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第五十話:再び会うその日に

 いつの間に眠っていたのだろうか。暗闇から目を覚ますエンサであったが、ここがモヒトツ王国の王城の地下牢獄ではないことに、すぐに気付いた。横になれるということはなかったから。であるならば、ここはどこなのだろうか。妙に足が重い。優しいにおいと知っているにおいがする。


――このにおいは? それに、ここは?


 ゆっくりと上体を起こしてみると――自分の膝にポチが座っているではないか。これは何の幻なのだろうか。思わず、自身の目を大きく開いていると――。


「まるで吾輩が死体であるかのようにして見ているな」


 エンサの視線に気付いたポチが苦笑いをしてきたではないか。しゃべってはいるから、幻である確率は低い。であるならば、これは本物なのか。恐々と目の前にいるポチに触れた。優しく頭を撫でる。彼はエンサにどこか甘えるようにして、顔を近付けてきた。


「撫でられるのは嫌いではないが、エンサの手はごつごつしている。やはり、コトの手が一番撫でられ心地が良いな」


「ポチ?」


「ああ、吾輩はポチだ。コトという人間に名付けられたということぐらい、お前もよく知っているだろう?」


「ポチがしゃべってる」


 一気に涙があふれ出てくるではないか。こぼれ落ちるその涙。視界がぼやけて見える。はっきりとポチの姿を見たいというのに。


「ポチに触れる」


「ポチだけじゃないよ」


 知っている声が聞こえてきた途端、真横から何かが飛び乗ってきたではないか。何事だ、と慌てて目にたまった涙を拭うと、そこには――。


「エンサ!」


 またしても、次から次へと涙があふれ出てくるではないか。こんな姿、恥ずかしいから見せられないのに。それでも、嬉しい。


「ティキン、プォーク、メガミ……」


「ガウっ」


「サーカスくんも……」


 ようやく、これが幻でも夢でもないことを知る。にこにこ笑顔で長い髪を短くした人間の少女と半透明の女性が立っていたからだ。


「もう、心配したんだからね」


「気が付いて何よりです」


「コト、夫人……」


 自分の知っている者たちがこの場にいる。ということは、あの場所からの解放。だとするならば、ケンコやセイレイはどこに? 鼻を啜りながら、エンサが部屋の周囲を改めて見渡していると――部屋の一角に、この場にはいないと思っていた者がいたものだから、他の誰かとの再会よりも驚く。そこにはダルマさんがいた。


「なんでダルマさんが……?」


「ダルマさんにお願いしたんだ。エンサを助けるの手伝って、って。それで、髪の毛が短くなっちゃったけど」


「え?」


「でも、私だけじゃないよ。ファイン王女もダルマさんに髪の毛あげたの」


 ファインまでもと話を聞いて、彼女に申し訳なく思うエンサは「そうか」と眉をひそめた。


「私のためにそこまでしてくれたことにとても感謝する。もちろん、みんなの厚意もとても嬉しい。ありがとう」


「承諾しねぇと、コトの髪が全部なくなるところだったからな」


 ダルマさんより一部始終を聞いたエンサは大きく頷いた。確かに彼女らしい行動ではあるようだ。それならば、と彼は「ならば、私の髪の毛もあげればよかったか?」と少しだけ茶目っ気を見せていた。


「コトやファイン王女だけでは足りないならば、私のもあげればよかったか? ただ、彼女たちよりかは短いだろうが」


「誰が野郎の髪なんて」


 笑い合う二人。つられて、この場にいた者たちも笑った。とても穏やかな時間であるな、と思える。それに、今ならば言えるかなとも考えたエンサは甘えてくるティキンたちを撫でながら「ダルマさん」と自身の本音を口にした。


「確かに私は森から出ていきたい、とは思っていた。正直な話、ダルマさんの種やガッツさんを見る度にその思いは強くなっていく一方だった」


 そう言うエンサの言葉にメガミがどこか悲しげな表情をしていたから、あごの部分をあやしてあげる。


「でも、ティキンたちと出会えて本当に良かったと思っている。コトとポチに出会えていなければ、私はあの箱の中で冤罪を嘆きながら餓死していたことだろう。そう考えると、彼らといる時間も大切にしたいと思うようになっていたんだ。まあ、元はと言えば、コトがいつでも自分たちのところにおいでなんて言わなければよかったということもあるのだが」


