106 ~帝国の冒険者〜
ご無沙汰しています
今回は帝国サイドの動向になります
レギールングは朦朧とする意識の中でぼんやりと考えた。 自分が太陽を見なくなってもう何日が過ぎただろう。 この暗い地下迷宮にパーティーの仲間と潜ってから、かれこれ五日…… 或いは一週間くらい経過しているかも知れない。
本来は昨日か一昨日には地上に戻れる筈だった。 しかし指示のあった到達点に目印を設置して引き返すと、帝国兵の中継野営地で「もうすぐ目的地なのが判明したから、そこまでは先行して欲しい」と追加の要請があったのだ。
野営地での充分な休憩と食事、最低限の治療と補給物資は当然受けられた。 何より追加の報酬も破格の物だった。 しかし本音を言えば、一日でも早く地上に出て陽の光の下で眠りに就きたかった。
とにかくこの地下迷宮は異質なのだ。 地下深くにあって、とにかく暑い。 当然暗いし、空気も薄いのか、この異様な雰囲気のせいなのか、とにかく息苦しい。 見たこともない構造をしていて、罠も出現する魔獣も未知のものが多かった。
彼らは帝国の冒険者パーティーだ。
リーダーで守護戦士のレギールング。 戦士のフェルス。 僧侶のクライノート。 盗賊のヤーデ。 そして紅一点の魔術士、ザフィーアで構成された5人パーティーだ。 彼らは王国の冒険者ではないのでランク分けはされていない。 しかし、帝国に充分な実力があると判断された熟練の冒険者たちだった。
この依頼は帝国直々に打診された極秘の任務という話だった。 とにかく報酬がよく厳しい守秘義務があるが、そんなに危険なクエストとも思えなかった。 とある地下迷宮の大雑把な地図を与えられ、通路の安全確認をしながら罠の解除や魔獣の討伐を行い、到達地点で目印を置いて帰ってくる── 基本はその繰り返しだった。 帝国兵たちの中継地点もその都度移動しているようで、とにかく巨大なダンジョンのようだ。
なにせ彼らは、この地下迷宮が何処にあるのかさえ知らされていなかった。 アウレウス帝国の帝都アルゲンテウス。 そのアルゲンテウス城に集められた冒険者たちは皆、目隠しをされある部屋に通された。 そこから転移の魔法陣でこの地下迷宮に移動するとの話なのだ。 そう、今回召集された冒険者は彼らだけではなかった。 彼らがこの任務に就いてから、これが三回目の探索だ。 しかし帰還後も最初の日から城内に軟禁状態で、外部との連絡も禁じられている。 パーティー以外の冒険者同士の接触さえも禁じられていたのだ。 破格の報酬と果たして釣り合っているのか…… そろそろ疑問に感じる者も出始めている頃だった。
かく言うレギールングたちも、この探索が終わったら契約の終了を申し出ようかと思い始めていた。 中継地点で会った帝国兵の話では、取り敢えず目標地点は、そこで一区切りつくらしい。 話を切り出すには悪くないタイミングだ。 そう思うと疲労の蓄積した両脚にも力が戻ってくるような気がしてくる。
そこで盗賊のヤーデが、無言のままレギールングの肩を叩いた。 この先に何かある時のサインだ。 メンバーは無言のままハンドサインを交わし情報を共有する。 疲弊していても見事なチーム連携だ。 直ちに隊列を組み換えると、守護戦士のレギールングと戦士のフェルスが先行する。 その少し後ろを戦闘も出来る僧侶のクライノートが戦鎚を構えて続く。 彼は小声で【加護の祈り】の呪文を唱えた。 まだ敵は不明だが、休息直後で魔力は回復している。 出し惜しみの必要はないだろう。 そのすぐ後ろにヤーデが短弓を構えて続いた。 殿の女魔術士は後方にも注意を払いつつ、いつでも呪文が唱えられるように意識を集中した。 メンバーに緊張が伝わっていく。
