105 ~サウダーデ〜
ご無沙汰しております
油断していると一週間なんてあっという間ですね
副題はサウダージとどちらにするか迷ったんですが、最終的には響の好みで決めました
その翌日も── 遠征の準備と打ち合わせの予定だったのだが、キアラとラウラの二人は早朝からブライの工房に出かけて行った。 一度探究心に火が点いたら止めようにも止まるものではない。 自分も身に覚えがあるユリウスは、二人のさせたいようにする事にしたのだ。
残った四人で予定通り準備を進め、打ち合わせとも言えないような打ち合わせをする。 時刻は夕方になり、一行はユリウスの部屋に戻ってきたが、二人が戻るのは夕食後かも知れない。 商業都市ハンデルと工業都市インドゥストリの両都市に一番詳しいキアラが不在では計画も捗らない。 ユリウスは一度両都市を訪問した事があるが、10年以上も前になる。 この10年で目覚ましく発展を遂げているらしい大都市の現状は全く想像できなかった。 ルシオラは実家のスキエンティア領から王都に来る際、中間に位置するハンデルで宿を取った事はある。 しかし、それも10年近く昔の話だ。 フィオナにいたっては、生まれた村から出たのもつい先日の事なのだった。
「ハンデルとインドゥストリって、どんなトコなの〜?」
「そうねぇ…… 私が寄ったのは旅の宿を取るためで、10年近く前だったからねぇ……」
「王都ミッテ・ツェントルムは政治と軍事の中心、ハンデルは商業と流通の中心、インドゥストリは大陸最大の工業地帯ってイメージで間違いはないと思う」
「う〜ん、ピンとこないなぁ」
小さな山村で生まれ育ったフィオナには、王都はまごう事なき大都会だった。 その規模の都市が二つ連なり、それぞれが商業と工業の最先端都市と言われても漠然としたイメージしか湧いてこないのも無理はないだろう。
「そういえば、ルシオラの故郷ってハンデルから近いの?」
赤毛の侍娘の無邪気な疑問に、ルシオラが一瞬身を固くしたのをユリウスは見逃さなかった。
「近くは…… ないかな。 王都から真っ直ぐ西へ向かって、その中間くらいに両都市がある感じ?」
「なぁ〜んだ。 どうせやるコトないなら、ついでに里帰りしたらって思ったのに」
「そ、そうね。 残念だけどね」
そう返すルシオラの、笑顔はやはり少し固い。
「ルシオラ…… もし本当に里帰りしたいなら、私が何とか出来るかも知れないよ」
ユリウスは真剣にルシオラの瞳を覗き込んだ。 海の様な碧い瞳が、光を受けた水面のようにかすかに揺れている。
「いえ、私の勝手で皆さんの時間と労力を使って頂く訳には……」
「なに水臭いコトいってんの〜 もう私たちみんな家族なんだから〜」
その通りだとユリウスも思う。 考えない様にしていたつもりはない。 しかし、今まで思い至らなかった己を恥じ入った。
ルシオラは王国の貴族の令嬢だ。 そんな彼女を妻に迎えようと言うのに挨拶も無しでは、例え三賢人でも許される道理がない。
「そうですね…… もし時間に余裕があるようでしたら…… あるいは……」
歯切れの悪いルシオラの返事だったが、彼女の気持ちが少しだけ前向きになったのをユリウスは感じていた。 そして改めてフィオナが持つ、人を陽の光の下に導いてくれる力に感謝するのだった。
ふと目を上げると、当の本人はシャウアの店で昼頃に買ったラスクをボリボリと齧っている。 思わずユリウスが吹き出すと、それに釣られてルシオラとメナスも笑い出した。
「え、なに? みんなしてなんなのよ〜」
【砂岩の蹄鉄亭】の一室に、朗らかな笑い声が響き渡った。
結局、キアラとラウラの二人が戻ったのは日を跨ぐ直前という頃合いだった。 いい加減に迎えに行こうかとヤキモキしていたユリウスだったが、突然目の前に【転移門】が開き二人が出てきたのだ。
「それじゃあまたね!」
「お、おう……」
キアラが振り向いて手を振ると、閉じかけの黒い窓の向こうに、ドワーフの目を白黒させている顔が目に浮かぶようだった。
「そうか、彼に【転移門】を使えることを話したのか」
「まずかったかな? あの方なら口が固いと思ったんだけど……」
