6、お迎えの時間①
いくつになっても美しいその背を見送りながら、
「かっこいいぃぃ。超推せる」
ステイシーはすっかりアルシェリーヌのファンになっていた。
近い未来、公爵夫人の身分を返上し伯爵令嬢に戻って社交界に顔を出すことがなくなっても縁が続けばと思うほど良い出会いだった。
今日は来て本当に良かった、とぐっと拳を握りしめ幸せを噛み締めるステイシーに、
「気を抜き過ぎでしてよ、ステイシー」
お茶会主催者のティアリスが声をかけてきた。
「まぁ、アルシェリーヌ様はステイシーが好きなタイプだとは思ってたけど」
「YES! 大好物」
次はいつ会えるかなぁーとうきうきするステイシーに、
「もう! 私の呼び出しにだってなかなか応じてくれないくせにっ。アルシェリーヌ様には会いに行くのね」
学園卒業以来の再会なんですけど!? とティアリスは頬を膨らませる。
「もう学友ではないのです。ただの伯爵令嬢では気軽に会いに行けませんよ。あなたはこの国の王女様なのですから」
学園、という限定的な場と学友という期間限定の気安い関係。その2つを無くした今、ステイシーにとってティアリスは雲の上の存在で。
身分によってできたその隔たりは、どうやっても埋まらない。
ステイシーから敬語で諌められティアリスは悲しげな表情を浮かべる。
「分かっています。そんなことは」
ティアリスは"王女"という立場を嫌になるほど理解している。自分にどれほどの影響力があるのか、その不自由さも含めて。
「私はステイシーにずっと謝りたかったのです。私は、どこまでも無力です。大切な友人が窮地に立たされたというのに、あなたに何一つしてあげられなかった」
王族、という立場であれば大抵のことは叶えられてしまう。だからこそ、私情で一つの家門だけを特別扱いするわけにはいかなかった。
でなければ、その綻びはやがて大きな亀裂となって国そのものを揺らがす脅威になりかねない。そうなってしまった時、割を喰うのはこの国で生きる民達だ。
「私は、結局あなたに"夢"を諦めさせてしまいました。誰よりも応援すると約束したのに、私はっ……」
ごめんなさい、とティアリスは顔を伏せた。
「いやいやいやいや。何言ってんの? ティアは一度だって約束破ってないでしょ」
ティア、という学友時代の愛称に顔を上げたティアリスに、
「心配して手紙送ってくれたでしょ。偽装するの大変だったでしょうに、何通も。手紙、嬉しかった。アレを支えに頑張れた。だからティアには感謝してる」
それを伝えたくて今日は来たのだとステイシーは満面の笑みでそう話す。
伯爵家が窮地に陥った時、1番に手紙をくれたのはティアリスだった。
だが彼女の立場を思えば、一介の臣民でしかない伯爵令嬢が軽々しく手紙を返せるわけもなく。感謝を伝えることさえできないまま、今日に至っていた。
「それに学院を退学しただけで、別に夢を諦めたわけじゃないしね」
だから大丈夫、と胸を張るステイシーに翳りはなく、
「先は分からないじゃない。結婚しようが、退学しようが、私が積み上げたモノはなくならないもの。いつか、未来に繋がるかもしれない」
それは侍女になって欲しいというティアリスからの誘いを断った時の夢を語る眩しいステイシーのままで。
「私、旦那さまには感謝してるの。もうダメかもって思ってたエルネア家も救ってもらったし、ティアにも会えるようになった。それだけでもこの結婚は私にとって価値あるものよ」
ステイシーは自分でこの結婚を選んだのだとティアリスには理解できた。
「そう。なら、よかった」
ステイシーがブレないのなら、きっと大丈夫。そう思えたティアリスは、
「じゃ、これからも容赦なく呼び出すからよろしくね!」
先程までのしんみりした雰囲気を綺麗さっぱり投げ捨てて、王女様らしく不敵に笑った。
「わぁー切り替え早ぁー」
そういうとこ好きだけど、とステイシーが応じたところで、
「ステイシー」
と声がかかった。
「旦那さま。どうしてこちらに?」
あれ、今仕事中じゃなかったっけ?
マジで何しに来たの? という無遠慮かつ媚びない視線を向けられて、クラヴィルは言い訳を考えていなかったことに今更気づき固まる。
「……あーその、たまたま」
「王城の庭園はたまたま立ち寄るとこじゃないですよ。しかも旦那さまの管轄外でしょう。騎士が盗み聞きなんて褒められた趣味ではございませんわ」
ピシャリと言い切られ、たじろぐクラヴィル。どこから聞いてたんだ、と訝しむ栗色の瞳にじぃーっと見つめられ、
「ステイシーがティアリス王女と旧知の仲だとは知らなかった」
ふいっと視線を泳がせたクラヴィルは無理矢理話題を変えた。
バニラアイスにコーヒーをかけられた時、なぜステイシーが怒ったのか理由が分からなかった。
謝罪を受け入れてくれたあとはいつも通りだったし、能天気だと言った事に対して腹が立ったのだろうくらいにしか思っていなかったが。
『王女殿下に失礼です』
ステイシーはティアリスの名誉の為に怒っていたのだと今なら分かる。彼女はいつもそうだった。
「それは……」
と言ったきり、言葉を閉ざしたステイシーの代わりに、
「お久しぶりにございます、ヘイリス公爵」
ティアリスがクラヴィルに声をかける。
「彼女が私と交友関係にあると明言しないのは私のためでございます。どうぞご容赦ください」
非の打ち所がない鉄壁の笑顔と美しい所作でそう言ったティアリス。
彼女の言葉を意訳するなら"部外者が首突っ込んでんじゃねぇよ"といったところか。
数年ぶりにまともに顔を合わせた従妹のティアリスはどこまでも他人行儀で。
幼い頃後ろをついて回っていた面影はそこにはない。
「ええ、勿論。王女殿下におかれましては……」
だからティアリスに倣い表面をなぞっただけの言葉でこの場を終わらせようとしたけれど。
「随分、大人になったな。ティアリス」
思い直し、クラヴィルは途中でやめた。




