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3、旦那さまの参考書籍

 翌日。

 クラヴィルが出向いた先は、ティアリスの宮だった。


「お兄様。いくら私がお兄様の従妹であったとしても、淑女へのマナーは守って頂きたいですわ」


 アポなしで訪問すんじゃねぇ、と不快感を隠すことなく仁王立ちで出迎えたティアリスに、


「ドアを開けた瞬間、全火力で爆炎魔法を仕掛けてくる奴を俺は淑女と定義していない」


 無傷のクラヴィルがサラッとそう答える。

 すっ、と剣を腰に戻しながら、


「敵意が隠しきれて無かったのが1番の敗因だな、ティアリス。俺に傷を負わせたいなら発動ギリギリ……せめてあと3秒は敵意を隠したまま魔法を構築するか、初撃は魔法を纏わせずに剣術のみで踏み込んで斬撃を喰らわせると同時に魔法を構築して焼き払った方がいい。ああ、でも踏み込んで来た時の太刀筋の躊躇いなさは見事だった。ずっと稽古を続けていたんだな」


 普段からは考えられないほど饒舌なクラヴィルはそう言ってティアリスの攻撃を褒め、評価する。

 仮に先程クラヴィルが言った内容を実行できていたとしても、おそらく彼につけられる傷はかすり傷程度だろう。

 魔法、とは構築できれば絶大な威力を発揮する。だが、クラヴィルはそもそも魔法を発動させてくれない。

 全てを切り裂くその切先は世界最速。相手に魔法を構築するための時間を与えないクラヴィルの刃は、魔法が使えない環境下でなら間違いなく人類最強だ。

 それがこの国の防衛機関全てを預かるクラヴィル・ヘイリスという男の実力、だと知ってはいるけれど。


「お兄様。私、お兄様の部下でも騎士団入隊希望者でもありませんわ」


 そういうのいいから、とティアリスはクラヴィルの講評をバッサリ切り捨てて、


「あまり時間は取りませんわよ? これでも私忙しいの」


 渋々という表情を前面に出して部屋に招き入れた。


「で? 未婚の麗しい姫君の元に仕事サボって何しに来たんです? ステイシーならここには来てませんよ。むしろ、私が探しています」


 全く連絡つかないんですけど、と舌打ちするティアリスに、


「ティアリス、ウチに間者入れるのはやめろ」


 情報早すぎだろ、とクラヴィルはため息を吐く。


「入れてないわよ。呼び出そうと思ったらすでにステイシーがいなかったんです! ウィッグの話、私も聞きたかったのに」


 ぷくっと頬を膨らませる仕草は子どもっぽく、淑女の鑑だとか妖精姫だとか称賛されるティアリスの表向きの評価とは全く異なる。

 そんな面を見せてくれるようになったという事は、少なくとも表面上はかつての関係を再構築しようとしてくれている彼女なりの歩み寄りなのだろう、が。


「どこでその話を」


「さぁて、どこでしょう?」


 涼しげに笑う隙のない空色の目は彼女の父である国王陛下のソレによく似ていて、全く油断できないなとクラヴィルは苦笑する。

 おそらく、ステイシーが公爵家を出た件について自分が把握するよりも随分前からティアリスの耳に入っていたに違いない。

 そう判断したクラヴィルは、


「俺も昼休憩と併せて中抜けして来ていて時間がない。ティアリスのところでないというのなら、ステイシーの行き先に心当たりはないか?」


 教えてもらえないだろうか、とティアリスに助言を乞うた。


「……お兄様が中抜け? 本当におサボりしてきたとでもいうのですか?」


 ティアリスは驚いたように空色の目を大きくする。

 昼時にわざわざ訪ねてきたのだから、昼休憩の時間だけを使い、ステイシーの居場所だけ聞いてさっさと帰る心算なのだとばかり思っていたけれど。


「1時間しか作れなかった。それ以上俺が抜けては他の騎士に示しがつかんしな」


 毎年この時期騎士団長であるクラヴィルは多忙を極める。それこそ、家に帰れないレベルで。

 今までのクラヴィルなら、仕事を押してまで誰かのために時間を作るなんて絶対ありえなかったのに。

 それが、1時間とはいえステイシーを探すために時間を割いたという事実にティアリスが驚いていると。


「俺は、仕事とステイシーなら仕事を優先する」


 クラヴィルの剣はこの国に捧げられている。それは、クラヴィル自身の誇りでもある。


「だが……」


 クラヴィルは目を伏せ、ステイシーと過ごした日々を思い出す。


『旦那さまっ! もう一回お願いします』