 そのせいで、森から出ていくことに躊躇していた部分はある、とエンサは言う。


「あの森は私たち人間を拒む。それぐらいは知っている。だとしてもだ。だとしても、あの森で生活するということは悪くないものだとは思っていたんだ。早いところ、出ていくべきだったんだろうが……私はあの森の居心地が好きだった。みんなと過ごす時間、苦悩しながらも生きるために行動すること、ダルマさんの種やガッツさん……嫌なことあるけれども、それらひっくるめて好きなんだ」


 そう言うエンサはダルマさんに改めて、と頭を深く下げる。


「私たち人間のために、あの森で生かしてくれてありがとう」


「…………」


 なんだか、みんながこちらを見てくる。何かしら嫌味の一つや二つでも言おうと思っていたダルマさんではあったが、結局何も言えなかった。それどこか、ここまで人間に感謝してくれることはほとんどなかったから、とても嬉しいのか。照れ隠しなのか。真っ赤な顔をそっぽ向けるのだった。


「まあ、いいけどよ」


「嬉しいな」


 頬を綻ばせるエンサはとても久々に笑ったな、と実感した。これまでにおいて、痛みばかりを受けていたものだから。それらの傷は今のところ見当たらない。あれらが幻とは思わず、何となくサーカスくんの方を見れば、彼は何か言っていた。それをコトが翻訳してくれる。


「エンサの傷、ひどかったけど、何とか治ったよだって」


「やはりサーカスくんだったか。ありがとう」


「俺も早く治るように、傷を舐めてやったぞ」


「俺も」


「俺も。美味しかった」


 ティキンたちの言葉にエンサは顔を青ざめる。とうとう舐められてしまったか、と少しだけ悪寒がするが、彼らに限って食べることはないだろうと思いたい。確信はないが、思いたかった。


 そうして、森の仲間たちと談笑をしていると、この部屋に一人の客人が現れるのであった。部屋に現れたのはコトと同じようにして髪の毛が短い女性である。この女性、身なりはきちんとしていることから、どちらかというならば、貴族だとわかる風貌だった。そして、何より、エンサはその女性の顔に見覚えがあった。


「あなたは……」


「……お初にお目にかかります、エンサ王子様。わたくしは西方の国の第二王女ファインと申します」


「あのときの女性はファイン王女だったのか」


 頭を下げていたファインは聞き捨てならない言葉にエンサの方を見た。彼はとても優しそうな表情をしているようだ。それは去年に見たあの優しい顔と同じ。


「そっか、酔っ払いに絡まれていた女性がファイン王女とは思わなんだ」


 顔を知らないと知ったときはとても傷ついていた。正直言うと、ここに来て対面したいとは思わなかった。それでも、せめてもの思いで会いたいという気持ちもあったから、来てみたら――エンサはあの日の自分のことを覚えてくれていた。それだからこそ、ファインは泣きそうになる。


 その場に硬直するファインにエンサはベッドから降りて「お久しぶりです、王女」と頭を下げた。


「文の字と違わぬ、とても美しい」


 こちらを見るエンサの表情はどこか残念そうである。それもそうだ。彼はモヒトツ王国の先代国王を殺した罪により、追放の身となった。それは、もう一緒にはいられないということ。夢にまで見た結婚ができないということ。最初は身分を捨ててまで、エンサと一緒にいたいとは思っていた。けれども、今の彼の顔を見ればわかる。


「……わ、わたくし、ずっとエンサ王子様に会うことを楽しみに待っていました。けれども、あなたが追放となったと聞いたときは、絶対にそれはありえないと信じていました。エンサ王子様以外の者が犯人だと思っていました」


 ファインにとっての思いはエンサも同様だった。


「私もあなたにずっと逢いたいと思っていた。いつしか、幸せな家族にと……」


 きっと、ファインが身分を捨てると口にすると、エンサは全力で止めるだろう。それならば、嫌われないようにするためには、また逢えることに信じるとするならば――もう婚約に関してのことは何も言わない方がいいのかもしれない。


「……でも、暗殺した真犯人の証拠は十分にあります。現在のモヒトツ王国はわが国、西方の国が治めることになりましたから」


 ファインは大きな息を吐くと「お会いいたしますか?」とエンサに訊いてきた。


「先代国王様を殺害した張本人に」


「ああ、理由をまだ聞いていないからな」


 だが、自分の父親を殺した理由は何となくわかる気がする。それはロゼンヌに教えてもらったことでわかったから。それでも、そいつから直接訊きたくは思うエンサであった。

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