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絶望の賢者とタイタンの幼女  作者: 椿四十郎
『小麦畑と蒸気機関』
107/112

107 ~小麦畑と蒸気機関〜

一週間でなんとか1話書いてみました

今後も継続出来るかは分かりません


 翌日ユリウスたち一行は予定通り車上の人となっていた。 早朝、冒険者ギルドに手配して貰った馬車を引き取りに向かい、準備した荷物を積み込むと王都の西門へと向かう。 


 思えば、今回冒険志願者として王都に訪れてからは、西門を使うのは初めてだった。 本来は王都ミッテ・ツェントルムの玄関口となる最大の城門である。 もとより地勢に恵まれた王都は難攻不落の城塞都市だ。 この西門までわざわざ敵に回り込まれる攻城戦は想定していない。 しかしそれでも王国の威信を示す為、正面の城門は巨大かつ堅牢で警備も厳重なのだった。 ユリウスたち一行は、商人たちの馬車の列に紛れて検問を受けた。 もちろん問題なく通過する。 なんと言っても今回は冒険者ギルドの依頼証に王国の印璽まで押してあるのだ。 


 西へ向かう街道は、しばらく石畳が敷き詰められていて比較的治安も良い。 野営は一泊で済ませるつもりだが早朝に出立となればまだまだ時間的には余裕がある。 先を急ぐとは言え、のんびりと馬車に揺られるのも悪くはないとユリウスは考えていた。


 冒険者ギルドから借り受けたのは、二頭立ての小型で質素な馬車だった。 派手な装飾は無いが造りはしっかりしていて、かなり頑強そうだ。 二頭の馬は大柄で毛艶が良く、気性も穏やかでとても扱い易く健康そうだった。 それだけでも、ギルドオフィサーのマルモアが格別の計らいをしてくれた事が見て取れる。


 最初の御者当番はメナスが受け持った。 そしてその隣では、早速フィオナが御者の仕方をメナスに教わっている。 これは最初にキアラから、ハンデルとインドゥストリ両都市の事情を聞いておきたかったのと…… キアラとメナスを、なるべく同じ空間に同席させない為だった。 いずれは慣れて貰うつもりだが、しばらくは気を遣って様子を見た方がいいとユリウスは思っていた。 もっとも── 正直どうしたら良いのか全く見当もつかない、というのが本音だったが。


「それで…… ぶっちゃけた話、ハンデルとインドゥストリで調査すべき所はまだ残っていると思うかい?」

「そうね…… もちろん、まだまだ当たるべき点は無いとは言い切れないわ。 私は最初から…… あの『蜂』が、お祖父さまの作品だと決めつけていたから」

「第三者が悪用しているという可能性で、改めて当たってみる場所のリストアップを頼めるか?」

「わかった、やってみるわ」


 やはりこの話題になると、キアラの表情は曇りがちになる。


「ミュラー師の行方については、他にも手掛かりになりそうな点は思い出せないかしら……?」


 これはルシオラだった。 キアラは少し目線を右上に泳がせてから、慎重に言葉を紡ぐ。


「もちろん、ハンデルとインドゥストリでも思いつく限りは当たってみたわ…… でもお祖父さまのお屋敷の使用人たちも、工房のお弟子さんたちも、実家の母親の所にも、取引先や隠し工房の記録みたいな物は見つからなかったわ」

「研究記録や日誌のような物は?」


 ユリウスの問いに、キアラはただ首を振って見せた。


「何も見つからなかったのか? それは逆に不自然なんじゃないか」

「そうなの…… だからこそ、私はお祖父さまの隠し工房が何処かにあるんだと確信しているのだけど……」

「……うぅむ」


 ユリウスは腕を組んで考え込んだ。 彼なら確かにそういう事をしそうだった。 全ての研究成果を一箇所に保管するのは危険だが、分散させたり、複製(バックアップ)を増やすのもリスクがある。 ならば絶対に安全な『秘密の工房』を用意すればいい。 ツリーハウスや秘密基地…… 少年なら誰でも一度は憧れる特別な場所。 ミュラー師には、そういう子供のような発想をする側面があった。


 かく言うユリウスも、切り立った岩山の中腹に秘密基地のような隠れ家(セーフハウス)を持っているのだった。


「そうだな…… 彼の行方については、今回の旅での成果はあまり期待しない方がいいかも知れないな」


 ユリウスの言葉に応える者はない。 


 しばらくして、そっとキアラの横顔を見つめていたラウラがぽつりと呟いた。


「私も是非、お会いしてみたいです。 ヴェルトラウム大陸の三賢人、宮廷錬金術師のミュラー師に」


 キアラはラウラの方へ振り向くと、穏やかな笑みを見せた。


「そうだね。 私も、もう一度会いたいな」


 これ以上彼女に話を聞くのは、ユリウスには偲びなかった。


「ところでラウラ。 ブライさんの工房の方は、どんな塩梅なんだ?」


 黒い瞳に金色の虹彩を散らした美しいラウラの目が、活き活きと輝きを放った。 キアラとラウラの二人は、昨日も一昨日も彼の工房でアダマンタイトの加工法について熱い議論を交わしていたらしい。 キアラの表情にも少し変化の兆しが見えた。


「そうなんです! 私たち、この旅から帰ったら直ぐに彼の工房で研究に協力したいと考えているんですが、よろしいですか?」


 いきなり熱量が増したルベール族の少女に、ユリウスはたじたじになってしまう。


「それは構わないが…… ギルドに報告して、その後なんと言われるか分からないからなぁ」

「彼女たち二人が抜けても、たぶん問題はないかと思いますけどね」


 これはルシオラだった。


「おそらくギルドは、時間をかけて『蜂』の分布と移動を時系列を追って調べるしかないと結論づけると思います。 それは一般の冒険者や職員たちでも出来ることでしょうから」