 君を愛することはない、と告げた自分にステイシーが栗色の目を輝かせアンコールを唱えた時は、なんて人と結婚してしまったんだろうかと軽く目眩を覚えたが。


『それは聞き捨てなりませんね』


 譲れない点についてはっきり主張し、嬉々として応酬してくるところも。


『旦那さまの事、クズだダメだと罵っていいのは結婚した私だけですよ、これから先、ずっと!!』


 涼しい顔で相手を打ち負かしたかと思えば、大きな瞳に涙をいっぱい溜めて怒り出す子どもっぽいところも。


『旦那さまっ、今の最の高でございました!』


 そう言ってよく噛まないなと思うほどの長台詞を並べ、自分の"好き"について語るところも。

 いつのまにか、好ましく思う様になっていて。

 くるくるとよく表情が変わるステイシーと過ごす日々がクラヴィルの日常で。


「仕事とステイシーどちらかを選べと言われたら……選べない」


『心を揺さぶられる相手に出会ったら手放しちゃダメですよ』


 初めて二人で出席した夜会で、直感した。ステイシーを手放したら、きっと自分は後悔する、と。


「……お兄様」


 クラヴィルの本音を聞いて、ティアリスはどうすべきかと思案する。

 ステイシーが"夢を諦めていない"と明言した以上、おそらく彼女は自身の魔力を取り戻す気なのだろう。

 ステイシーはティアリスにとってとても大事な友人であり、今度こそ彼女の夢を応援してあげたいと思う。

 でも、ステイシーが再び結んでくれたクラヴィルとの縁も捨てがたい。

 黙ったままでいるティアリスの空色の瞳をじっと見て、


「俺には未だにステイシーの生態がよく分からなくて、情けないことにどこに行ったのか微塵も見当がつかない」


 クラヴィルは困ったように苦笑する。

 久しくまともに見ていなかった、深い水底のような濃い青色。

 あれだけ自分のことを避けていたクラヴィルが目を逸らすことなく、こちらを見ている。

 小さな、けれど確かなクラヴィルの変化。それは、きっとステイシーがもたらしたのだ。


『えっ? 推せる要素しか見当たらないんですけど』


 この国の姫としてはおそらく誰からも望まれないような自分の姿を見ても、目を輝かせ全力肯定してくれたステイシーが、今のティアリスを作っているのと同じように。

 心を決めきれずにいたティアリスの思考は、


「ステイシーの好きのポイントも未だに理解できなくて。スパダリ属性とヤンデレの良さが分からないといったら、ものすごく残念そうな目で見られたし」


 クラヴィルの口からは絶対に出て来なさそうな単語が飛び出した事で止まる。


「……お兄様、もう一回言ってもらえます?」


「ん? スパダリとヤンデレの良さが分からない件をか?」


 聞き間違いではなかった。

 ティアリスは落ち着けと自分に言い聞かせ一口紅茶を口にすると、


「待って。本当に待って、お兄様。確認なのですが、お兄様は"スパダリ"と"ヤンデレ"をご存知で?」


 かろうじて笑顔をキープしたままぎこちなく尋ねる。


「ステイシーから参考書籍だと渡された蔵書に書いてあった」


 サラッと答えるクラヴィル。


「書いてあった、って読んだのですか? ステイシーのあのコレクションの山を!?」


 学生時代人目を忍んでステイシーと交流していたティアリスは知っている。

 それはもう、すごい数のコレクションだった。ステイシーの極貧生活の理由の大半コレじゃない!? ってレベルで。


「毎度感想求められたから」


 全部読んだ、と素直に頷くクラヴィルは、


「読んだが、正直俺には分からん。あんな男のどこがいいんだ? すべてにおいて非の打ちどころがない完璧な理想の男、なんてかなり胡散臭いし、大体中身腹黒しかいないぞ? ヤンデレも執着して監禁なんて普通に逮捕案件だろ」


 アレのどこがいいんだ? と真顔でティアリスに尋ねる。


「…………本当に読んだんですね、お兄様」


 堅物で色ごとに関心がなく、剣術に青春時代全突っ込みだったクラヴィルがっ!

 夜会が苦手で恋愛全力回避のためにわざわざ僻地の戦場に志願するクラヴィルがっ!!

 ステイシーの趣味趣向を知るためだけに女性向け恋愛ロマンス小説を読んでいる、と。


「お兄様、アレは実在しないから許されるのですよ」


 なんだそれ、面白すぎる。

 真面目かっ! と突っ込まなかった自分を褒めてやりたい。

 そんなティアリスが口元を扇子で隠し、肩を震わせながらコメントできたのはそれだけだった。

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