108 ~異邦の一角獣〜
もともと戦闘モノというよりは日常系を目指した(?)本作ですが…… それにしたって戦闘シーンが無さすぎですよね それではお待たせいたしました
一行の馬車での道程は、小麦畑の大穀倉地帯を抜け荒野へと突入していた。 まだ日没にはしばらく間があるが、どこで野営するかは思案のしどころだ。 少し前にキアラと御者を交代したユリウスが後ろの小窓を開いて車内に声をかける。
「なぁ、キアラ。 どの辺りで野営したらいいと思う?」
相変わらずラウラとの錬金術談義に花を咲かせていたらしいキアラが、窓の景色を一瞥して思案顔を見せる。
「そうねぇ…… ここまで来たらどこでも大して変わらないかなぁ。 たまに大きめの岩とかがあるから、その陰にテントを張るとかどう?」
「危険な魔獣とかは、どうなんだ?」
「この辺りで一番警戒すべきなのは【ダイアウルフ】の群れかしら。 でも、最近はあまり見ないとも言うけれど」
「あと夜中には【デザート・スコーピオン】や【デス・ストーカー】にも注意が必要ね」
これはギルド職員も長く務めたルシオラの意見だった。 どちらも蠍系の魔獣だが、猛毒と鋭いハサミ、硬い外皮を持つ。 夜中になると活発になり、テントに忍び込んだり待ち伏せするなど厄介な相手だ。 【デザート・スコーピオン】は巨大で狂暴、【デス・ストーカー】は小型だが、それ故に気付きにくく即死級の猛毒を持つという難敵だった。
「それにしても、キアラ…… よくこんな道を独りで歩いて王都までこれたもんだな」
ユリウスが感心とも呆れとも取れる調子で呟いた。 正直とても自分には真似できる気がしない。
「ほんとよね〜 ちょっと尊敬しちゃう」
「甲冑に乗って来たから、蠍も狼も怖くなかったよ? 【万能解毒薬】もたくさん持って来たし、実際【バジリスク】も倒したしね」
少し照れたようにはにかみながら、キアラがひらひらと手を振って見せる。 蛇の王【バジリスク】は、王都の冒険者ギルドでも討伐難度は【S難度】に設定されていた。
「すごいよね〜 ところでその【万能解毒薬】って、どこで手に入れたの? まだ残ってる?」
フィオナの質問に、キアラがドヤ顔で振り向いた。
「私が調合したのよ。 もちろん錬金術でね」
「それはぜひ、私も見てみたいです!」
ラウラは主に【魔道具】が専門なので、薬品類にはあまり明るくないようだった。
「それももちろん凄いけど、オレが言ったのは距離の問題だよ。 一体何日くらいかかったんだ?」
「それ程でもないよ。 だいたい三〜四日くらい? 最初の方は徒歩って言うより、甲冑のローラー走行でだいぶ距離を稼げたからね」
「あぁ〜 あの試合の時の、ものすごい突撃のヤツ?」
キアラの開発した【強化外骨格騎乗操縦型自動人形】は、圧縮した蒸気を本来の動力である魔素の補助として様々なギミックに活用している。 そのひとつに予備動作なしに高速で敵との間合いを詰められる、ローラー・ダッシュという機能があるのだった。
「まぁ圧縮蒸気のカートリッジひとつくらいじゃあ、そんなに保たないんだけど…… 道が硬くてなだらかなら惰性でもそこそこ走ってくれるからね」
そこでユリウスは何故か、少し複雑な表情を見せる。
「そう言えば、ずっと気になってたんだが──」
一同の視線がユリウスに集まる。
「あの騎乗型ゴーレム── 軍事利用される危険性はないのか……?」
思いがけない言葉に、ルシオラとラウラの表情にも緊張が走った。
「うん、それは多分…… 大丈夫だと思う。 設計図も私の頭の中にしかないし、使ってる素材も技術も、そうそう真似出来るもんじゃあないしね」
「……それはその通りだと思いますわ」
そう言うラウラの表情には、少し安堵が戻っていた。
素材とは装甲の貴重な貴金属というより、制御系に使われる魔導回路や人工筋肉繊維、魔素水晶などの事だろう。 確かにミスリル銀やチタニウムも高価だが、騎乗型ゴーレム自体は鉄や鋼で造っても充分脅威な筈だった。
「技術に関しては…… 蒸気機関の併用と圧縮蒸気のカートリッジ化は私のアイディアだけど、制御系はほとんど全部、かの三賢人の発明ですもの」
