第四十四話:人も魔物も対等関係を築ける
急ぐに急ぎたいのだけれども。茂みの中で顔を覗かせるコトたちは前方にいるモヒトツ王国兵の集団に足止めを食らっていた。彼らがいる場所を通り抜けたいのだが、肝心の兵士たちはそこが野営地の様子。
「困ったものだな」
下手に攻撃ができないことはわかっていた。ファインは一人の魔法戦士を見て眉根をひそめる。
「あの魔法戦士、厄介そうね。伝達係というところかしら?」
「戦士なのに?」
どうやらコトの頭の中の魔法戦士とは魔法で攻撃をする兵士だとばかり思っているようだ。だが、ケンコが考えている魔法戦士はそんな前線に出るような者たちばかりではないことをファインは知っていた。ここに一人だけ配置しているということは、空を飛ぶ魔法が使えるはず。その魔法を利用して、ケンコへと報せに行くはずであろう。
「あの子ども大将の考えることは、いつも卑怯なことばかりよ。そのせいで、エンサ王子様は苦しめられている」
「エンサは信頼していたのに……」
「王族で兄弟がいる時点では、一番よくある問題よ。わかるでしょ?」
「コトにそんなことを言っても、理解は不能だぞ」
ポチの言うようにして、コトの頭の中はパンク寸前のようだった。跡取り問題に関しての知識がないからなのか、彼女は「よくわからない」と唇を尖らせる。
「仲良くすればいいのにっていう考えは甘いのかな?」
「そうよ」
どの道、平民であるコトにはあまり関係のない話であることをファインは見抜いたのか、彼女は「そのことについては、終わってからにしましょ」とまずは目の前の野営地をどのようにして切り抜けるかを専念させようとした。それもそうだ、とサーカスくんとティキンたちが「俺たちを囮に使え」と言い出す。
「この頭数で突破できるほど、人間は甘くないんだろ?」
「よくわかったわね、エメラルド・フォックス」
「いやいや、わかってないな、王女様は」
プォークが鼻で笑うと、視線を野営地の方へと戻した。その視線の先を追うようにして、彼らは――。
「俺たちにはティキン、プォーク、メガミという名前をエンサからもらったんだ」
「ガウガウっ、ガウっ(サーカスくんという名前はコトからもらったけど)」
「だから、助ける義理がある」
そのようなことを言うと、彼らは目の前にある野営地に向かって突進していってしまう。当然、突如として現れた魔物に兵士たちは臨戦態勢を取り出すのだった。これに先駆けるようにして、サーカスくんが黒い靄で一人、二人と拘束をしていく。彼らにとって、人間という者は攻撃対象であるが、今はそうではない。自分たちはただの時間稼ぎであるかもしれない。だが、この行動を起こすことによって、エンサが助かるならば。コトたちが西方の国へと行くことができるならば。その気持ちだけで動くことができていた。
野営地では兵士たちの怒号と悲鳴が重なり合うその中で、ティキンが「早く行け!」と促した。これにポチはその場に残った者に声をかけると、駆け出す。ファインは野営地の方を見つめた。段々とティキンたちとサーカスくんの姿が小さくなっていく。彼らは人を傷つけようとはしていない。自分の知っている魔物とは違う存在がそこにいたということに気付かされる。
【それぞれができることだけをして、できないことは相手に頼む】
不意にコトの言葉が頭を過った。そんな言葉は人間だけにしか通用しないものとばかり思っていたのだが、魔物にも値するような問題だとは思わなかったから。思わず、ファインの口からは「平気かしら?」と呟きが聞こえる。
「いくら、彼らであっても、人間に攻撃を仕掛けないんじゃ……」
「逃げるよ、ティキンたちは」
「え?」
コトの方を見れば、彼女と目が合った。彼女は何でも知っている、と言わんばかりに澄んだ目をしていた。そんなコトは足を任せているポチに「ね」と話を振る。
「前に私を助けに来てくれたとき、ポチたちにエンサは言ったんだよね?」
