7、当て馬妻とファンサービス
「すごいな、全部ステイシーが作ってるのか?」
「まさか。一部だけですよ」
店内にはずらりとドレスや紳士服が沢山あって加工途中のモノを見た事がないクラヴィルにはどれも物珍しい。
学生時代のアルバイト先の一つだったというこの店の店主には今でも随分世話になっているらしく、針子が急遽辞めてしまった相談を受け渡りに船とばかりにステイシーは針子に立候補したらしい。
屋敷を出ようと決めてから実行に移すまで僅か1日。相変わらずの行動力、とクラヴィルはステイシーらしいと苦笑する。
「見てもいいか?」
「構いませんが」
不思議そうな顔をするステイシーに断って彼女が作っていた物を手に取る。
それはとても繊細な作りをしていて、1針1針丁寧に入れられた刺繍はまさに職人技。グレゴリーが絶賛していただけはあるけれど。
「店、本当はもう閉まってる時間なんだろ? こんな時間まで作業しなきゃいけないほど切羽詰まってるのか?」
クラヴィルは静まり返った店内を眺めながらふと疑問を口にする。
こんな時間まで作業していてくれたからステイシーを見つけられたのだが、屋敷にいた時の彼女の行動時間と照らしても随分と遅い時間だ。
「少し、眠れなくて……。そういう時は、手を動かす事にしてるんです。感覚が鈍らないように」
ぽつり、ぽつりと言葉も漏らすステイシーをよく見れば、その目の下にはクマができていた。
じっと見過ぎたのか、ぱっと顔を逸らしたステイシーは、
「すみません。お見苦しくて。今、化粧してなくて、格好も……こんなですし」
隠すようにショールを深く掛け直す。
「同じだな、と思って」
「えっ?」
「俺も眠れない夜は剣を握る。身体を動かしてると気が紛れるし、少しでも強くなりたくて」
顔を上げたステイシーにクラヴィルは静かに笑う。
「それに、化粧をしていてもいなくても、着飾っていてもそうでなくても、ステイシーは変わらない」
「……それは」
『ああ、なんて醜いの。まるで枯葉じゃない』
ああ、嫌だ。
どうして、今夜はまたこの言葉に引っ張られるのか。
卑屈な自分なんて見せたくないのに、どうしても上手く笑えなくて。
「……飾り立てがいがなくて、申し訳ありません。髪も目の色も地味なのは十分承知しております。公爵夫人として旦那さまを引き立てる時はもう少しマシにしておきますのでご容赦ください」
飲み込めない苦い感情を吐き出すように淡々とした口調でそう言ったステイシーに、
「違う、そうじゃない!」
と強い否定が入る。
「夜会の時も言ったが、君はいつでも変わらなくて安心する……と言いたくて」
「旦那……さま?」
大きな声に驚いてクラヴィルの方を見たステイシーに、
「カッコいい、と思っていて。さっきの迷いなく刺繍を刺している様も、夜会で堂々と他者と渡り合う時の君も。だって、それは全部君が努力して身につけたモノだろう。努力し続けるのがどれだけ大変か、俺は知ってる。期待を裏切らずに立ち続けるプレッシャーも、俺は知っているから」
クラヴィルはたどたどしく言葉を紡ぐ。
慣れてないその様子にクスッと自嘲気味の笑みを溢したステイシーは、
「ただ褒められたくて。それと同時にざまぁみろって言ってやりたくて。そんな不純な動機で身につけたモノでも、ですか?」
クラヴィルの濃紺の瞳に問いかける。
泣き出しそうな、だけど自分のためには泣けない栗色の双眸。
それがなんだか過去の自分と重なる。やるしかないのだと歯を食いしばって剣を振い続けた過去の自分と。
心がささくれだち悪夢を見る日は今もある。
『私としたことが、うっかりしておりました。次からは顔面に水をぶっかけ続けるか蒸しタオルを被せることにいたしますね!』
そんな日でも、変わらない日常をくれたステイシーに何かしてあげたくて。
「きっかけがなんであれ、自分に嘘はつけない。やった事しか、身にならない。それだけは、間違いない」
クラヴィルはそっとステイシーの頭に手を伸ばし、不器用な手つきで柔らかなミルクティー色の髪を撫で、
「全部全部ねじ伏せて、自信満々に堂々と受けて立つ君を俺は知ってる。それができるステイシーは間違いなくかっこいい」
慣れないながらに言葉を探し、嘘偽りない本心を告げる。
「それに、その髪と目の色を見ているとホッとする。君とお茶を飲む時みたいに」
『私は大好きですよ。ステイシーさんのミルクティーみたいな優しい色』
クラヴィルの言葉に、ステイシーが幸せだと思った瞬間の記憶が呼び起こされる。
『ステイシーさん、まずは私とお友達になってみるのはどうでしょうか?』
そう言って手を伸ばし、空っぽだったステイシーに溢れんばかりの愛情を注いでくれたのは、今のステイシーのお義母様。
『君を愛することはない』
小説でも、この世界で結婚した初日にも、クラヴィルはそう言ったけれど。
ステイシーだって、最初から愛し方を知っていたわけではない。
きっとヒトは誰かに愛されて、初めて誰かを大切にすることを学ぶのだ。
自分がそうであったように。
「あ、いや……女性に対する褒め言葉でかっこいいはおかしい……のか? その、つまり……えーっと、なん、っていうか。うん、ステイシーはすごいんだって言いたくて」
自身のボキャブラリーの貧困さと絶望的なまでのコミュニケーション能力のなさに、クラヴィルがあたふたしていると、
「……ふ、ふふっ、あはっ、あはは……」
じっとコチラを見ていた栗色の双眸がふわりと優しく細められ、
「ふふっ。せっかく、いいお話ですのに。本当、締まりませんね、旦那さま」
ポロリと落ちた涙を拭い、くすくすと肩を振るわせるステイシー。
「私もこの髪色、気に入っているのです。ミルクティー大好きなので!」
柔らかく花が綻ぶように楽しげに笑うステイシーを見てクラヴィルは心に風が吹く。
「ふふ、本当は私が読者としてこの旦那さまを愛で倒す予定でしたのに」
推して愛でることも"愛"だ。
自分がかつてそうしてもらったように、ヒロインに出会う前の不遇な推しの世界が少しでも優しくなればいい、と思っていたのに。
「今日は私の方がもらってしまいましたね。ふふっ、でも、ファンサありがとうございます。旦那さま」
この世界のヒーローはヒロイン以外にも優しいらしい。
一読者の自分が心配しなくとも、クラヴィルは男主人公らしく色んなヒトからたくさんの愛を受け取っているのかもしれない。
感受性が低そうだと思っていたけれど、これなら恋物語が始まるのも案外スムーズかもしれない。見逃し厳禁ね! とステイシーが内心で立ち直っている横で。
「……反則だろ、コレは」
ぽつりとつぶやくクラヴィルにもたらされた変化にこの時のステイシーが気づくことはなかった。




