第四十六話:過去に存在していた力
いくら待てども砦周辺突破は厳しいものだと判断したのか、ダルマさんは「本当にどうしようもないな」と眉間にしわを寄せた。もはや、モヒトツ王国と西方の国との戦争は時間の問題でもある。そう考えているからこそ、ダルマさんはティキンたちとサーカスくんに呼びかけた。
「俺たちが囮になろう」
「えっ!? ダルマさん、もう少し待とうよ」
コトはとても不安そうな顔をしていた。自分たちの目の前にあるこの砦はとても大きいものだ。それもそのはず。国境沿いにあるものだから。とても厳重な警備には違いない。ティキンたちやサーカスくんたちが対処をしていた野営地とは規模が違うのだ。危険極まりない。
その砦の方に視線を向けるダルマさんたちはコトの話を聞かずに、行こうとしていた。
「ねえ、待って。本当に待って。本当に危ないって」
彼らを止めようとするのだが、そこをポチが服の裾を噛んできて止めた。無論、コトに掴まっているファインも同様である。それ以外に打開策は存在しない。なんて言わんばかりのどこか悲しげな視線を向けているではないか。
砦へと足を進めていく彼ら。止めたくても、止まらない。コトに焦りが見えるのだが、ダルマさんが「コトは信用していないのか?」と背を向けて言う。
「俺たちのこと、信用していないから行くなって言っているのか?」
「でも、砦の規模を考えると……」
「コト、ダルマさんを誰だと思ってる? ただの顔を赤くした年寄りだけじゃないんだぞ」
安心して、自分たちに任せろと意気込むティキンであったが、その発言にダルマさんは反応を見せた。若干、キレ気味に「本当にそうだよな?」と今にも殴ってきそうな雰囲気。これに委縮する彼の傍ら、プォークは呆れ顔を。メガミとサーカスくんは笑っていた。そんな中でポチが「心配はないさ」と鼻で突いてきた。
「あいつは他の誰よりも年寄りだけど、その分誰よりも強い赤鬼だ。前にも言っただろ?」
「そ、そうだけど……」
「なんだよ、コトは俺に髪の毛をくれたんだろ? 俺を信用しているから、髪の毛をくれたんだろ? 違うか?」
ダルマさん――赤鬼という種族の魔物は、赤鬼の中の女王と呼ばれる者の髪の毛一本で世界を支配する力を持っていた。だが、あるとき人間が戦争で女王と女王になりえる子どもを殺してしまったのだ。そこから、赤鬼は衰退の一途をたどる。そうして、細々とダルマさんだけがあの森で暮らしていた。
過去の過程から察するに、人間というものを快く思わないこの赤鬼。しかし、コトという不思議な雰囲気を持つ少女は人間のくせにして、ここまで魔物たちと仲良くなっている。これは天性の才能であるかもしれないが――。
――悪くはない話、よね。
何を思ったのか、ファインは小さくなる魔法を解いて、元の大きさに戻った。これには誰もが多少のびっくりをする。そして、彼女の行動は更に驚くべきものだった。
コトから短剣を借りて――ファインは自身の長い髪を切ってしまったのである。
「ふぁ、ファイン王女!?」
「赤鬼の女王とは程遠いものだけど、私の髪であなたの力の足しになりえるなら」
この魔物たちは人を傷つけないことを前提に、自分たちに協力をしてくれている。そして、何より人のようにして誰かを信頼しているのだ。であるならば、こうして助けてもらっているこちらとしては、それなりの信用を見せてあげるべきだ。ファインはそう考えていた。
彼女の行動にダルマさんは驚きを隠せずして「いいのかよ」とたじろいでいた。
「コトならわからなくもないが、王女と呼ばれるようなお前さんまでも……」
「あなた方はエンサ王子様を助けるために、こうしてあの深くて出られないような森から来てくれた。同じ目的がある者同士、協力するべきであることは当然。だったら、わたくしにもできることを考えたの。それが、あなたに自身の髪の毛を差し出すこと」
「嬉しいけど……そんな」
「赤鬼は髪に宿る魔力で力をつける。赤鬼の女王ほどの魔力はないけれども、ちょっとした力の足しにはなるんじゃないのかしら?」
