8、当て馬妻とお見送り
あの日、迎えに来てくれたクラヴィルに、
『帰って来て欲しい』
と懇願されステイシーは素直に頷いた。
そもそも、ステイシーは公爵家の援助と引き換えに嫁いだ身。
ステイシーに選択権なんてないに等しく、置いて来た伝言石にただ一言帰って来いと命じれば済む話だったのに。
多忙なはずのクラヴィルが自ら探して迎えに来てくれた。
それだけでステイシー的には充分過ぎる出来事だったのに、出陣式への参加を許可してくれた。
だからこっそり一般人に混じって推し鑑賞をしようと思っていたのに。
「あの、旦那さま。本当によろしかったのでしょうか?」
「ん? だって、見たかったんだろ。式典」
式典用の騎士服を身に纏ったクラヴィルが、何か問題でも? と尋ねる。
「そ、そうですけど! だって、ここ関係者席じゃないですかっ!!」
そう、なぜかクラヴィルにエスコートされて連れて行かれた先は関係者席という名の特等席だった。
「騎士団長の妻なんて、充分関係者だろ」
「いや、そうかもですが」
女嫌いで有名なクラヴィルが妻を自らエスコートしただけでなく、式典前の貴重な時間になぜかずっとステイシーの側にいる。
見られている。正直騎士達の視線が痛い。
書類上は配偶者で間違いないが、一番近くでクラヴィルの宣誓する姿が見られる場所なんて絶対当て馬妻が来たらダメなやつ! と今からでも退席しようかとステイシーが悩んでいたところに、
「ステイシーに喜んで欲しかったんだが、迷惑だったか?」
しゅん、と落ち込んだ声が落ちてくる。
「まさか! 白と濃紺を基調とした金糸の繊細な刺繍入り騎士団長の衣装なんて旦那さまのために作られたと言っても過言ではないほどお似合いですし、いつも以上に鋭く冷たい濃紺の双眸と近寄り難い雰囲気は完全解釈一致! 美麗な表情の美丈夫なんて表紙のデザインのままじゃない!? 生まれて来てくれてありがとう、存在が神過ぎて見てるだけでテンションぶち上げなんですけど……じゃなくて!」
推し語りを本人にしてどうするとやっちまった感に顔を覆うステイシー。
「ふはっ、いつも思うがよく噛まないな」
が、クラヴィルはそんなこと気にするそぶりも見せず、楽しそうで良かったと喉を鳴らす。
「……怒らないのですか?」
だってクラヴィルは容姿を褒められるのが一番嫌いなはずなのに、と恐る恐る指の隙間からコチラを覗く栗色の瞳に、
「ステイシーに褒められるのは、嫌な気がしない。それに、君は容姿以外も見てくれるから」
とクラヴィルは優しくそういう。
公の場では常に冷めたような表情を貼り付けているクラヴィルがはっきりと分かるほどに微笑んだ。
「……旦那さま」
表紙を飾れるくらい神々しい笑みにステイシーが見惚れるより早く、後方から淑女たちの黄色悲鳴を通り越した絶叫が聞こえた。
オペラグラス持参のクラヴィルガチ勢達を見てことで冷静になったステイシーは、
「旦那さま。旦那さまのスマイルはヒロイン以外課金制なんで、無料配信やめてください。あと夜道とか気をつけてくださいね? 知らない人からもらったものを飲んだり食べたりしちゃダメですよ? なんなら知ってる人でも注意してください」
お母さんかっ!? と突っ込まれそうな勢いで注意事項を述べる。
「課金制って、なんだその制度は」
「ファンタジー小説のヒーローがデレるのは2話目以降って相場が決まってるんです。つまり1話目の無料配信ではヒーローの笑顔は拝めないので課金するしかないんですよ!」
とステイシーは力説するが、
「……何の話だ」
当然クラヴィルには通じない。
「こっちの話です。が、旦那さまはもう少し気にしてください。切実に」
よく笑うようになったのはいいことかもしれないが、最近のクラヴィルは危機意識が足りない気がする。
こんなにところ構わず色気を振り撒くなんて、ヒロインと出会う前に拐かされたらどうするつもりだ。
そもそも女嫌いの氷の騎士団長設定はどこにいってしまったのか。
安全で健全な推しの恋物語鑑賞のためにもクラヴィルの魔性体質はどうにかせねば、とステイシーが真面目に対策を立て始めたところで。
「団長。もう少しで時間なので、ご準備を」
癖のある赤髪を一つにまとめたスラリと背の高い黒色の騎士服を纏った男性から声がかかった。
渋みのある耳心地の良い声と優しい色味のイエローレッドの瞳が印象的なクラヴィルとは違ったタイプの美丈夫、ルシオン・ラガベルだった。
「ああ、分かった」
軽く頷いたクラヴィルは、
「ルシオンに紹介しておきたい。妻のステイシーだ」
ルシオンにステイシーを紹介した。
「お初にお目にかかります。ステイシーと申します」
紹介を受け、一瞬で猫を被ったステイシーは公爵夫人らしく綺麗な礼をしてみせる。
「ははっ、クラヴィルから話しは色々聞いています。副官をしています、ルシオン・ラガベルです。良ければ固くならず、気軽に接してください」