そう言ってキアラは、おどけたように片目をつむってみせた。
「それはそうそう真似出来るものではないでしょうね」
三賢人マニアのルシオラが、ユリウスを横目で見ながらくすくすと笑う。
「喩えるなら── 一点もののオートクチュールみたいな感じかな。 誰かが複製しようと試みても、何十年もかかるんじゃないかしら」
「……そうだな。 キアラの言う通りだろう」
ユリウスは自分に言い聞かせるように呟いた。 もしもあの騎乗型ゴーレムに乗った兵士が大軍で攻めて来たら…… 戦場の風景は、きっと激変してしまうだろう。
窓から外の景色を見ていたラウラが、ぽつりと呟いた。
「この荒野…… 西の砂漠みたいに【サンドワーム】とかは出没しませんか?」
【サンドワーム】と言うのは、地中を移動する巨大なミミズのような魔獣だ。 足音などに反応していきなり地中から姿を現し獲物を丸呑みにする、遭遇すると非常に厄介な魔獣だった。 彼女の故郷の西の砂漠では、大変恐れられている存在なのだろう。
「幸いこの辺りの地盤は【サンドワーム】には硬すぎるでしょうね…… もっとも、私の実家の領地ですら、目撃例はなかったと思うけど」
ルシオラの実家のスキエンティア領は、小さな森と川を挟んで、西の砂漠のすぐ傍にあるのだった。
「まぁ何にせよ油断は禁物でしょー。 アレがある限り……」
「アレってなぁに? ……なんかあったっけ」
フィオナの問いに、御者席のユリウスの隣に座っていたメナスがドヤ顔で答えた。
「【彷徨える魔獣】!」
「あっそうか! そんなのもあったね〜」
【彷徨える魔獣】は、通常生息していない筈の場所に魔獣が現れたり、既知の魔獣や動物が異常に狂暴化するという現象の総称だった。 現在ではメナスやキアラの活躍によって原因が究明されているが、少し前までは謎の現象として人々の頭を悩ませていた。
と言っても、魔獣を操り狂暴化させるのが超小型の【蜂型ゴーレム】だと判明しただけで、生息域を離れた場所に現れる理由は依然として謎のままだった。 蜂型ゴーレムに操られ魔素の増減の激しい地点を目指すという性質上、長い道のりを移動して来たと言う可能性も否定は出来ないが…… それならば、もっと途中で誰かに目撃されていてもおかしくはないし、違う大陸の魔獣まで含まれているのは説明がつかない。
そもそも今回のユリウスたちのクエストこそが、その原因の黒幕を探す事なのだ。
「まぁ私たちなら、何が襲って来ても心配無用ですよね」
ラウラが杖を掲げて自信ありげに微笑む。
「油断は禁物だよ。 いついかなる時も」
いつになく真剣な表情のユリウスを見て、ルシオラが堪えきれずくすくすと笑いだした。
「なんだよ…… ルシオラ?」
「……ごめんなさい。 【古竜】を呪文ひとつでペシャンコにした人が何を言ってるのかと思ったら…… 可笑しくなっちゃって」
「えぇ〜 なにそれ〜⁈ 聞きたい聞きたい〜」
これには、キアラもラウラも興味津々の様子だ。 ルシオラはあの日の出来事を、シャウアの事は上手く伏せながら── 面白おかしく語り始めた。 何となく気まずくなったユリウスは御者席の窓を閉めて正面を向く。 隣の席のメナスがどんな顔をしているか、何となく想像がついたのであえて目は合わせかった。
しばらく荒野の街道を進んでそろそろ野営の事を考えようかと思った頃、突然メナスが立ち上がった。
「どうした? メナス」
彼女は無言のまま走行中の馬車の屋根に飛び乗ると、北側の荒野にじっと目を凝らす。 只事ではないチタニウム・ゴーレムの様子に、ユリウスにも緊張が走る。
「魔獣…… それともまさか、アイツなのか──」
ユリウスは、ゆっくりスピードを落としながら馬車を停めた。 すると同時に御者席の小窓が開き、フィオナがひょいっと顔を出す。
「どうしたの? なにかあった?」
彼女の背後にも、緊張した様子の仲間たちの顔があった。
「あの、ちょっと大きめの岩の向こう…… なんだか分かんないけど、魔素が変な感じに集まって来てるみたいだ」
馬車の屋根の上で、メナスがその岩の方角を指差している。 ユリウスも念の為【魔力探知】の呪文を唱えるが、いかんせん距離があり過ぎる。 メナスの探査能力には遠く及ばなかった。
