第四十七話:王の威厳
西方の国の国境付近にあるモヒトツ王国の砦では伝説の魔物である赤鬼が出た。なんて噂が飛び交う。そんな中、白い獣の背中に乗った一人の少女が兵士たちの間を横切ったではないか。これにより、モヒトツ王国兵は更なる混乱を招いた。どちらに気を取られるべきなのか。上は赤鬼の目玉が。背後には通り過ぎていく謎の少女が。どちらも一大事ではあるが、モヒトツ王国にとって、この砦を落とされると本格的に危険な状態となってしまうのだ。要は、西方の国の兵士たちがこちらへと一気に雪崩れ込むということ。
それだからなのか、こちらに対して大して危害を与えようとしないその少女のことを気にするな、と誰かが叫んだ。今の自分たちは赤鬼の対処に務めなければならない。西方の国もであるが、こちらが一番の問題だ。何より、彼らが攻めてこようとも、この赤鬼が邪魔をして侵攻に時間をかけそうであるのだが。
モヒトツ王国兵たちの視線が赤鬼へと向けられたとき、砦の縦断に成功した少女――コトは小さく「やった」と喜びを見せた。多少の敵意は向けられたにせよ、あれだけ目立つ赤鬼――ダルマさんの存在はとても大きいものだった。彼女はダルマさんの方を見た。彼とは一瞬だけ視線が合うのだが――。
「行ってこい」
ダルマさんに背中を押してもらう。これは絶対に無駄にはできない優しさである、とコトは実感する。その一方で、彼女に掴まっていたファインは「圧巻ものね」と改めて驚いていた。まさか、あそこまで大きくなるとは思ってもいなかったとか。
「あれが赤鬼」
「逆に、いかにして人間が女王を殺したのか気になるところではあるな」
コトの下にいるポチがそう言う。この言葉には同意せざるを得ないだろう。あんなに大きな種族をどうやって衰退させるにまでいたったのか。かなり不思議な話ではある。そうしてファインがじっとダルマさんの方を見ていると、ポチが「王女」と話しかけてきた。
「それはそうと、このまま西方の国へと突っ走ってもいいのか? ただ闇雲に走っていても仕方がないだろう?」
「そうね……ここから南西の方に向かえば、わたくしの国が管理する砦が見えるわ。もう少ししたら、大きくなるから、それまで走ってちょうだい」
「わかった」
ポチはファインの言う通りに走り、西方の国との国境を越えたところでファインが元の大きさへと戻るのであった。遠くには西方の国の砦が見えていた。ということは、彼女曰くあと少しだそうだ。
「ここからはわたくしも歩くけど、離れないで。もしも、西方の国の兵士たちに殺されても文句は言えないと思うから」
「それはちょっと困るかな」
まだ殺されたくない。その思いでコトはファインに近寄るのだが、モヒトツ王国の方を見れば――木々との間に見えるのはダルマさんの姿。ここから見てもわかるのだ。きっと、ダルマさんたちは一所懸命になりながらも、兵士たちの気を逸らしてくれているのであろう。
そのようにして、コトがダルマさんたちの心配をしていると、ファインが声をかけてきた。
「話変わるけど、エンサ王子様を助けるための何かしらの証拠となるものってあるの?」
「うん、あるよ」
それらを見せて欲しいと言うファインにコトはカバンの中に入れていた数枚の書類と偽物の短剣を見せた。彼女はその短剣に食いつく。
「さっきも見せてもらったけど、これってモヒトツ王国に同じようなものがあったわよ。こんなに安そうではないけど」
「そうだよ。それ、エンサの短剣の偽物なんだよ。多分、エンサのお父さんを殺すときに、エンサ自身のものと交換されたんじゃないかって」
「それなら、王子様の短剣はあの子ども王様が持っていたわよ。って、普通、人のものを盗るかしらねぇ?」
本物と偽物を交換した意図がわからないと肩を竦めるファインは歩きながら、数枚の書類を読み始めた。一応、ここは木々であふれている場所なのに。道なき道を歩いているというのに。彼女は何とも器用に木々を避けながら歩き読み。何やら重要そうな文書には流して読んでいたが、ある一枚の手紙のような便箋を見て――。
「何となく、予想はついていたけど……」
ファインは苦虫を潰したような顔をするのであった。
◆
ケンコ王子様、ご存じでしょうか。昔、とある国の王子は自分の父親である王を誰にも知られぬように殺害をし、王の位に就いたという話を。それは何もおかしな話ではないのです。子どもが親の存在を超えるための試練とでも言うべきでしょうか。エンサ王子様には戦況を分析する能力はあっても、その対処法を思考に巡らせることはできません。国王様は民に思いやりを持っていたとしても、善政をしているとは限りません。国費はどうにか賄えていますが、苦しい財政であることには変わりないでしょう。