悪びれもせずラウラが答える。
「一応【転移門】は、大陸にも使い手が五人と居ないと言われている魔法だからな。 知ってる人は少ない程いい」
「でも、彼にはいずれ教えるつもりだったんでしょう?」
最近大所帯になって相対的に口数の減ったメナスが珍しく切り込んでくる。 ユリウスはゆっくりと彼女の表情を伺った。
「気付いてたのか?」
「あったり前!」
何も考えていないようで見るべき所はちゃんと見ている。 そんな彼女だからこそ油断ならないのを、ユリウスはつい忘れがちだ。
「なにそれどういうコト〜?」
まだ部屋に残ってくれていたフィオナとルシオラも興味を引いたようだ。 ユリウスはキアラとラウラがベットに腰を落ち着けるのを待って皆に向かい合った。
「実は今度のクエストから帰ったら…… 近い内に皆んなで【ドワーフの大洞窟】に行こうと思ってるんだけど……」
「【ドワーフの大洞窟】! そうか、シンたちが見つけたんだっけ」
「それは是非ご一緒させて下さい!」
キアラとラウラも未知なる古代遺跡に瞳を輝かせている。
「その時は是非…… ブライも同行して欲しいと思っているんだ」
「ブライさんに? どういうことなんですか」
ルシオラとフィオナは意外そうな反応を見せた。
「そこは予想通り…… と言うか、予想を超えて異質な空間だったんだ。 是非ともドワーフの彼の意見が聞きたい。 知識や分析も彼以上の適任者はいないだろう」
一同は無言のまま大きく頷いた。
「そしてそれ以上に──」
そこでユリウスは、何故だか感極まってしまう自分に戸惑っていた。 あの孤独な老鍛治師の半生などユリウスには想像する事すら出来ない。 彼は何のために独り故郷を離れ人間の街で鍛治師を続けていたのか? 誰でも名前を聞いたことがあるのに誰もその場所を知らない伝説の古代遺跡群【ドワーフの大洞窟】── 自分の種族の名前を冠したその遺跡に彼がどんな想いを持っているのか…… それを思う時、ユリウスは堪らない気持ちになるのだった。
「オレは彼に見せてやりたいんだ。 【ドワーフの大洞窟】と呼ばれる伝説の古代遺跡を。 王国ただ一人のドワーフの鍛治師に」
声を震わせたユリウスの意外な感情の昂りに、一同は静かに驚いているようだった。
「そうだね、見せてあげたいな」
「私も、そう思います」
キアラとラウラが口を開くと、ルシオラとフィオナも大きく頷いた。
「そのためには、彼にもオレの…… 私の正体を教える必要があると思っているんだ」
「なるほどねー それであんな感じだったんだー」
メナスの目にその時の自分がどう映っていたのかユリウスにら分からない。
「それにしても【ドワーフの大洞窟】って、どんな感じだったんですか? やっぱり未知の建築技術だと一目で分かりました? 岩盤を掘り抜いた物ですか? まさか鉱山のような土の洞窟を木枠で補強しただけなんてコトないですわよね」
好奇心を抑えきれないラウラが畳み掛ける。
「明日は朝が早いんだ。 もう夜も遅いし、その話は旅の途中でいいかな?」
馬車は冒険者ギルドが用意してくれる物をギルド本部で引き取る事になっている。 なるべくなら野営は少なく済ませたい。 早朝に出発すれば一泊で大丈夫という話だった。
「そうですわね……」
「それに流石に私たちも疲れたよ」
キアラが肩にかけたタオルで汗を拭いながらラウラに肩を回す。
「それじゃあ今日はもう休んで、明日早朝に集合と言うことでいいな」
「了解です」
「異議なーし」
ハンデルとインドゥストリについての話も、往路の車中でキアラに尋ねる事になるだろう。 正直場当たり的な計画に一抹の不安がないでもない。 しかし本当の目的は、ミュラー師の消息と、あのゴーレムの少年から身を隠す事だ。 いまひとつ自分の中でも緊張感が欠如している事を、ユリウスは自覚していた。
それぞれの理由で疲れ果てていた各人は、自分たちの部屋に戻るとそのまま泥のように眠りに落ちていく。
日の出までには、もう数時間しかないのだった。
今週は一話も書けませんでした
もう少し時間と心に余裕があれば……
全ては言い訳ですね
気長にお付き合い下されば幸いです