「変な感じ…… って、どんな感じなんだ?」
「これは何だろう……? もしかしたら…… 転移系の呪文かも」
「それは…… どうやら見過ごすわけにはいかないな」
ユリウスは馬車を街道の脇に寄せると、北側の荒野に降り立った。
「まず、オレとメナスで様子を見て──」
その時ユリウスの肩に、そっとルシオラが手を添えた。 ユリウスが振り向くと、仲間たちが各々の装備を手に馬車から降りている。
「行くなら、みんなで行きましょう」
ユリウスが見回すと、全員が同じ決意で頷いていた。
「わかった、みんなで行こう。 何があるか分からないから油断するな。 先頭はメナスに頼む」
「オッケー」
チタニウム・ゴーレムの少女は、音もなく馬車の屋根から舞い降りた。
その大岩は、街道から50mほど離れたところに鎮座している。 高さおよそ4m、横幅6mはありそうな大きな岩だった。 転がっていると言うよりは、もっと大きな岩の頭の部分だけが地面から顔を出しているという印象だ。 時刻はそろそろ日没に近い。 だんだんと西の空が朱に染まり始めている。 メナスを先頭に一同が慎重に進んでいくと、後列にいたキアラが声を上げた。
「あれっ あの岩── 私が【バジリスク】を倒したトコだよ!」
「そうなのか⁈」
「私が街道を歩いていたら騎乗型ゴーレムのセンサーに生体反応があって…… そう言えばその直前にも、変な魔素の反応があったような……」
そんな偶然があるとは思えない。 先頭を行くメナスは、岩の手前20mの辺りで立ち止まった。
「あー このまま進まないで、横から回り込んだ方がいいかも」
「そうか、あの岩に着いてからいきなり裏を覗くのは危険だよな」
一行は、岩との距離を保ったまま円を描くように回り込んでいった。 すると側面に差し掛かった辺りで、岩の陰に輝くものがある。
それはどうやら── 緑色の光を放つ直径2mほどの【魔法陣】のようだった。
「あれは…… 【転移魔法陣】か?」
ユリウスが呟くと同時に夕陽に照らされオレンジ色に染まる景色の中、その【魔法陣】の上にいきなりそれが現れた。
「なぁに、あれっ‼︎」
それは一見、サイのように見えた。 しかしこの辺りに、もちろんサイは生息していない。
全長5m、体高2.5mは優に越えそうだ。 一見してサイに似たシルエットを持つその魔獣の外皮は、分厚く硬そうで黒に近い灰色をしていた。 しかしその姿を特に際立たせていたのは、額に生えた一本の巨大なツノだった。 2mはあろうかと言うそれは、鼻骨の上ではなく額から生えているのがサイとは決定的に違っている。 その威容に、思わずユリウスは息を呑んだ。
「これが…… 【彷徨える魔獣】現象の、もうひとつの謎の答えなのか?」
「あれは、おそらく【ライノテリウム】です!」
元ギルド職員のルシオラが、震える声で囁いた。
「ライノテリウム……?」
「はい…… 【トライホーン・バイソン】と同じ、南の大陸にしか生息していない筈の魔獣です」
「サイに似てるけど、鼻骨じゃなくて額から角が生えてる── 間違いなさそうだね」
データを検索していたのか、メナスがルシオラに同意を示した。 その魔獣は出現した魔法陣の上で立ち尽くしていたが、疲労しているのか混乱しているのか── 荒い息遣いで興奮しているようにも見えた。
「どうする? このまま放置は出来ないと思うが、いきなり攻撃をするのも……」
「【ライノテリウム】はサイ同様草食ですが、縄張り意識が強くとても気性が荒いと言われています! おそらく──」
ルシオラの言葉が終わる前に、魔獣はこちらに気がついた。 ゆっくりとユリウスたちの方へ頭を向けると威嚇するように低い唸り声をあげる。 メナスとフィオナが無言で前に出ると、キアラとラウラも杖を構えた。
──やはり闘いは、避けて通れないようだった。
と思ったんですが、戦闘が始まる前に「次回につづく」ですね 最近は以前書いた部分の説明が足りない所を補足しているシーンが多い印象です…… みなさん、退屈をしていなければいいのですが
それではまた。




