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第四十二話:おぞましき現状を見据えて

 あんなにも苦痛を受けているというのに。執務室へと戻ったケンコは机の上を強く叩く。手当たり次第、持てるものを壁に投げつけていた。むしゃくしゃする、何かに八つ当たりをしたい。


「上手くいっていたのに……!」


 ケンコ自身が国王になったとき、国民はとても喜んでくれた。たくさんお祝いをしてもらった。だからこそ、それに応えるようにして、しっかりとしてきたつもりなのに。政治に関しては疎い、そのため、セイレイに任せていた。だが、軍事に関しては色んな人から自分の考えに「素晴らしい」と褒めてくれたのに。


 机に刺したままの宝石が装飾された短剣に向かって「兄上だって、僕のことを褒めてくれたじゃないか」と嘆いた。


「なぜにモヒトツ王国が押されなければならない! なぜに僕の思い通りにいかない! なぜに兄上はあんな目で僕を見てくる!」


 気が付けば、執務室はぐちゃぐちゃ。椅子だって横倒れ。壁にぶつけた花瓶が床に破片として散らばっている。整理されていた書類は散乱状態にあった。冷静になろうとしつつも、自分はなぜにこんなことをしたのだろうか、と自省した。とりあえずは、と椅子だけを起こして、座る。


――王としての責務がこんなにも重いものだったなんて。


 頭を抱えるケンコはどうして自分が王族として生まれたのかすら疑念を抱き始めた。このままでは西方の国に勝てないことはわかっている。唯一の弱みであったはずのファインは脱走した。こちらが保管していたはずの魔法石もないことから、誰かが手引きしたとしか思えないのだ。それがエンサ関連であることは薄々気付いている。だとしても、彼はずっと拷問を受けている状態だ。更に、ファインは逃げられないようにして手足を拘束していた。その状況で魔法石を盗むことすらもできやしない。それなのに、一体誰が盗んだとでも?


 悩みと苛立ちにより、邪魔に思う王冠を外した。それをテーブルに置き、大きくため息をつくと――。


「ケンコ国王様、ご報告です」


 セイレイが重々しい口調でやってきたではないか。彼の場合、軍事には携わっていないため、何の報告なのか見目回答がつかなかった。ケンコは「何?」と怪訝そうに訊ねる。セイレイは淡白した様子で「西部地域に住む国民たちについてです」とモヒトツ王国に置かれている状況を説明した後――。


「現在、王都に難民が押し寄せてきております。出入りの規制をしても、こっそり侵入する者共もいるようです」


「それがなんだ。別にいいじゃないか」


 そう言うケンコにセイレイは一瞬だけ呆れ顔を見せる。彼は「よくありません」と執務室を見渡した。


「現在の王都はこの部屋の状況と同じなのです」


「散らかっているってこと?」


「ええ。難民たちの多くは失うものというものが、ほとんどありません。ですから、逆に奪うという行動を取ってしまいがちなのです」


「……それって、王都中で犯罪が起きているってこと!? なんで、そうなった!?」


「ですから、西部地域の一部は西方の国が占領してしまったため、その地域に住む者たちはこちらへと逃げてきたのですよ」


「そんなの、彼らの力で切り抜けられないのか。彼らはモヒトツ王国民だろう? 農具を持って、抵抗するとかすればいいのに。ああ、わかったよ。罪を犯した者は片っ端から前線にやるように手配しよう。そうすれば、兵士不足も解消だ」


「承知いたしました」


 セイレイは頭を下げると、執務室から出ていくのであった。部屋を出た彼はため息をつくと、その部屋をドア越しから見て呟く。


「この国はもう崩壊したのも同然だな」


     ◆


 不安がいっぱいあるのだが、第一に思うことはエンサを助けたいという気持ちが大きかった。ファインはデーグチ村行の馬車に乗り込み、車内にいる者たちに見つからないようにして隠れていた。


 エンサやロゼンヌが言うコトという少女。モヒトツ王国の人間でもないらしいその人物は平民らしい。だからこそ、彼女がエンサと結ばれることはないだろう。だが、森の中で一か月も共に過ごした身。何があってもおかしくはないが――彼は覚えてくれているのだろうか。


