7、お迎えの時間②
「昔は剣術を習いたがったり、教師から逃げ回ったりと随分お転婆だったのに。今ではすっかり立派な王女殿下だ」
少女から淑女に変わる狭間の間で目を逸らし、自分から距離を置いたティアリス。
近寄ってくる女に辟易していた自分が勝手にカテゴライズしただけで、ティアリス自身のことを見ようとはしていなかった。
『自分で確かめなければ分からない事もあるでしょう』
「逃げて、すまなかった」
『素直なところは旦那さまの美点ですね』
これだけはステイシーのお墨付き。
今更、お兄様と呼んでもらえる気安い関係には戻れないだろうけれど。
それでも素直に伝える以外、向き合う方法が思いつかなかった。
そんなクラヴィルをタレ目気味の空色の瞳が真意を測るようにじっと捉える。しばらく沈黙が落ちた後、
「まぁ、嫌だわ。どうして殿方って"過去"をいつまでも気にかけてもらえるなんて勘違いなさってるのかしら?」
私そんなに暇じゃないのですけれど、と心底不思議そうな顔でティアリスは言葉を紡ぐ。
「美化した記憶ごと、自分の存在を後生大事にしてもらえるだなんて、思い違いも甚だしい」
とっくに忘れましたけど、と潔い程すっぱりとティアリスに言い切られ固まるクラヴィル。
地味にダメージくるな、コレ。とやらかしたどうにもならない過去からの報復を甘んじて受けていると、
「ま、確かに? 騎士団の訓練所に行き過ぎてお仕事邪魔しちゃったかしら? とか。家庭教師やお父様を撒く理由に使ったりしまくったりしてたから愛想尽かされたかしら、とか? 私が悪いんだって悩んだ時期がないとは言いませんけど」
ティアリスは腰に手を当てジト目で睨みくどくど文句を並べる。
「全く、今更ですわよ。嫌なら嫌ってその時ハッキリ言って欲しかったですわ! そしたら、私だって善処しましたのに」
というわけで、私だけのせいだとは思っておりませんの! とティアリスの正論パンチにぐうの音もでないクラヴィル。
「だいたい、ヘイリス公爵は」
「ちなみに、ティアって旦那さまの事男性として好きだった事あるの?」
ティアリスの文句を遮って、ステイシーは地雷を投下する。大事な友人からの問いかけに、
「有り得ませんわ! お兄様なんて面倒くさい上に地雷臭しかしませんもの。私は我が身が一番可愛い!」
嘘偽りなくティアリスは否定する。
その顔は取り澄ました王女様ではなく、かつて可愛がっていた生意気な従妹のソレで。
「そうだな、返す言葉もない」
すまなかった、とクラヴィルは穏やかに笑う。
もう何年も仏頂面しか見ていなかったけれど、かつて見たことがある顔で、そう言われてしまえば突き離せない位の情はある。
わだかまりが全部溶けてなくなったわけではないけれど。
「!! し、仕方ありませんわね。これを機にステイシーとはこれからも付き合うつもりですから友人の旦那さまになったお兄様のことも大目に見て差し上げますわ」
ここらで手打ちにしてあげるとティアリスはふわりと笑った。
「はぁー最高でございましたー!」
ティアリスに別れを告げ、一緒に帰る事になった馬車の中でステイシーは非常に満足気にそう漏らす。
「ティアリスのツンデレはもちろんのこと、長年のすれ違いが解けて互いに歩み寄る美しい姿。クズい上にマイナスに振り切っていた旦那さまが自分から歩み寄ることを覚えるという番外編的な日常パート。恋物語ではありませんでしたが、これはこれで非常に満足です」
グッジョブと親指を立てるステイシーに、
「ありがと、な」
ぼそり、とクラヴィルはぶっきらぼうに礼を述べる。
ツッコミ放棄だなんて珍しいと首をかしげるステイシーに、
「君がいなかったら、きっと俺は来なかったから」
クラヴィルは言葉を重ねた。
一瞬、面食らったように栗色の瞳を大きくしたステイシーは、
「ふふっ、本当に素直なところは旦那さまの美点ですわ」
と優しい口調でそう称賛した。
「そんな素直な旦那さまを見習って、私も1つお詫びをしておこうと思います」
詫びられるような覚えは無いが? と視線だけでそう尋ねるクラヴィルに、
「今回、お茶会に出席して思ったのです。旦那さまに言われたことについて」
ステイシーは静かな口調で言葉を紡ぐ。
「偉そうな事を言っておきながら、私は旦那さまのことをどこか二次元の存在……実在しない物語のヒーロー役くらいにしか思っておらず、今、目の前にいる旦那さまのことをきちんと見ていませんでした」
ただの読者である自分にとって、クラヴィルは推しという名の画面の向こう側の人で。
どうせクラヴィルとヒロインが出会えばお役御免になるのだから、全部が全部他人事としてただわくわくと推しの物語を楽しむだけでいいとそう思っていたけれど。
今回公爵夫人として社交の場に出て、クラヴィルが辟易したものの片鱗を感じ、伯爵家の借金と引き換えに自分が背負ってしまったものも思い知ってしまった今、それらはようやくステイシーの中で全部目を逸らすことができない"現実"になった。
「それは、とても失礼なことであったと。今更ながら、そう思うのです」
申し訳ありませんでした、とステイシーは頭を下げた。そんな彼女を見ながら、クラヴィルは先程、ルシオンに言われたことを思い出す。
『これからゆっくりお互いを知っていけばいい。変わっていけるさ。これから先時間はあるんだから』
変わって行きたい、と思った。
例えば、ステイシーの夢とやらを聞かせてもらえる位の関係に。
「ステイシー」
そんな決意を持って、彼女の名を呼んだクラヴィルだったが。
「なので! これからは2.5次元の推しとして旦那さまを全力で応援する所存です!」
すごい勢いで、顔を上げたステーシーに唐突によくわからない宣言をされた。
「なんだよ、2.5次元って」
「え? 現実に存在する、会って、触れる推しのことですよ? 舞台俳優的な」
と疑問符いっぱいのクラヴィルにステイシーは解説する。
「基本的に私2次元専門だったんですけれど。本日のティアと旦那さまの戯れを拝見し、2.5次元も愛でられそうだなって!」
行ける気がする、と熱弁するステーシーは、
「あ、でも私推しは推しとして推し倒したいだけで、ガチ恋しない派なので。そこはご安心くださいませ」
お望み通り愛しません、と笑顔で宣言する。
「……なら、安心だ」
ステイシーの言っている言葉の意味はわからない。が、それ以外に返す言葉も見つけられない。
初日に愛さない宣言をしたのは自分なのに、ステイシーから愛さないと言われて疼いた感情にクラヴィルは一旦気づかないフリをする。
そんなクラヴィルの心情に一切気づかないステイシーは、
「目指せ、プロの当て馬妻!」
ふんす、と意気込んでみせる。
なんだプロの当て馬妻って。そう思ったけれど。
「要するに当てる相手がいなければいいんだろ」
ステイシーには聞こえない声量で今後の方針を転がして、
「では、改めてよろしく頼む」
クラヴィルはそう言って微笑む。
「ええ! 勿論。読者として特等席で推し活させていただきます」
少なくとも、物語とやらに満足するまでステイシーは自分のそばにいるだろう。だから今はそれだけでよしとする。
だって、彼女との時間はまだ始まったばかりなのだから。
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