2、誰しも秘密はあるもので。
指示通り頭の後ろの紐をしゅるりと引っ張るとそれまで視界を遮っていた目隠しがパサリと落ちイリーナの視界が広がる。
光の眩しさに翡翠眼を細めたイリーナに、
「窮屈な思いをさせてしまってごめんなさいね。怖くなかった?」
とステイシーが声をかける。
「全然、全く問題ありませんわ!」
元気よく首を振ったイリーナは、
「目隠しするだけでステイシーお姉様にエスコートして頂けるなんて、むしろ役得! 公爵家の馬車もほとんど揺れず快適で、絶好調なのですわ」
ほぅとため息をついてステイシーに羨望の眼差しを向ける。
「元気なのは何よりだけど。でも、ごめんなさいね。いきなり碌な説明もせずに目隠しした状態で知らない場所に連れて来てしまって」
取引相手が相手なだけに、場所がバレるわけにはいかなかった。
仕方なかったとはいえ、やったことはほぼ誘拐。
貴族令嬢相手にやったらアウトなのだが。
「そんな! ステイシーお姉様とでしたら私地獄の果てまでお供する所存ですわ」
自身の両頬に手当て、照れ照れと顔を赤らめながらそう宣言するイリーナ。
ウィッグ事業の展開のためにやり取りするうち、イリーナにはすっかり懐かれてしまった。
目をキラキラさせて慕ってくれるイリーナはとても可愛いけれど。
「イリーナ。ヒトを信じ過ぎちゃダメよ? でなければ、あっさり騙されて喰われるわよ」
盲目的になり過ぎないように、とステイシーは注意を促す。
「うちの父みたいに、ですか?」
夜会でステイシーに完膚なきまでに叩きのめされた彼女の父であるガーランド伯爵を引き合いに出したイリーナは、
「反面教師にいたしますわ。ガーランド伯爵家が潰れて困るのは私ですから」
翡翠の瞳に楽しげな色を滲ませて、本日の商談に向けて気合いを入れる。
すっと筋が通ったように背筋を伸ばし、大局を見据えるその瞳を見て大丈夫そうね、とステイシーは笑う。
ウィッグが完成した時、それを手にしたステイシーは、
『下手をすれば文字通り首が胴から離れるけど、上手くいけば夢を叶えるチャンスがあるならどうするか』
と尋ねた。
『リスクがない商売なんてありませんわ。私は信じています。自分とロウディス、そして沢山の人の力を借りて作ったこのウィッグは最高だ、って』
この数ヶ月でイリーナはたくさん泣いて、傷ついて、自分で立ち上がり、自分を磨いてきた。その経験が今のイリーナを作っている。
その目に迷いはなく、挑むことを選んだイリーナ。
野心と情熱を秘めたお嬢様。彼女がどう立ち回っていくのか、本当にこれからが楽しみだ。
「さて、私がお膳立てできるのはここまでよ。あとは自分で掴みに行って頂戴」
ニヤニヤしそうになるのを内心に留めたステイシーはイリーナをエスコートし、ドアの先に進んだ。
中には一人の男性が窓を背に立っていた。
イリーナはその姿を認識した途端、言葉を失ったように翡翠の瞳を大きくし、口元を抑える。
流れるような無駄のないスラリとした体躯に太陽のように輝く金色の髪と澄んだ空色の目。中性的な顔立ちだが、泣きぼくろが彼の色っぽさを引き立てている。
腰に携えたロングソードは特徴的なデザインでまるで炎を纏っているかのようだ。
「炎華の剣士様っ/////」
とイリーナは彼の通り名を呼ぶ。
数年前に現れたフリーの魔法剣士。彼は時折ふらりと現れ、炎のロングソードで魔物や魔獣に襲われた人々を颯爽と救う謎多き存在。
その実力は騎士団団長に届くのではないかと囁かれているが、寡黙な彼は何も話さずまたどこにも所属していないが故に神出鬼没。
秘密だらけの彼は、美麗な容姿も相まって淑女達の憧れの存在となっていた。
炎華の剣士がなんでここに! と興奮気味にステイシーの袖を引っ張るイリーナ。
そんなイリーナに目を向け、炎華の剣士が小さく微笑めば、頬を赤く染めたイリーナは声にならない叫びと共に言葉を失くす。
「ヒトの可愛い妹分を誑かすのはやめて頂戴」
もう、とステイシーにジト目で睨まれたその人は、
「ふふ、ごめんなさい。だってあまりに素敵なウィッグだったから。開発者さんに敬意を表して、サービスしたかったのよ」
と楽しげに言葉を紡ぐ。
「!?」
目の前にいるその人はどう見ても男性なのに、その口から溢れ落ちる声は澄んだ女性。
情報を処理しきれず混乱気味に目をぐるぐる回して戸惑うイリーナ。
まぁそうなるよね、とクスクス笑ったステイシーは炎華の剣士に近づくと、
「新しい衣装の着心地はどう? ティア」
と彼女を呼ぶ。
「全部最高なんだけど! しかも今回はステイシー自ら制作に関わってくれたんでしょ!? 学園にいたとき以来じゃない? 軍服のデザインベースの衣装なのにすっごく軽くて動きやすいし、赤色のペリースマントが良すぎて沸いた。それにこの刺繍の細かさよ。また腕上げたんじゃない?」
「いやーそりゃねぇ? 炎華の剣士様相手に妥協はできないでしょ。てか、絶対したくない」
頑張ったかいがあったと満足気に炎華の剣士を全体的に眺めたステイシーは、
「コレが誓約書を書いてもらった理由。なにせ彼……というか彼女の身分が身分なモノだから」
と呆気に取られているイリーナに、
「こちら、ティアリス・エルメラ・ディアフォード様。まぁ知ってると思うけど、この国の第一王女殿下よ」
ちなみにバラしたら物理で首飛ぶからとにこやかに説明した。