 一年前のモヒトツ王国建国記念日の際に、国賓として来たことはある。ただ、城の中で行われる厳かな式典にはつまらないから、影武者に出てもらって、自分は町中でのお祭りを堪能していた。よくある城下町の雰囲気を味わいたくて。それも、お祭り状態だったから。そのため、民衆はとても舞い上がるようにして騒ぐ、騒ぐ。あまつさえ、酔っぱらった男が自分に絡みついてきて――。


【嫌がっているだろ】


 最初は勇敢な青年だとばかり思っていた。だが、あとからその人物はモヒトツ王国の王子のエンサであることを知った。彼もまた、影武者を利用してお忍びで城下町に遊びに来ていたようである。


――思い出すだけでも、早くエンサ王子様とたくさんお話ししたく思いますわ。


 あんな自分を守ってくれているような人物が婚約者だと思うと、本当に幸せ者なんだなって思うようになった。けれども、運命というものは自分たちに試練を与えてくるものなんだな、と悲観に感じた。


――無事でいて欲しいわ。


 その願いを叶えるためには――ファインは誰にも見られないようにして、馬車から降りると、人気のない場所へと移動した。そして、そこで元の大きさへと戻る。ここはデーグチ村付近にある森の中。ここにコトと魔物たちがいると言うが――。


――やはり、一人は怖いわ。


 いくらエンサを助けたいと願っていても、合流するまでは怖いと感じるファインはびくびくしながら森の中を見渡す。さて、この割と広い森の中でどうやって彼らを探し出せばいいのだろうか。声を出す、あまり賢い選択肢ではないだろう。歩き回る、こちらも同様だ。ならば、ここで大人しくしていればいいのだろうか?


 ファインが頭を悩ませていると、遠くの方から魔物鳴き声が聞こえてきたではないか。これがコトたちであるならば、幸いではある。だが、そうではないという可能性だって捨てきれないのだ。ここは森の中。森の中でうるさく鳴く魔物と言えばエメラルド・フォックスだ。それも群れで行動するというもの。


――どうしよう。丸腰なのに……。


 怯える彼女の前には茂みががさがさ。これに肩を強張らせ、腰を抜かしてしまう。奥の方からは黒い大きな体をした何かが。黒い魔物と言ったら? 黒鬼が想像ついた。もしや、かなりの絶望的状況? どんなにコトが魔物と親しい仲であっても、人間を食う魔物と仲良くなんてなれやしない。どうにかして、逃げなければ。そうしないと、本当に自分の命もエンサの命も尽きてしまう。しかし、腰を抜かしているからこそ、立ち上がることはできない。腰を引きずりながら、四つん這いになっていくことならできる。だとしても、これは逃げるスピードというものが弱い。すぐに追いつかれて食われてしまうだろう。


「お父様……お母様……!」


 死への恐怖は近付いてきている。だって、こんなにも後ろががさがさと音が鳴っているのだもの。


「エンサ王子様!」


【彼らは悪気があって、あなたにあんなことを言ったわけじゃない】


 エンサに酔っ払いから助けてもらったあの日がとても遠い日のように思う。彼がここに来ることはないだろう。


――もう一度、王子様とお会いしたかった……。


「あんた何泣いているんだ?」


 目の前には真っ赤な顔をした魔物が。いよいよと死期が訪れてきたか。


――申し訳ありませんでした。わたくしはあなたを助けられそうには……。


「こんなところに人間がいるとなると……おーい、コト! こいつじゃないのか? 俺たちと合流する人間って」


 合流という言葉に反応したファインは顔を上げた。すると、そこには顔を真っ赤にした魔物以外に王狼、エメラルド・フォックス、黒鬼に囲まれた一人の少女がいたのである。ずっと森の中で生活をしていたからこそ、身だしなみはあまりよくないのだが、彼女がコトという少女か?


「多分そうだよ。あなたが、ファイン王女だよね?」


 優しそうな笑顔に差し伸べる手には――。


「もしかして、お腹空いている? 今、ダルマさんの種しかないけど」


 顔を真っ赤にした魔物よりもはるかに小さな姿の豆がそこに。しかも、可愛らしい声でしゃべるとくるものだから――安心と恐怖が織り交ざって、ファインは気絶するのであった。

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