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4、主人公の側にいる人はだいたい優秀

 ステイシーがお茶会で語り始めたのと同時刻。


「珍しいな、クラヴィルが仕事中に上の空なんて」


 訓練終了後のクラヴィルにそう声をかけてくる者がいた。

 赤髪とイエローレッドの瞳が印象的な彼の名はルシオン・ラガベル。

 副官である彼とは幼少期からの腐れ縁で、クラヴィルと気安く言葉を交わせる数少ない希少な人種である。


「誰が上の空だ」


 低く重い声が空気を揺らす。ルシオンに向けられた切先には迷いはなく、コチラを覗く深い紺色の双眸はいつも通り冴え冴えとしているが。


「いや、手加減忘れてる時点で充分上の空だろ」


 呆れと揶揄い交じりの声でそう言ったルシオンはアレっと死屍累々と転がる騎士たちを指す。


「お前に本気出されたら潰れるに決まってるだろう」


 そう言われたクラヴィルは時計を見る。

 針はまだ予定よりだいぶ早い時刻を指しており、ルシオンに言われた事が正しいとクラヴィルは黙る。

 難しい表情で眉間に皺を寄せるクラヴィルに軽く笑ったルシオンは、


「全員休憩。で、クラヴィルはちょっと面貸せ」


 これからの事を簡単に指示するとルシオンはクラヴィルを促して訓練場を後にした。


「で、何悩んでんの?」


 人払いをした執務室に連れて行かれたクラヴィルは単刀直入にそう聞かれる。


「……別に」


「ま、どうせ結婚生活がうまくいっていないとかその辺だろうけど」


 クラヴィルに疲労回復効果のある飲み物を差し出し自分の分を一気に煽ったルシオンは、


「やっぱ、結婚なんてお前には向いてないのかねぇ。王命とはいえ、家に帰れば苦手な女性が常に視界に入るわけだし」


 独り言のようにそう言葉を紡ぐ。

 ここ最近、クラヴィルがあからさまに殺気立っている。

 クラヴィルの活躍により国全体の情勢が落ち着いている今、実践を想定した長期遠征を除けば大型魔獣の討伐でもない限り数ヶ月単位といった長期で王都から離れる機会はなかなかない。

