3、"可愛い"からしか得られないものがある。
お茶にしましょう、用意された席に座りイリーナは目の前に座る王女殿下をチラ見する。
ドレスに着替えたティアリスは"妖精姫"の異名に相応しい可憐さだった。
美しい白銀の髪と澄んだ空色の目に女性らしい曲線美を描く身体つき。肖像画以上に美しい彼女だが、肖像画通りタレ目気味の目元に泣きぼくろはない。
イリーナの視線を感じ取ったティアリスは自身の目元を指さして、
「ステイシーが提案してくれたの。あえて目立つ身体的特徴を入れることで、身バレリスクを下げられるって」
綺麗に微笑み楽しげに説明する。
「昔から刺繍やお勉強より、剣を振り回す方が好きだったの」
ティアリスは国を代表する淑女の鑑であれ、と小さな頃から育てられて来た。
王女としての教育が苦痛だったわけではない。
ただ、窮屈なドレスでダンスを踊るより、兄やクラヴィルと外を駆け回る方が好きだったというだけだ。
虫や爬虫類だって平気だったし、政治や歴史の勉強の方がマナーレッスンより楽しかった。
守られるより、むしろ自ら盾になりか弱い存在を守れるようになりたかった。
でも、それらは王女であるティアリスに求められた姿ではなかった。
「"妖精姫"も嫌いじゃないんだけどね」
必死で作り上げた虚像。
理想的な王女様。
求められているモノも背負わなければならない責務も勿論理解しているが、
「時折、どうしようもなく苦しくなる時があるの」
だから、ティアリスは剣を取った。
こっそり息抜きに鍛錬を続け、魔力を磨いた。
自衛のためといえば、イメージを損なわないならばという条件付きでそれだけは許された。今は平和な治世ができているが、王女という身分である以上いつ危険に晒されるか分からないからだ。
ただ力をつければ試したいと思うのがヒトの性なので。
「ステイシーにバレちゃったのよね。マントのフード取れちゃって」
ティアリスは懐かしそうにステイシーと出会いを話す。
「ヒトのピンチに颯爽と現れるなんて惚れる要素しかない。しかもソレが身分を隠した美麗な王女様だなんて設定的には美味し過ぎて、これはもう全力で推すしかないなって」
というわけで、身バレ防止にティアリスを男装させてみた結果出来上がったのが"炎華の剣士"の経緯だった。
「ステイシーの本気度半端ないんだもの。おかげで身バレリスク大幅に軽減できたけど」
「だって、やるからには徹底的にやったほうがいいじゃない? 目の色は無理だけど、幸いこの国碧眼は多いし。髪色と髪型と服装と所作変えるだけでも随分印象変わるから、今の炎華の剣士とティアを結びつけるヒトはそうはいないはずよ」
「声出したらバレるけどね」
「単騎戦闘型の寡黙設定だから大丈夫でしょ」
とはいえ、今後は話す必要性も出てくるだろうし、前世を思い出した今、カラコンや人工音声といった便利アイテムがあることも知っている。
魔術師の資格がとれたらそれらの開発にも取り組みたいなとステイシーは脳内でやりたいことリストを更新していると。
「それにしてもこのウィッグよくできてるわ」
ティアリスは金色のウィッグを取り出してその出来を褒める。
「でしょう! 私もコレを見た時すごく感動したもの。ウィッグなら髪傷まないし」
もっとイリーナを褒めて頂戴、とステイシーは胸を張り、隣に座るイリーナを自慢する。
元々ティアリスの髪は一時的に髪色を変えられる特殊な染料を使っていた。
それはステイシーが水魔法を込めたもので、魔力を封じられた今のステイシーにはもう作れない。染料のレシピ自体は随分昔にティアリスに渡していたけれど、彼女はそれを使わなかった。
炎華の支援者に水魔法を使えるものがいないからとか。
染料制作を他者に任せたらバレるリスクが増えるとか。
色々な理由をつけて。
「イリーナ。本当にありがとう。私の結婚がまさかティアリスの活動にまで影響するとは思ってなかったの」
この人頑固なのよ、とステイシーはクスッと笑う。
「私だけの力じゃないです。ロディが……ビジネスパートナーがいなければそもそも形になっておりませんし、魔術式もステイシー様のご助言がなければ迷走したままだったでしょうし」
ステイシーに褒められてわたわたと慌てたようにそう答えるイリーナに、
