第四十三話:自分にしかできないこと
とても嫌なものが迫り来ているのがわかった。それはファイン自身に圧し掛かり、身動きを取られないようにしているのだ。逃げ道などない。逃げさせやしない、と壁が後ろにあった。これは絶体絶命。このような場所で死ぬなんて――。
エンサが助けを求めているのが聞こえてきた。遠くには苦しそうにうずくまる彼がいるようで、助けに行きたいのに。段々と遠ざかるエンサ。代わりに何か嫌なものが来て――。
「エンサ王子様!?」
手を伸ばした先に見えない壁で当たり――。
「痛いっ!」
目を開ければ、急激にエメラルド・フォックスの顔が近かった。なぜにそいつが!? 思わずファインは悲鳴を上げながら、上体だけを起こす。視線の先には三匹のエメラルド・フォックスに黒鬼が。
「ひぃっ!?」
急いで逃げないと。だが、立てそうにない。だからこそ、ファインはお尻で後ずさりをするも――後ろは木。逃げる手立てはほぼない。この危機的状況の中、横の方から「落ち着きなよ」と人間の女の子!
「大丈夫だよ。ティキンたちはファイン王女を食べたりしないよ」
「そ、そんなこと言ったって……!」
と、ここでファインはすべてを思い出した。そうだった。デーグチ村付近の森の中で魔物と共にいるコトという少女と合流をしろ、と幽霊女が言っていた。未だとして頭の中の整理が追い付かない彼女は頭を抱えた。状況を把握しようとして、人間の少女に「あなたがエンサ王子様と一緒にいたという平民のコトね?」と確認を取る。
「なんでわたくしはこのような場所で眠っていたのかしら?」
「ファイン王女はダルマさんの種を見て気絶しちゃったんだよ」
流石に二度も気絶されるのは困るとでも思っているのか、少女――コトは実物を見せないようではある。その代わり、まだできていなかった自分の仲間となりうる魔物たちの紹介をしてくれた。彼らはファインに対して、敵意はないようであるが、警戒はしている模様。この中で楽観的な思考の持ち主はコトだけのようである。
「えっと、わたくしはあなたと西方の国へ行くことになっているけど……」
「うん。ロゼンヌさんから話は聞いているよ。戦争を終わらせるためだって。急ごう、エンサが危ないよ」
そう言うコトがポチの背中にまたがろうとするのだが、ファインは彼女がエンサのことを呼び捨てで言うのが気に入らなかったようで――。
「仮にもエンサ王子様は王族よ? そうした呼び方はいかがなものかしら? 様をつけないと、不敬にあたるわ。もちろん、わたくしにもよ」
「でも、エンサは王子なんて言わないでくれって言ってたし……」
「それでもよ。あなた、エンサ王子様の何だっていうの? 失礼な子ね」
ファインはじっとコトの方を見ていた。心なしか、その視線は嫉妬心があるように見えているようで――それに関してはポチとダルマさん、ティキンだけが気付いているようだ。そのため、彼らはファインが落ち着きを取り戻すまで、待つことにするかと二人を眺め出す。一方で彼女の恋心に気付かない者たちは「別にいいじゃないか」と不満があるようだった。
「俺たちはエンサと共に森の中で生活をしていたんだし」
「エンサはいいやつ。俺たちと友達!」
「ガウガウっ!(エンサは好き嫌いもするやつだが、高慢な態度は取らない良いやつなんだぞ!)」
みんなしてコトの味方ではあるようであり、本人に至ってもエンサに様付けすることをあまり快く思っていなかったようだ。
「そりゃ、エンサは王子様って知っているけど……でも、私もエンサも上下関係でいるのは意味がないってわかっていたもん。私にはできないこと、エンサにはできないこと。それぞれができることだけをして、できないことは相手に頼む。それを対等関係として、私たちは森から出ることを考えていたの」
「だけど、身分というものは存在するわ。もちろん、魔物中でもあるはずよ」
「じゃあ、訊くけど、王女は一人でここまで来れた?」
コトのこの質問に、ファインは言葉を詰まらせる。確かに、あの幽霊女の手助けがなければ、ここに来ることはできなかった。あの牢獄の中で、捕まった状態でエンサを助けることができるはずなかった。何も言えない彼女は悔しそうに俯く。だが、コトは何も彼女を貶めるような発言をしているわけではない。あくまでも自分たちは対等である。それをファインにもわかって欲しかったのだ。
「ファイン王女。私たちにはできなくて、あなただけにしかできないことがあるよね? それって、何だと思う?」
自分だけにしかできないこと。そのように言われたファインは西方の国がある方角を見た。そうだ、両国の戦争を終わらせるには自分が父親に無事であることを伝えることだ。そして、エンサたちにも頼まれた。モヒトツ王国を滅ぼしてくれ、と。
これはファインがいなければ成り立たない案件。それに、西方の国へと向かうとしても、一人では難しい。各地にモヒトツ王国の憲兵らが見回りをしているはずだ。捕まる可能性だってある。だからと言って、小さくなる魔法を利用したとしても、移動距離をサイズに合わせるならば――途轍もない大移動だ。移動する何かに捕まっていればいいだけの話だが、そこへ辿り着くまでその魔法が持たないのもこれまた事実。
「私たちは、ファイン王女を西方の国まで送り届けること。ファイン王女はこの悲しい戦争を終わらせることができる人。あなたがいなければ成り立たないし、私たちもいなければ成り立たないの」
コトは相手を不信に思わせないようにして、にっこりと笑顔を見せて手を差し伸べた。
「ファイン王女は気に障るかもしれない私たちだけど、一緒に戦争を終わらせよう。そして、エンサを助けよう。王女だって、エンサを助けたいんだもんね」
「……ええ」
どことなく納得した様子のファインではあるが、差し伸べられた手をちらりと見ただけで、握手をする気にはなれないらしい。まだコトに嫉妬心はあるようだが、これ以上この場にとどまり続けるのは勘弁だ。そのように考えているポチは「なるべく早い方がいいな」とその話を強引に終わらせようとした。
「こうしている間も、エンサは苦しみ続けるだけだ。王女は魔法で小さくなれるのだろう? だったら、小さくなってコトに捕まっていろ。コトは――」
「もちろん、ポチに乗るつもりだよ!」
すでにポチの背中にいるコト。そんな彼女を見つめながら、ファインは白い魔法石を取り出した。呪文を唱え、蟻サイズへとなる。この魔法にコトはと言うと――ポチの背中から降りて、きらきらとした目を輝かせながらファインを絶賛する。
「王女、すごい!」
「そ、そうなの?」
「だって、私もサーカスくんも炎魔法しか使えないもん。あっ、今は魔法石がないから、使えないんだった」
「あなた、魔法使いなの?」
「ううん。でも、森で生きるために使わざるを得なかっただけ」
「…………」
何かを考えるようにして、黙るファインに「どうしたの?」と訊ねるのだが、彼女は首を横に振った。何でもない、そう告げると、コトの服にしがみつく。そして、コトもポチにようやくまたがった。
「邪魔してくる兵士たちは俺たちに任せろ」
「早くエンサを助けたいからね」
これから行こうとする中、ティキンたちがそう言ってくる。彼らもまたエンサが心配だから。無事であることを祈っているから。そんな彼らにファインはというと、何かを感じ取っているようであった。
こうして、一行は西方の国へと急ぐのであった。