「……ああ、そうだな。本当に命の危険を感じたら、自分の役目から逃げてもらっても構わないとな。そのあと、またどこかで合流すればいいとも。あいつは、吾輩たちを心の底から信頼をしているようだった」
ファインにそう教えるポチの発言に、ダルマさんは驚いたような面持ちでこちらを見ていた。ああ、そうだった。ダルマさんに助けを求めていなかったから。それだからこそ、彼はあのときの出来事を知らない。エンサの決意とやらを知らない。だから、彼はエンサを追い出そうとしていた。あのときのエンサを知らなければ、あんな口を利くまい。
「認めたくはないが、エンサはいいやつだよ」
ようやく、野営地が見えなくなったところでポチの足は歩き始める。同時にダルマさんの足も止まった。そうしていると、遠くから鳴き声が聞こえてくるではないか。間違いなく、ティキンたちがこちらへと来ているのがわかった。彼らはただの脅しだけで野営地に奇襲をかけただけ。であるが、完全に兵士たちを撒けてはいないだろう。そう考えたポチは「もう少し先まで走ろう」とダルマさんに促す。
「コトの言う通りだったな。あいつらはエンサの言葉を信頼して、逃げてきた」
にやにやとするポチにダルマさんは鼻で笑う。
「あれだけ王子を下手くそ木こりなんて呼んでいた癖によ」
「なんだと、この老いぼれ!」
「そっちの方が老いぼれだろうが! 湖があることを知らなかった犬め!」
「ああ!? お前の方が吾輩よりも年上じゃねぇか!」
走りながら口喧嘩をするポチとダルマさんにコトは「ケンカするほど仲いいなぁ」と止めようとはしなかった。そんな楽観的な考えを持つ彼女にファインは止めてあげろ、と指示を出す。
「じゃないと、騒ぎを立てて、別の隊がこっちに気付いちゃうわ」
ただでさえ、常時鳴き声がうるさいエメラルド・フォックスという魔物がいるのに。これでは、敵に自分たちの居場所を知らせているようなものである。そればかりは勘弁して欲しい。そのように考えているファインであるが、コトは――。
「難しいんじゃないかな」
彼女でさえも止め方がよくわからないらしい。これまで、人間が立ち入ることのない森の中で暮らしてきたのだ。うるさいというのが彼らにとっては理解しがたいものであろう。そんな結論にファインは頭を抱えるしかない。そうして、ファインが考えた結論から言わせると「時間はかかるけど」そう、口にするのであった。
◆
突然と現れたエメラルド・フォックスと黒鬼。モヒトツ王国の兵士たちは国民や自分たちに危害がないようにして、退治を試みていた。各野営地に配置されている魔法戦士たちは状況を連絡係に伝えている。
モヒトツ王国にとって、脅威となる敵は排除しなければ。特に黒鬼が危険だ。それだからこそ、応援を呼んでもらうのだが――。
「いたか?」
「消えたぞ」
「探しだせ。近隣の村が襲われたら大変だ」
何としてでも、仕留めなければ。その考えを持つモヒトツ王国兵士たちは周辺をくまなく探すのであった。
◆
「ありがとう、ファイン王女」
ファインの行動はとても助かっている、とコトはお礼を言った。そんな中、当の本人は疲れ切った様子で「これっきりが限界ね」と青ざめている。
「思ったよりも、全員を小さくするのは疲れるわ」
そう言う彼女に魔法というものは無限ではないのをコトは知る。あまり動けない状態の彼女をその場に休ませると共に、自分たちも休憩することにした。コトが食事の準備をしていると、モヒトツ王国兵たちから無事に逃れてきたティキンたちとサーカスくんがファインに「ありがとう」とお礼を言ってきたではないか。
「エンサにも言われたけど、俺たち無意識で鳴いちゃうからな。それにしても、便利な魔法だな」
「……そうそうは使えないわよ」
「だろうね。汗を舐めてやろうか」
「止めてちょうだい」
メガミの厚意を全力で断るファインであったが、コトから受け取った食べ物を見てもっと全身全霊を込めてお断りした。その食べ物がダルマさんの種であることは言うまでもない。そこから、ファインとダルマさんの言い合いが始まるのだが、きりがないので割愛させていただきます。