やがて通路の先から、カサカサと何かが這い寄る気配が近付いてきた。 永続する光のランタンに照らし出されたその姿は、光沢を持った巨大な甲虫【腐肉喰らい】の群れだった。 レギールングは、ほっと肩の力を抜いた。 それはごくありふれた低レベルの魔獣だ。 7〜8匹だろうか。 レギールングは盾を構えて一歩下がると、入れ違いにフェルスとクライノートが前に飛び出した。 戦士のフェルスが長剣で虫を薙ぎ払い、クライノートが戦鎚で甲皮を叩き潰した。 こちらのダメージはなく、ものの数分で敵を殲滅。 見事な連携だった。 もうどうせ派手に音をたててしまっているのだ。 隊列を戻す時に、メンバーは小声で意見を交わし合う。
「ここへきて、ずいぶん見慣れた魔獣が現れたな」
「まぁ、腐肉喰らいは大陸中何処にでもいやがるから」
「迷宮の掃除屋ですからね」
さっきまでの疲弊と緊張が嘘のように、朗らかな雰囲気が漂っている。 しかし一人だけ、盗賊のヤーデは難しい顔をして甲虫の死骸を観察していた。
「どうしたの? ヤーデ。 こんなの珍しくもないじゃない」
「いや…… こいつら、3匹くらいか? 色と大きさが違うなって……」
メンバーが見下ろすと確かに3〜4匹、暗緑色の甲皮を纏い一回り大きな種類が混ざっている。
「これは、どういう事なんだろうな」
「これって、そんなに重要?」
「分からんが…… うぅむ。 看過するのは危険な匂いがするんだよな……」
「お前が言うんなら警戒すべきだな」
メンバーは、この盗賊の嗅覚と勘に絶大な信頼を寄せている。 そしてそれは間違いでは無かった。
「よし、もう少しで目的地の筈だ。 このまま一気に踏破して、こんな辛気臭いクエストからオサラバしようぜ」
「そうだな…… 何にせよ、後の事は兵隊でも冒険者でも他の奴らに任せちまおう」
地図では、この細い通路はもうじき終わり広い空間に出る筈だった。 それを確認するのが追加で要請された目的地なのだ。 パーティーは隊列を整えると再び進軍を開始した。
彼らは熟練の冒険者たちだ。 とりわけ危機回避に関しては細心の注意を払っている。 だから彼らは、互いに察してはいるが決して口には出さない事があった。
【ドワーフの大洞窟】
帝国が、その入り口を血眼になって探していると言うのは周知の事実だ。 何年か前までは、それに関連すると思われる依頼がギルドに何件も貼り出されていたものだ。 そんな依頼が、ある日を境にぷっつりと途切れた。 その代わりに、ある一定以上のレベルにある冒険者グループに国から内々に打診が来るようになったのが、このクエストだ。 これで何かを察しなければ余程の間抜けだろう。
魔獣の戦利品以外、ここでの遺物を一切持ち帰ってはいけないというのもおかしな条件だ。 帰還時に身体検査をして回収すればいい事だし、現にそうされているのだから。 最初の探索から帰還した日、紅一点のザフィーアがいたく憤慨していたものだ。 女兵士数人掛かりで全裸に剥かれ、穴という穴を調べられたという。 それでも結局、高額の報酬に釣られてこうして続けているのだから、既に自己責任と言う事なのだろう。
「見ろ、あれを──」
「あぁ、わかってる」
ヤーデの警告をレギールングが遮った。 通路の先が、黒い長方形の闇にくり抜かれている。
「おそらくあれが、大広間とやらの入り口だ」
取り敢えず広い空間がある事だけ確認して目印を設置すれば、もうこんな所から逃げ出す事が出来る。 もしかしたら、しばらくの間軟禁されるかも知れないが命あっての物ダネだ。 衣食住の保証された休暇と思えば苦にもならないだろう。
最新の注意を払いながら先頭の守護戦士が足を進める。 10m、7m、5m…… 【永続する光】の届く範囲には石床しか無いような空間らしい。 依然その黒い長方形は、全ての光を吸い込んでいる。 その少し手前で一旦立ち止まり、後方の仲間たちに振り返った。
「よし、それじゃあ中を覗いて空間を確認したらすぐに撤収するぞ! 余計な色気は出すなよ」
「わかってるって。 目印の設置は忘れないでね」
「まぁ…… なんだかんだ言ってた割に楽勝だったな」
「おい、最後まで油断するなよ」
ヤーデの言葉に一同が頷いてみせる。 やはり彼は、一目置かれる存在なのだ。
大盾を持ったレギールングが入り口と思しき穴を潜り抜ける。 すぐに立ち止まり【永続する光】のランタンを掲げ持つ。
