラヴィルは素直に思う。
「そうか、ステイシーに聞けばいいんだ」
自分達の結婚を祝ってくれるらしい騎士達を招いても良いか、と。
だって、あの家はもう自分だけのものではない。それにステイシーの気持ちはステイシーに聞かなくては分からない。
『本当に素直なところは旦那さまの美点ですよね!』
これは、ステイシーのお墨付き。
そう思ったら、なんだか、今すごく彼女の声が聞きたくなった。
「なら、やることは変わらないな」
災厄級にこの国を荒らさせはしない。この国にいる守るべき民の中に、ステイシーも入っているのだから。
索敵部隊が戻るまでにこちらはこちらでやることが山積みだな、とクラヴィルが気合を入れたところで。
「クラちゃん、みーっけ!」
と声が掛かった。
クラヴィルに対しこんな呼び方をする人間は1人しか居ない。
「ナチ」
昨日の対策会議以降姿を見せなかったナチのローブはボロボロで、ブーツには泥汚れが付いている。
おそらく、ナチはナチで災厄級に備え何らかの調査を行なっていたのだろう。
「んー、今回の奴。想像以上にやばいかも」
見て見てー! とナチが取り出したのは濁った水が入った試験管。
「……毒か?」
街中の生活水は基本的に浄化魔法がかけられているとはいえ、川の上流部が汚染されれば教会の庇護下から外れた地域や直接川から生活水を汲む地域での被害は避けられない。
それに神聖力を持つ人間は貴重な存在だ。
国内全域の浄化となればどれだけの時間がかかるかと思考を巡らせるクラヴィルに、
「んーん。毒、っていうかぁー魔力無効化かな」
まだ検証中だけど、とナチは首を振る。
「一定基準以下の魔力を全て無効にする。つまり、魔力が奪われた魔術師は魔法が使えなくなる」
「一定基準?」
「まぁ、ぶっちゃけ僕とディーくん以外の魔術師がこの攻撃を受けたが最後、うちの魔術師達は一切魔法が組めなくなる」
そりゃあ、魔物も逃げ出すよねーとナチがカラカラと声を立てて笑う。
「つまり、前線に出られる魔術師は僕とディーくんだけ。魔術師の援護なしで騎士達が駆使する魔道具もどの程度効くか未知数」
「なるほど最悪だな」
先程文を飛ばしたばかりだが、追加で援軍要請をすべきかとタイミングの悪さに舌打ちしたクラヴィルに、
「で、僕なりに対策考えたんだけど」
いつも通り楽しそうなナチの声が届く。
嫌な予感を覚えつつ、紫水晶の瞳に続きを促せば、
「クラちゃん、とりあえず離縁しない?」
ナチは呑気な口調でクラヴィルにそう提案した。
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