5、推しは何人いてもいい
騎士団の訓練所からお茶会会場である王城の庭園まで大した距離ではなく、ティアリスに付いている護衛とも顔馴染み。
何より、妻であるステイシーがお茶会に参加しているので思ったよりずっと早くクラヴィルはその場にたどり着く事ができた。
貴婦人の集まる場なんて、本来一番苦手とする場所。
お開きになったタイミングでステイシーに声をかけよう。
そう思い陰からこっそり覗いたクラヴィルの目に映ったのは、
「そんなっ! これはあんまりですわっ!!」
悲痛な声で女性達から詰め寄られているステイシーの姿だった。
「結婚初夜に"君を愛することはない"だなんて! とんだクズ男ではございませんか!?」
"君を愛する事はない"と言う身に覚えのあるセリフと"クズ男"と言うワードにクラヴィルは固まる。
「いくら政略結婚とはいえ……これはあまりにも無神経ですわ! 完全アウェイの場所に不安しかない状態で嫁いで来ていると言うのに」
「そうですわ! 頼りにできるのは夫しかいないのに、その夫に拒絶されたらどうすればいいのか……」
次々と聞こえてくる貴婦人達からの非難の声。
「そうですよね! 始まりは全部最悪なんです」
そう言ってにこやかに笑い、彼女たちを慰めるステイシー。
それらは容赦なくクラヴィルに突き刺さると同時に"なんだやっぱりか"と言う思いも湧いた。
「なんだ、やっぱりステイシーも」
やはり今まで接してきた女達と変わらない。
自分が悪かったとはいえ、こんな場所で嬉々として話のネタにするなんて。
クラヴィルの中で忘れた事などない暗い記憶が勝手に再生される。
それは苦い痛みを伴って、クラヴィルに憎しみの感情を呼び起こさせる。
(馬鹿だな、俺は)
なぜ、ステイシーを信じようと思ったのか。
こうも簡単に騙されて、呆れてものも言えない。夫人たちの同情を引いてステイシーが得たいのは社交界での地位か?
それとも……。
もうこれ以上ここにいる意味は無い。踵を返そうとしたクラヴィルの耳に、
「ですが、この冒頭。なかなか引き込まれると思いません?」
よく通るステイシーの声が凛と響いた。
「"君を愛することはない"から始まる物語は、様々なタイプがございまして。それら全てが良作! 最の高なのでございます!」
ん? 物語?
どういう事だ? とクラヴィルが足を止めたところで。
「一度は覚悟を決めて嫁いだものの、夫から冷たくあしらわれたその先で、クズ夫と決別し自分を想っていてくれた人と幸せをつかむパターンも良し。しがらみから解放され白い結婚を楽しみつつ、令嬢時代にはできなかった自由を謳歌するパターンも良し。追いやられた先で領域経営の能力を発揮し領地を発展させるヒューマンドラマも良し。そして、愛することはないと宣言した夫の事情が明かされ、夫婦として再構築していく物語もまた素敵なのでございます!」
聞こえて来たのはステイシーの長台詞。
全部好き過ぎる! と嬉々として語り出すステイシー。
非常に既視感のあるその光景を見ながらクラヴィルは思う。
毎度思うことだが"よく噛まないな、その長台詞"と。
「私特に"余命半年のお飾り妻は物語の開始を阻止したい。〜陛下、私のことは愛さなくていいので婚活してもらえませんか?"が気になります!続きは!? 続きはないんですの!!」
「そうですわ! シグレン様、そしてルシア様の運命は?」
この後お二人はどうなるのです、と続きを所望する。
「お二方とも関係再構築派なんですねぇ」
微笑ましげにそう言ったステイシーは、
「先生の筆次第ですわ。まぁ、エルネア伯爵領が落ち着かないと作家活動は難しいでしょうけど」
と残念そうに首を振る。
「そんな! このワクワク感はどうすればよいのです!!」
「あぁ、こんなのあんまりですわ」
気になり過ぎる、と代わる代わる嘆きの叫びを上げる淑女達にステイシーは囁く。
「そんな時こそ、推し活ですわ!」
ようこそ、沼の世界へ。
にこやかにそう言ったステイシーはとっても悪い顔をしていた。
ティアリスのお茶会は大盛りでようやくお開き。
沼落ち貴婦人達を見送ったところで、ステイシーはアルシェリーヌから再び声をかけられた。
「ヘイリス夫人、とても面白いお話でしたわ」
綺麗に微笑むアルシェリーヌを前に自然と背筋が伸びるステイシー。
「お褒め頂き、光栄に存じます」