「ではお言葉に甘えて。ラガベル卿も気軽に接してくださいませ」
堅苦しいのは苦手なので、とステイシーはルシオンに合わせ軽く応じた。
「じゃあこちらもお言葉に甘えて」
ステイシーの意図を汲み取り、いつもの口調に戻したルシオンは、
「に、しても……ねぇ?」
にやにやと揶揄うような視線をクラヴィルに送る。
「何だ」
「いや、お前意外と独占欲強かったんだなって」
長い付き合いだけど知らなかった、とルシオンはクラヴィルの肩に手を回し、クラヴィルにだけ聞こえるように囁く。
ステイシーのミルクティー色の髪に留まる白い花と濃紺の細かな宝石が散りばめられた髪飾りに視線を向けたクラヴィルは、
「……悪いかよ」
と舌打ちと共に小さく悪態をつく。
少し前の自分ならこんなモノを誰かに贈るなんて考えもしなかった。
ステイシーといると、知らない感情がどんどん増えていく。
「いんやぁ、いい傾向」
嬉しそうな声で肯定したルシオンは、
「大事にしろよ」
と真面目な声で忠告する。
「ああ、善処する」
素直に頷くクラヴィル。
そんな2人のやり取りを間近で見ていたステイシーは、
「ふわぁ〜みんなの心の兄貴ルシオン様と普段クールを装ってるくせにルシオン様相手だとちょっと背伸びしたいお年頃にしか見えない騎士団長。タイプ違いの美麗ツーショットなんて、破壊力半端ないですね! 私、右左論争とかあんまり興味なかったんですが、なんかもうこの構図ずっと観てられそうです」
寿命が延びそうと思わず拝む。
「なんだ、右左論争って」
「旦那さまは知らなくていいんですよ、一生」
そのまま健全に愛でられてください、と笑顔でクラヴィルの疑問を封殺するステイシー。
「面白い奥方だな」
そんな2人のやりとりににこやかに笑ったルシオンは、
「いいなぁ、俺も妻の顔が見たくなって来た」
しばらく会えないの辛い、と愚痴をこぼす。
「えっ、待って。ラガベル卿、既婚者……なのですか?」
「そうだけど」
すごく可愛い妻がいる、と惚気たルシオンは、
「さて、そろそろ本当に時間だな。準備済みの連絡しに行ってくる」
と言って去っていった。
ルシオンからの思いがけない爆弾発言にステイシーは、自分の中にある前世の記憶をさらう。
原作でのルシオンは始終クラヴィルの良き理解者として描かれ、誠実な人柄が好印象な人物ではあったし、年齢的に結婚していてもおかしくはないけれど。
(既婚者なんて、そんな設定あったっけ)
細かなところまでは思い出せないが、そんな設定なかったように思う。
クラヴィルとの関係性を思えば原作でルシオンの妻の話が出て来てもおかしくないのに。
「旦那さま、ラガベル卿の奥様はどのような方なのですか?」
こそっとクラヴィルに聞いてみるが、
「知らん。俺も会ったことないし」
興味もない、という身も蓋もない返答が返ってきた。
「旦那さま、本当にラガベル卿とお友達ですか?」
「そこから疑う?」
「疑うレベルのコミュ力のなさです」
そういえばヒロインに会う前のクラヴィルの人間関係は壊滅的だった、とため息を吐いて情報収集を諦めたステイシーは、
「まぁ、ダメダメなのが旦那さまらしいですね。旦那さま、ご武運を」
気持ちを切り替え推しを鑑賞することにした。
「はぁー最の高だったーー」
出陣式を無事終えて遠征へと出向いて行ったクラヴィルの背を見送って、ステイシーは推しの勇姿を噛み締める。
空に剣を掲げ、高らかと国への忠誠を誓うクラヴィルの姿はまるで歌劇のワンシーンのようで。凛とした声が耳に響いて、高揚感で胸が高鳴る。
「来年は一般席でも観にこよう」
妻という立場ではなくなっても、こっそり応援したいなと改めて思うステイシーは、
「やっぱり、魔術師の資格欲しいな。ペンライト開発したい」
離婚したら早々に学院に編入できるように勉強しようと自分を奮い立たせる。
新たな目標もでき、上機嫌で式典会場を後にした時だった。
「……え?」
馬車の窓から外を眺めたその先に、それは突然現れた。
心臓がドキリと跳ねる。
「止めてくださいっ」
ステイシーは慌てて馬車から降りると、人混みを掻き分けそれを探す。だが、その姿はすでに跡形もなく、まるで白昼夢のように消え失せた。
「でも、見間違いじゃない」
ふわりと揺れる水色の髪に、赤みがかったピンク色の瞳。
見間違うはずがない。
前世、というものを思い出してからずっと彼女の姿を反芻し探して来たのだから。
けして、忘れないように。
自分の立場を、間違わないように。
「……見つけないと」
クラヴィルの運命の相手。
ずっと、探していた推しの恋物語。
湿り気を帯びた風に頬を撫でられ、見上げた空のずっと奥に黒く渦巻く雲を見つける。
嵐が来る。そんな予感がした。
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