闇だ── 何処までも続く闇だ。 ただ石造りの床だけが何処までも続いていた。
「なぁ、【永続する光】の効果範囲って、半径30mだったよな……?」
レギールングが独り言のように呟く。 いつの間にかパーティーのメンバーたちも入り口を抜けて空間に出て来ていた。
「うわ…… すげぇな。 左右の壁さえ見えないなんて」
「天井は? 天井も全く見えないわ!」
「落ち着け! 床を見れば人工の空間なのは間違いない」
その時だった。 彼らのすぐ隣で気配が動いた。 彼らは正面── 遥か彼方に気を取られて、すぐ傍らに注意を払っていなかったのだ。 それはどうやら、入り口の左右に立っていた巨大な石像のようだった。 それが今、ミシミシと音を立てて足を踏み出しパーティーを両脇から見下ろしている。 ランタンの灯りに浮かび上がったそれは、ちょっとした建物のような大きさだった。
「ゴーレム…… ストーン・ゴーレムか⁈」
「高さ10m以上はあるぞ!」
その石像は、甲冑を着たずんぐりむっくりな体型の兵士のような姿をしていて、その体高は優に10mを越えそうだった。
「撤退! 手を出すな、撤退するぞ!」
レギールングの判断は早かった。 既にヤーデとザフィーアは細い通路に逃げ込んでいる。 守護戦士のレギールングは当然殿を務めなければならない。 戦士のフェルスが後退りしながら入り口に消えると同時に、両側の石像が腕を振り上げた。
「おぉ…… 神よ……」
巨大ゴーレムのあまりの威容に、僧侶のクライノートが手を合わせて見上げている。
「馬鹿野郎! 早く撤退しろっ!」
レギールングの叱咤に我に帰ると、クライノートは愛用の戦鎚を取り落としたまま通路へと転がり込んだ。
次の刹那、二つの巨大な拳が石床を叩いた。
ズズウゥ……ンッ!!
凄まじい衝撃に地面が激しく揺れる。
外したのか最初から当てる気はないのか、盾を構えるレギールングの目前にその拳はあった。 彼はそのまま尻餅をつき、盾を置いて通路に這い込んだ。
彼らは通路をひた走った。 罠や魔獣など一切気にしていなかった。 遥か遠方からならいざ知らず、ゼロ距離で二体の10m級ゴーレムに挟まれ戦うなど自殺行為以外の何者でもない。 それは石の砦と徒手空拳で戦うような物だった。
──100m以上は走っただろうか。
ヤーデが待機している場所に続々と仲間が追いついて来た。 酸素が薄い中装備を担いで全力疾走して来たのだ。 皆、息も絶え絶えだ。 会話が出来るくらい回復するまでに暫しの刻を要した。
「まいったな…… あんなの聞いてねぇよ」
「それを言ったら、何も聞いてねぇけどな」
フェルスとヤーデは、もう息が整っていた。僧侶と魔術士、重装備のレギールングは、まだ少し息が荒い。
「あんなの一体どうするんだろうな……?」
「知らねぇよ。 後は兵隊さんたちで何とかすんだろ」
「じゃあ、もう帰っていいわよね……」
ザフィーアは振り乱した長い黒髪が汗で顔に張り付いて、亡者のような風体になっている。 それを見たフェルスが必死に笑いを堪えているのが、むしろレギールングには可笑しかった。
「じゃあ撤収するか。 俺は盾を無くしちまったが、まぁ仕方ない」
「私も戦鎚を落としてしまいましたよ」
「そんなもん、また買えばいい。 命あっての物ダネよ」
皆が隊列を入れ換え、中継地点に向かって歩き出した直後、ヤーデが呟いた。
「誰か、目印を置いて来たか?」
暫しの沈黙──
「「「「あ」」」」
結局彼らは、そのまま帝国兵の拠点まで引き返し、ありのままを報告したという。 その後の彼らの消息は、この物語の知る所ではない。
暗闇の中では巨大な二体の石像が、ゆっくりと元の位置に戻っていった。 永き刻を経た来客の訪れに、二体の石像の表情は心なしか喜んでいるように見えなくもなかった。
これでストックは、エピローグの一話のみとなってしまいました…… 一応、一章40話前後と決めているのですが、あと14話で三章が収まるのかちょっと不安になってきましたね それではまた。