わざわざ自分を褒めるためだけに待っていたわけではないだろうと思ったステイシーの予想は正しく。
「先日の夜会についてですけれど」
早々に本題を切り出された。
「場を騒がせてしまい申し訳ありませんでした」
ここは素直に謝ろう。
食い気味でそう言ったステイシーだが、
「人の話しは最後まで聞きなさい。とりあえず謝っておこうなんて言語道断です」
アルシェリーヌにピシャリと嗜められる。
高等部時代に強制的に受けさせられた淑女のためのマナーレッスンをしてくださった大層厳しい先生を思い出し、背筋が伸びるステイシー。
「まぁ、全体的なマナーは及第点以上です。上手く相手の関心を逸らして情報を渡さない手腕も。コーデリアの教えをきちんとこなせたのでしょうね」
「先生のことをご存知なのですか?」
「コーデリアは私の教え子です。教職は彼女の天職でしょうね」
通りで既視感があるわけだとステイシーが思っていると、
「お詫びしなければならないのは私の方。ウチの縁者のものが至らぬために、公爵夫人としての初めての社交の場で不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」
とても丁寧な礼と共に謝罪の言葉をかけられた。
「そんな、ルクレシアス夫人のせいでは。頭をお上げください。私は全く気にしておりませんし、私の方こそ伯爵達相手に賭けポーカーなんて」
やらかして本当にすみません、と語尾が小さくなっていくステイシーに、顔を上げたアルシェリーヌは少しだけ表情を崩してみせる。
「本当どうなるかと思いましたが、まさか正面からケンカをふっかけるとは。なんて豪胆な子かしらと、肝を冷やしましたよ」
優しげな黄色の瞳にはステイシーを咎める色はなく、
「本来なら主催者側が騒ぎになる前に穏便に済ませるべきだった。でも、あの日はそうならなかった」
申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
「何もしていないのにヘイリス公爵の妻の座に収まった貴女が困ればいいと思ったのですって。少し報告を遅らせるだけのつもりだったと。その者については勝手ながらこちらで処罰させて頂きました」
そしてステイシーは悪意に囲まれ、主催者の耳に入った時にはすでに収拾のつかない事態になっていたのだと事の些細を告げ、
「未然に防げたモノを適切に対処しなかった。アレは主催者側の落ち度。引いては下の者を管理しきれなかった私の責任。ヘイリス公爵夫人、貴女を危険に晒してしまったこと、改めてお詫びするとともに、事態を収めて頂いたことに感謝申し上げます」
アルシェリーヌは再度深く頭を下げた。
ステイシーは栗色の瞳をゆっくり瞬かせる。
「承知致しました。では、私もそのようにいたしましょう」
顔を上げたアルシェリーヌに、
「何も起きておりません。少なくとも表面上は」
ステイシーはアルシェリーヌの意図を汲み、事を荒立てる気はないのだと告げる。
貴族の妻、とは華やかなだけではない。家門同士の関係を維持するために迅速に穏便に対応する手腕。
さすが、社交界を長く牽引してきた淑女の鑑。綺麗なだけではない芯の強さにカッコイイ、と惚れ惚れしながら、
「ここでお知り合いになれたのも何かの縁です。今後社交の場でお会いした際にはルクレシアス夫人にご挨拶させていただくことは叶いますか?」
ステイシーはアルシェリーヌに願い出る。
家格だけなら釣り合うが、相手はどう見ても格上。
アルシェリーヌから声をかけられなければ失礼に当たると、彼女を重んじるステイシーに、
「では、私のことはアルシェリーヌ、と。ルクレシアス家の公爵夫人はすでに代替わりしておりますから」
アルシェリーヌはにこやかに応じ声をかける許可を出した。
「では、私のこともどうぞステイシーと」
敬称不要です、と目を輝かせるステイシー。
その勢いにクスリと笑ったアルシェリーヌは、
「ええ、ではそのように。ステイシー、何かあれば私に声をかけなさい。貴女のような破天荒な子、私は嫌いではないけれど。出る杭が打たれるのもまた社交界の常。物珍しさだけではこの先渡って行けなくてよ」
ステイシーに助言を渡す。
「はい、アルシェリーヌ様!」
元気に答えるステイシーに、
「ふふ、元気の良いこと。また会いましょう、ステイシー」
お手本のような礼を残し、アルシェリーヌは帰って行った。




