1、推しにガチ恋しない派なので。
新章開始です^ ^
クラヴィルが合同遠征訓練に出向いて早1週間が経過した。
「……今日も雨」
激しく窓ガラスを打ち付ける雨を眺めながら、ステイシーはぽつりとつぶやく。
あの時遠くに見えた雨雲は、雷を伴って王都の空にやって来た。それからずっと天候は優れないまま空に我が物顔で居座っている。
「旦那さま達のスケジュールに影響がなければいいけれど」
コツンとガラスに額を当て、雨音に耳を澄ますステイシーは、
「水、とは本来相性いいはずなんだけどな」
ぽつりとつぶやくとそっと左腕を撫でる。
生まれた時から、当たり前にあった魔力。魔力量自体はそこまで多くはないけれど、水と風の二属性の適性があった。
風の音や水の音は子守唄のように安心できるもので、魔法として使えなくても常にその存在を感じ取れていた。
例えばいつ雨が降り、止むのか。空気を揺らす風と触れた水からその意思を読み取れたのに。
魔力封じの紋を入れてからそれらを全く感じ取れなくなった。
魔法として使えるレベルで魔力適性のある人間はこの国の人口でいえば3割程度と言われている。魔力保有量だけでいえば魔術師になれるかどうかという微妙なラインだったし。
一般人が安全に使えるものとして魔道具が発達し、そのエネルギー源となる魔法石が手軽に購入できる環境においては、魔力が封じられたところで不便はない。
街中であれば空気中からわざわざ水を生成するよりも、水道の蛇口を捻る方が遥かに手軽で早いのだから。
それなのに。
「変な……感じ」
雨の行き先が分からなかったとしても、ステイシーの生活にはなんの支障もないはずなのに。何故か妙に心が落ち着かない。
「クラヴィル……様」
普段絶対口にすることのない彼の名を呼び、彼からもらった髪飾りに触れる。
騎士服と同じ配色なんて推しの概念グッズみたいだとはしゃいだのはほんの数日前の出来事なのに、今は心が弾まない。
クラヴィルが合同遠征訓練という名の魔獣討伐へと出陣していったあの日、確かに見かけた水色の髪と赤みがかったピンク色の瞳を持つ彼女。
「早く、探さなきゃ」
ステイシーは硬い声で自分にそう言い聞かせる。
元々原作の流れを変える気なんてステイシーにはさらさらなかった。
自分にとって最大の武器である"魔力"。
いくらお金のためとはいえ、取り戻せるという確証がなければ、"手放す"という選択はしなかったと思う。
愛されない当て馬妻としてクラヴィルと結婚し、そして運命の相手に出会った彼から離縁される。
一見理不尽で不遇そうに見えるその役割だけど、ステイシーとしてはむしろ原作は心の拠り所であった……はずなのに。
あの日、ヒロインを見かけたステイシーが感じたのは推しの恋物語を鑑賞できるという歓喜ではなかった。
前世で読んだ小説の挿絵。クラヴィルにピッタリと寄り添っていたヒロインの姿が脳裏に思い浮かび、心が軋んだのだ。
そんな自分に気づき、ステイシーはぞっとした。
『俺の結婚相手がステイシーで良かった』
クラヴィルが好きだ。でもそれはあくまで"観賞用"。彼は手の届かない"推し"でしかなかったはずなのに。
「ガチ恋なんて、冗談じゃないわ」
笑えない、とステイシーは目を伏せ、左腕に刻まれた刻印を握りしめるように強く掴む。
ヒロインではない自分にはクラヴィルと歩む未来はない。
そしてもしそんな選択があったとしても、ヒロインのように全てを差し出せる覚悟がない自分にはソレを望む資格はない。
クラヴィルと天秤にかけることなく、叶えたい夢を選ぶのだから。
「お別れは私が思うよりずっと近くまで来てるのかもしれない」
クラヴィルの元を去る準備を始めなくては。
心が揺らいでしまうより早く。
そう誓って見上げた空は未だ泣き止む気配を見せず、一際大きな雷鳴を轟かせた。
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