そう言うファインはどこか優しそうな面持ちでいた。ちらり、とコトの方を見る。
「それに、この子の髪の毛だけよりまだマシでしょ?」
「お前さん、見かけによらずいいやつなんだな」
「それ、どういう意味よ」
何かしら、バカにされた気がした。だが、あまりこのことについて言及することはない。ファインはすぐさま魔法で小さくなり、コトに掴まった。
「あまり無茶はなしよ。せっかく、わたくしの国に招待してあげているんだから」
「俺の種族を滅ぼしかけた人間が皮肉なことを言うなぁ」
まさか、ファインまで髪の毛をくれるとは思わなかったダルマさんは、彼女たちの髪の毛に視線を落とすと――それを食べた。ああ、女王様とは違って、もっさりもさもさだ。口の中で髪の毛がまとわりつく。とても言えたものではないが、不味いの一言で終わる話だ。
――でも、あの二人の思いはとても嬉しい。
人間の魔力はたかが知れてはいるが、力が漲ってきているのがわかった。大昔の頃、まだ人間が魔法というものを神様からもらう前の話。自分たち、赤鬼の種族はとても力を持っていた。数十年に一度だけ、女王の髪の毛を譲渡してもらい、それ相応の力を持っていたあの頃を思い出す。
人間が女王を殺したときはとても憎いものだと思っていた。恨んでいた。見かけたら、絶対に殺して食ってやるといつも思っていたのに。
コトを見た。ファインを見た。
【何だろう? おじさん、ダルマさんみたいだよね】
自分が知っている人間とは程遠い彼女たち。そんな彼女たちが自分に一本だけではない。たくさんの髪の毛をくれた。彼女たちなりの気持ちが微弱な魔力に上乗せしてくるのであった。
◆
西方の国との戦争。誰もが敵国に勝利する気ではあるのだが、顔を見ればわかった。それは難しいのではないのか、と。上司も部下も噂だけで囁く。公にはできないのだが、断言はできる。西方の国に勝つなんてとんだ奇跡だ、と。魔物討伐部隊の友人が話していた。西方の国に勝つなんて、絶滅した赤鬼が復活するほどありえない、と。
伝承で聞いたことぐらいはある。人間によって滅ぼされた魔物、赤鬼。壮絶な力を有していたのだが、人間が弱点を突いたことによって、衰退の一途を辿り――今は見かけないことからして、絶滅したのではないか、というほどまでである。
そう、その奇跡が目の前で起こっているということをその友人に伝えたく思う。
砦での見張りをしていたモヒトツ王国の兵士は文献資料やらなんやらで目にしたこのある存在に驚いていた。この砦よりも大きな体躯を持ち、近くの山々を軽く吹き飛ばせそうなほどの手がある。顔が赤く、ぎょろっとした大きな目を持つそいつはまさしく――。
「あれは赤鬼!?」
あまりの巨大さに、あまりの畏怖にその兵士は気絶してしまうのであった。
◆
遠くに見える砦と巨大なダルマさんを眺めるコトは「大きいねぇ」と素直に感心を抱いていた。力がある、というのは物理的な意味合いだった模様。ダルマさんの大きさにはポチもファインも驚きを隠せずにした。
「赤鬼ってあそこまで大きかったの……?」
「世界を支配できるほどの力を持つだからな。吾輩も初めて知ったのだが」
「正直言うと、ティキンとかサーカスくんたちも一緒に行っているけど、あんまり意味ないよね」
そう。実はティキン、プォーク、メガミ、サーカスくんもダルマさんと一緒にいるのだが――あまりにもダルマさんの威圧力は残りの彼らを目立たなくさせているようなものである。ティキンたちエメラルド・フォックスは森の迷い込んだ人間の一番の敵であるのに。サーカスくん、黒鬼は人間で言えば、魔法戦士を合わせた三個大隊ほどの戦力でなければ勝ち目はなしと言われるほどなのに。割と強いはずの彼らがとても小さく見えていた。
だとしても、ダルマさんの脅しは上出来だ。これならば、あの砦を突破できるだろうということで、コトたちは彼らに感謝しつつ、先を急ぐのであった。