ですが、ケンコ王子様であるならば、今のモヒトツ王国を更により良くすることができる力をお持ちです。まだまだお若いからこそ、無限の可能性を秘めていますし、成長の伸びしろが期待できます。あのお二人方は、その場止まりであるのです。これ以上の成長は望めない。それが彼らなのです。
ですから、自信を持ってください。あなたこそ、ケンコ王子様こそモヒトツ王国の王として相応しい人物であることを。
◆
これでも一国の王。そんな人物の目の前にコトとポチはいた。だが、彼らは緊張する様子もなく、毅然とした態度でいる。まさに彼ららしいとは思う、とファインは感じていた。現在、彼らは西方の国の王の前にいるのである。ファインの計らいのおかげで、スムーズに砦の中へと入れてもらい、王を呼び出すことにもできたのだ。
ロゼンヌが入手した証拠品をすべて西方の国の王へと託す。特にすべての元凶であるセイレイがケンコに宛てた手紙を読み終えた彼にファインはエンサの望みを口にした。
「エンサ王子様はモヒトツ王国の終焉を望んでおります」
「どうやら、内輪もめで終わる問題にしなかったことが滅亡の原因だと彼らは気付くまい」
王は大きく鼻でため息をつくと、視線をコトたちに向ける。そうして、ファインを無事に西方の国まで送り届けてくれたことに感謝を述べるのであった。
「娘の護衛に感謝する。あなたたちがいなければ、モヒトツ王国の内部事情を知ることがなく、エンサ王子を殺していただろう」
「いえ、私たちはそんな……」
嬉しい半面、遠慮しがちになっているコト。照れた表情をポチに見せていた。そんな顔を見せられてはこちらもにやにやしてしまうではないか。思わずポチもにやつく。そうしていると、一人の衛兵がやって来て、ファインに何やら耳打ちをする。どうしたのだろうか、と少しばかり気にしていれば――。
「お父様、わたくしを助けてくれたのは何も彼女たちだけではなくてよ。紹介するわ」
そう言うファインはある者をその場へと招き入れた。そこにはダルマさんを始めとするティキンたちとサーカスくんもいるではないか。彼らの登場にコトの目には涙が。
「えっ?」
彼らはボロボロであるながらも、無事西方の国へと来ることができたらしい。サーカスくんたちがコトに甘えてくる。彼らに問題はないと考えていても、不安要素はあったのだ。
「よかったよ」
思わず抱きしめる。仲間の温もりがコトの心を温めてくれていた。
だがしかし、これ以上の魔物の登場に西方の国の王はひっくり返りそうになっていたのだった。自分の娘を助けた者がコトとポチ以外にいたとしてもおかしくはないが、まさか彼女以外全員が魔物だとは思わなかったのだ。王は警戒を強めるが、彼女たちのやり取りを見ていると、この魔物たちに危険性はないのではないだろうかと思うようになった。
「他にも幽霊に助けてもらったりしていたけどね」
「本当に私の娘か? あんなに長かった髪までも短くなっている」
疑うのも無理はないだろうな、とファインは苦笑いをする。王に対して「安心して」と白い魔法石を見せびらかした。
「わたくしは王であるあなたの娘のファインですわ」
「そうだな、そうだった」
ここまで珍しい事例に遭遇したことがないから。西方の国の王は眉間を指で揉むと「これでモヒトツ王国を滅ぼす準備も万全だ」と安心しているようだった。どうやら、すぐに行動を移すらしい。そんな王にコトは待ったをかけた。これに誰もが注目する。
「あの、モヒトツ王国を攻めるのって……他に別のやり方ってないんですか? 戦争に関係のない国の人たちとか……」
思い出すはモヒトツ王国の王都へと向かう道中のこと。疲れ切った家族。荷車にたくさんの荷物を乗せて運ぶ姿。王都の入口での検問。自分に優しくしてくれた憲兵。どうもコトは兵士たちが武器を手にして戦うものと考えているようだが――西方の国の王はそのようなことを考えてはいなかった。
「安心しなさい。私たちは兵糧攻めをするだけつもりだ。今の国王は意地が悪いらしい。我慢比べの始まりだろうな」
一番良い方法は地方都市などにある田畑や貯蔵庫、軍需品の破壊とのこと。すでに西方の国はモヒトツ王国の領土を手にしている個所もあるところから始めるらしい。
「それって、大丈夫なんですか?」
「何も問題ない。戦争とは軍人同士が戦うもの。彼らもそれ相応の覚悟で我々に立ち向かってくるのだ。我々、軍人は民間人には一切手出しはしない。むしろ、守る立場である」
そう言う王に付け足すようにして、ポチがコトの手を鼻で突いてきた。
「吾輩たちと一緒だ。生きてさえいれば、何度でもやり直せる。森で生活していたときと同じだな」
「少女よ、何も心配することはない。西方の国がモヒトツ王国を完全に制圧すれば、民への自由を提供できるのだ。もちろん、彼らに対する保障も忘れてはならない」
納得したのか、していないのか。その辺は定かではないが、コトは頷いておくことにするのであった。