 その時、御者席の小窓が開いてフィオナが声をかけてきた。


「ねぇ、そろそろ交代前にお昼にしない? それとも、このまま走りながら食べるの」


 ユリウスは窓から見える風景を眺めた。 日の高さから、もう正午は過ぎているようだ。 舗装された街道はとっくに無くなり、今は固い土の上を走っていた。 進行方向の右手には小麦畑が広がり、ぽつりぽつりと農家の屋根や風車が見える。 もうしばらく進むと荒野に出るそうなので、飼葉や水を補給するなら今の内かも知れない。


「そうだな、どこかで馬車を止めて昼食にしようか」


 馬車の中と外から小さな歓声が上がった。


 街道沿いの手頃な木陰に馬車を停めると、一行は敷物を広げて昼食の席を囲んだ。 二頭の馬にも木陰で休んでもらって飼葉と水をたっぷり与えてやる。 御者の訓練で愛着が湧いたのか、フィオナが率先して世話をしてやっていた。


 昼食はシャウアの店のサンドイッチだ。 今日出立すると聞いたシャウアが、わざわざ早起きして届けに来てくれたのだ。 一番忙しい時間帯に申し訳ないと、多めに代金を支払おうとしたが固辞されてしまった。 なんでもパン屋の主人とおかみさんが是非にと送り出してくれたのだそうだ。


 バケットに切れ目を入れてバターを塗り、ハムとチーズとレタスを挟んだもの。 炙った腸詰め肉にマスタードとケチャップをたっぷりかけたもの。 ビネガーと塩胡椒で味を整えたエッグフィリングを、これでもかと詰め込んだ玉子サンド。 ホイップクリームとスライスしたフルーツを挟んだデザートサンド。 どれもが驚くほどの美味しさだった。


 目の前には見渡す限り、収穫を待つ黄金(こがね)色の小麦畑が広がっている。 風が吹くたびに波のように煌めき、帆船の帆のような風車が回転する。 一見なんの変哲もない、麦畑と点在する農村の風景。 しかし、王都でもハンデルでもインドゥストリでもなく、この大穀倉地帯こそが王国の命綱── この風景こそが、ツェントルム王国そのものと言っても決して過言ではないのだ。


「見事な眺めだな……」

「ほんとだねぇ〜」


 ユリウスは心の底から感銘を受けていた。


「もう少し先に進むと荒野に出るんだけど…… 実は年々荒地が拡がって、この穀倉地帯に侵食してるって話なんだよね」

「そうなのか?」


 キアラが申し訳なさそうに説明してくれた。 どうやらインドゥストリの出す黒煙や産業廃棄物、それに伴って発生する(すす)や酸性雨、湿度の変化などが、中央の穀倉地帯の土壌にも影響を与えているのではないかと言う話だった。


 インドゥストリで蒸気機関が発明されたのは数年前の事だった。 しかし、この世界には魔素機関(マナ・エンジン)が存在するので、産業革命のような急激な環境の変化は起きていない。 まだ、あくまでも魔法を扱えない者たちや環境の為の代替品── という限定的な位置付けなのだった。


「私の実家の領地にも、こんな麦畑があればねぇ」


 ルシオラが独り言のように呟いた。 こんな時、無邪気に質問出来るのはフィオナの特権だった。


「ルシオラの領地には畑とかないの?」

「えぇ、海と砂漠が近いせいなのかしらね…… 昔から作物はあまり育ちが良くないのよ。 他にこれと言って特産品もないし、だからウチの領地は貧乏で……」

「ふぅん、そうなんだ〜」


 スキエンティア領は大陸の南西部に位置する小さな領地だ。 西の川を渡り小さな森を抜けると、すぐにルベール族の支配する砂漠地帯に突き当たる。 数十年前までは紛争の絶えない重要な拠点だったが、ルベール族を筆頭に西の砂漠の民と和平を結んでからは、ほぼ役目を終えた領地だと中央からは考えられていた。 他ならぬ、ルベール族の大族長クヴァール・アインドルクが侯爵位を授かってからは、西方の民を監視すると言う役目も必要なくなり、スキエンティア子爵家は、過去の功績のため残された名誉職のような存在だと揶揄する者さえいた。


「せめてなにか、産業でもあればねぇ」


 またルシオラが独り言のように呟く。 見事な織物の染色技術や刺繍などは、すでに西の民の特産品だった。 ラウラが身に纏っている見事な民族衣装が正にそれだ。 作物も育たず特筆するような鉱物資源もない。 海は近いが船を寄せられる地形ではなく、この辺りは波も荒いので漁には向かない。 このままでは、いずれ実家の領地は財政破綻するとルシオラは思っている。 逃げ出した自分が言うのも烏滸(おこ)がましいが、家族の事を考えるとどうしても暗い気持ちになってしまうのだった。


「そうだな、ハンドルとインドゥストリに行ったら何かいいアイディアが思いつくかも知れない。 オレも考えてみるよ」


 そんなルシオラの姿がいたたまれなくてユリウスは提案した。 ルシオラは寂しげに微笑んで見せた。


 昼食を終え主発する時間になると、今度はキアラが御者に名乗りをあげてくれた。 ラウラも隣の席に並んだが、これは御者の操術を習うためではなかった。 二人は昨日ブライの店で語り合った錬金の秘術について、熱い意見を交わし合うのだった。


 ユリウスは窓から見える小麦畑を眺めながら、これから訪れる商工業の聖地に想いを馳せた。


地味にタイトル回収回でしたね

個人的には「あっそう言うことか!」みたいなタイトル回収が好きなんですが、今作はみんなそのまんまな感じが多いです

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