「でもそのアイデア出しをしたのはイリーナでしょ? 髪色を変える事に重きを置いていた私じゃ思いつきもしなかった」
もっと自信を持ってとステイシーは手放しに褒める。
そんな2人のやり取りを見ていたティアリスは、
「ガーランド伯爵令嬢、改めてお礼を言わせて頂戴。おかげで炎華としての活動を再開できるわ」
改めてイリーナに礼を述べると、
「素晴らしい発明に感謝と敬意を。流石に表立って私が愛用してるとは言えないけれど、普及のための支援は惜しまないつもりよ」
綺麗に微笑んで彼女にそう約束した。
「勿体ないお言葉です」
ティアリスからの言葉に緊張した様子で応じるイリーナ。
「ところで、ロディって?」
ティアリスがそう問えば、ステイシーは指でハートの形を作る。
「なるほど。大好きだったのね」
「どストライクだったのよ」
うんうん、と頷くステイシーにどうりで入れ込んでいるわけだ、とティアリスは納得する。
「えっと、それは一体……?」
「ふふ、そうねぇ。色々お話したいところだけど、その前に。私もイリーナと呼んでも良いかしら? 私の事も気軽にティアって呼んで」
非公式な場だけだけど、といったティアリスにイリーナは目を見開き、綺麗な翡翠の瞳を瞬かせ、
「それは、今後もお呼び頂けるとお取りしてもよろしいのでしょうか?」
と慎重に言葉を選ぶ。
その目には野心と過信しすぎず状況を見定めようとする意思が宿っていた。
「ふふ、流石ステイシーが連れ回すだけはある」
勘も察しも悪くないし、慎重なところもチャンスを無駄にしないところも好感が持てる。
良い付き合いができそうだと判断したティアリスは、
「ええ、今後ともよろしく。とりあえず、ステイシーがお気に召した"あなたの物語"を聞きたいわ」
イリーナの存在を歓迎した。
ーー数十分後。
「なにそれ甘酸っぱいっ」
「でしょう! 幼馴染×身分差の両片想いとかときめきしかないのよ」
可愛すぎるとイリーナは秘密を共有したお姉様2人に挟まれ愛でられまくっていた。
右にステイシー(公爵夫人)、左にティアリス(王女様)というこの構図。
「私の知ってるお茶会と違うっ!!」
一周まわって冷静になったイリーナは盛大に突っ込んだ。
「全部根掘り葉掘り吐かされましたわ」
と真っ赤になった顔を両手で覆うイリーナ。
「はぁー♡あと1ヶ月はコレで生きていける」
可愛いものからしか摂取できない栄養分があると拳を握り締め力説するステイシー。
「私の中でステイシーお姉様のイメージが崩れていきますわ」
うぅと唸り声をあげた瀕死状態のイリーナに、
「あら、イリーナはステイシーのこと嫌いになっちゃった?」
ティアリスはにこにこと尋ねる。
「いえ、それは……」
ティアリスに問いかけられたイリーナはステイシーと過ごした今までを思い出す。
ボロボロに泣き喚いてたくさんみっともないところも見せたのに、ステイシーはそんなイリーナに失望することはなかった。
そして、ステイシーはいつもイリーナ自身が立ち上がるのを待ってくれていた。
ただの傍観者だとステイシーはいうけれど。
見守っていてくれた。それは確かにイリーナの力になっていて。
「絶対ないです」
揺らぐことのない信頼を築くには十分だった。
キッパリ言い切ったイリーナを満足気に空色の瞳に映したティアリスは、
「ステイシーは現実でもフィクションでも物語が好きだけど。でも、彼女は他人に軽々しく秘密や弱みを漏らすことはないから」
むしろ気に入ったら利益度外視で全力支援しちゃうしなぁと内心で付け足して、
「だからまぁ、これからもステイシーをよろしくね」
クラヴィルの妻という肩書きだけで、淑女達から敵意を浴びるという損な役割を押し付けられている親友の味方が増えることを願ってティアリスはイリーナにそう頼む。
「はい! 私ステイシーお姉様やティア様のお役に立てるように死力を尽くす所存です」
炎華の剣士様の正体も絶対漏らしませんと前のめり気味に誓うイリーナ。
2人が随分打ち解けたようで良かったと眺めていたステイシーがそろそろ解散かしらと時計に視線を向けたタイミングで。
「イリーナの可愛い恋物語も素敵なのだけど、私としてはクラヴィルお兄様とステイシーの現在が気になるわ」
ティアリスが突然爆弾を投下した。