 なので、家に帰らざるを得ないわけなんだが、家に帰ればクラヴィルには強制的に結婚させられた妻がいる。

 クラヴィルとは苦楽を共にしてきた仲なので、ルシオンはクラヴィルが今までどれだけ女難に巻き込まれてきたか知っている。

 だから、気が休まらないのだろうことも容易に想像がついた。


「だから結婚なんてやめとけって言ったのに。人生の墓場らしいぞ、結婚」


「……ルシオン、お前は既婚者だろ」


 首から下がる鎖についた指輪をじとっと睨んだクラヴィルはどの口でそれを言ってんだ? と濃紺の双眸で問いかける。

 ルシオンが会わせてくれないので直接会った事はないが、彼にはベタ惚れの妻がいる。

 ルシオンの机には彼の妻の姿絵が並んでおり、結婚以降飲みにすら付き合ってくれないのに。


「墓場は一般論。それに墓場でもいいの、俺は。アイリーを愛してやまないから。アイリーに尽くすのが最早生きてる理由だから。でも、クラヴィルはそうじゃないだろ」


 吐き出してしまえ、と優しい色をした目が笑う。

 気遣われている。そして、ルシオンは何を言ってもきちんと聞いてくれるとクラヴィルは知っている。


「ほら、お前が仕事に身が入らないと俺含めお前の部下全員が迷惑するんだよ」


 何度も背中を預けて来た信頼できる相手に促され、深い深いため息をついたクラヴィルは、


「別に、ステイシーといるのが苦痛なのではない」


 ぽつりと本音を落とした。


「そうなのか?」


 クラヴィルの意外な返答に驚いたように目を丸くしたルシオンに、


「ただ、彼女に全く信頼されてないなと思う身勝手な自分に嫌気が差しているだけだ」


 クラヴィルは先日、ティアリスの茶会に出ると言った時のステイシーとのやり取りについて話した。


「ステイシーに悩みを聞いた時、彼女はああいったが"そうですね"の後に続く言葉は、本当は違う内容だったんじゃないか、って」


 あの時はいつもみたいにステイシーに揶揄われたのだと思った。

 だが、いつもとは違う何処か遠くを見るような栗色の瞳が頭の隅に引っかかっていて。それがどうしても、忘れられなくて。


「俺なら大抵解決してやれるんじゃないか、なんて。多分、そんな傲慢な気持ちがあったんだ」


 些細な事にもよく気づき、そして相手の内面を良く見ている彼女のことだ。

 悩みを言うに値しない相手だと判断されたのだと数日立ってようやく気づき、そしてステイシーから明確に線を引かれているのだと思い知った。


「俺は、どうすれば良かったんだろうな」


 懺悔のように吐き出されたクラヴィルの言葉に耳を傾けていたルシオンは、


「すごい進歩だな。今までのクラヴィルなら絶対相手の心情なんて気に留めなかったのに」


 なんて事だ、と口元を押さえ、


「ヒトの事なんてほぼほぼ気にした事がないクラヴィルがっ。教えを乞いに来た相手にむしろ何でできないかが分からないなんて言い放ち場を凍らせて来たクラヴィルがっ! 剣術大会で黄色歓声を上げる淑女に愛想一つ振りまかないどころか、睨みつけてびびらせ泣かせて来たあのクラヴィルがっ!! ようやく人並みに成長をっ」


 おおーっと感動したように感想を漏らした。

 手にはわざとらしくハンカチまで持っており、涙の出ていない目頭まで押さえる始末。


「ルシオン。お前は俺の事をなんだと思ってるんだ」


 言うんじゃなかった、とギロっと威圧的に睨むクラヴィル。

 背中にブリザードが見える気がするがルシオンは全く気にしない。


「いや、俺がフォローしてなかったら、お前本当に人間関係詰んでるからな?」


 もう少し感謝されてもいいと思う、とルシオンは割と真剣な顔で突っ込みを入れた。


「いや、でもまぁ。少し安心した。あんな碌でもない条件で嫁いでくれる子なんて訳ありだろうし」


 仕事上ではクラヴィルの方が上だが、ルシオンにとっては反抗的な態度も含めクラヴィルは手のかかる弟のような存在で。

 心配していたが結婚によりクラヴィルにもたらされた変化が良いものであるなら、それは歓迎すべきことだ。


「干渉するな、とクラヴィルが求めるなら相手にも同様のモノを与える必要がある。結婚は対等な契約だからな」


 自身の首にかけられた鎖を手繰り指輪に優しく触れたルシオンは静かな口調で言葉を紡ぐ。


「向き合う気のない者に、内心など軽々しく覗かせてくれるわけがない。クラヴィルが踏み込まれたくないと拒絶するのと同様に、彼女にもまた心があるのだから」


 ルシオンの言葉がクラヴィルに刺さる。

 自分の事しか考えていなかった結婚初日。

 あの日ステイシーに"愛することはない"と言ったのは、自分なりの誠意のつもりだった。

 余計な期待を持たせず、関わらない代わりに不自由のない生活を保障するなんて。

 身勝手過ぎる、と自分でも呆れてしまう。

 もし、ステイシーがあんな切り返しをしてくれていなかったら、きっと今でも最低な自分に気づく事はなかっただろう。


『何の為にその両の目があるのです。大事なモノはあなた自身で見極めてください』


 クラヴィルはステイシーに叱責された言葉を思い出す。

 ステイシーの事が知りたいと思うなら覚悟がいるのだ。

 本気で向き合うだけの覚悟が。

 そしてステイシーに応えてもらえるだけの自分にならなければ、きっとここから先の関係はない。


「まぁ、でも奥方はクラヴィルのことをクズだなんだといいながら付き合ってくれる奇特な方なんだろ。なら、これからゆっくりお互いを知っていけばいい。変わっていけるさ。これから先時間はあるんだから」


 変われる、だろうか?

 ステイシーとどうなりたいのかも分からないのに。


『気になるなら、自分でやってみればいいのです。自分で確かめなければ分からない事もあるでしょう』


 ふと、ステイシーの楽しげな声が耳朶に響く。どう動けばいいのかは分からないけれど、何もしなければきっと変われないから。


「ほら、お茶会ならそろそろ終わるんじゃないか? 腐る程有給余ってるんだからたまには消化して来い」


 優秀な副官様がフォローしてやるから、と背を押され、クラヴィルは礼を言って走り出した。

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