第四十話:不安と恐怖は裏を返せば希望の光となりえる
王都へと続く通りの近くにある雑木林。ここは少しばかり広いからこそ、コトたちはいることができた。彼女たちは今、そこで通りの状況を見つめる。道を歩くのはモヒトツ王国民、モヒトツ王国軍兵士たちだ。とても正々堂々と歩くことはできまい。すぐにストップをかけられるはず。コトは捕まえられるだけかもしれないが、ポチたちは殺されてしまうだろう。それだからこそ、彼女たちはずっとそこで停滞をしていた。
「どうしよう。ここ二日ぐらい動けない……」
「侵入ルートがここまで難しいものだと思わなかったぞ」
エンサを助けに行きたいのに。自分たちの目標である城はまだまだ遠い。ここから先は田園が続くだけ。身を隠す場所はない。ならば、とダルマさんは「ここで力使うかー?」とコトからもらった髪の毛を見てぼやいた。
「とはいってもなぁ、人間の髪だもんなぁ」
「足りない? じゃあ、メガミ!」
「俺、ヤだ。ティキンとプォークでどうぞ」
「どうぞってどういう意味だ、こら」
別にそういう意味でダルマさんは発言をしたわけではなく、実際の力を使うとなると、赤鬼にとっての女王、あるいは女王の素質がある子どもの髪でなければ、あまり期待はできない。一応は、人間の髪の毛でも問題はないのだが――。
「人間の髪の毛って、もさもさしているから不味いんだよな」
触感や味の問題らしい。ダルマさん曰く、女王の髪の毛は人間のような細いものではないらしい。一本一本がとても太く、一本だけでもコトがこうして切ったときと同じサイズであるのだ。量からして、ちょうどいいというべきか。そういう風にして嘆くダルマさんにポチは我慢しろよと言う。
「吾輩たちだって、美味しいものは食べたいんだから」
「とか言いつつ、ガッツさんを美味しそうに食べているんじゃねぇよ」
何もできないからということで、食事にしていた一同にダルマさんはツッコミを入れるのであった。
◆
夜になり、人気も随分少なくなってきた頃。コトは持ってきた布を頭に被せた。彼女は一人で王都の様子を見てくると言うらしい。本当は、ポチたちもついていきたいところであるが、生憎彼らは魔物である。自分のペットです、と町中に連れていけるはずもないだろう。そのため、彼女一人になるのである。
「コト、本当に危なくなったら笛を吹くんだぞ」
ポチがコトに渡した白い笛。もちろん、予備の分もある。それを死体からもらったカバンに入れたのを確認した彼女は「うん」と大きく頷いた。
「なるべく、兵士さんがいないようなところとか、掲示板のないところを歩くようにするよ」
それでも、みんなして心配をしているらしい。サーカスくんが顔をこちらに寄せてきて、本当に大丈夫なのか、と確認をしていた。
「大丈夫だよ。私が、みんなが城に近付けられるようなところを探してくるから」
コトはみんなの頭を撫でてあげると、通りの方へと出るのだった。さて、ここからは完全な流れ者のふりをしなければ。だが、あまりあやしまれないような歩き方もしなければならない。どういうやり方が、一番適切なのだろうか。
田園の中にある道を歩く。数メートルも前を歩く人の後に着いていく。城下町まであんなにも遠いなんて。そこはとても見晴らしのいい場所だ。魔物が歩いていれば当然、誰もが騒ぎ立てることであろう。
もう少し前の方では大荷物を載せた荷車を引く中年男性がいた。そして、その荷車には疲労と不安な顔を見せる小さな兄弟の姿が。その家族を見つめるコトの耳には農家たちの噂声が。どうやら、彼らは戦火が広がるのを恐れて、王都まで逃げてきたらしい。こういう人が多いということは、モヒトツ王国は西方の国に負けるのではないだろうか。農家たちはその心配をしているようだ。
コトはモヒトツ王国がどこかと戦争をしているのは知っていた。だが、どこの国としているのかはわからなかったのだ。
――そこの国と戦争をしているなら、森に被害はどう関わってくるんだろう?
残念なことに、彼女は西方の国を知らない。どちらが宣戦布告をしたかなんて知らない。何も知らないコトではあるが、王都へと向かう家族には同情する。
そうしてモヒトツ王国の国内事情に憂いを見せていると、城下町が見えてきた。城塞ががっちりと侵入者を捕らえようと言わんばかりに大きい。入口の方では、何やら憲兵と流れ者たちとのやり取りをしているのが見えた。これは、彼らと会話をしては危険だ。それならば、別のルートを探そう。
夜なのに、城下町の入口では賑わっている。どこか、抜け道は? 町全体を囲う石煉瓦で詰まれた壁を眺めながら、道沿いを歩いた。ここからでも見える城は高い。屋根が見えていた。あそこにエンサがいるかもしれない。
助けに行くと言うだけは非常に簡単である。だが、実行に移すのは容易ではなかった。城下町まで行くルートの模索、入口での検問、簡単に逃げられそうにもない城塞。そう何度も馬で逃げられるものではない。それがわかっていたからこそ、一人で苛んでいると――。
「おい」
後ろから憲兵に声をかけられた。そちらの方を見ると、憲兵はどこか怪訝そうにしているではないか。
「こんな時間に一人か?」
「ええ、まあ……」
「流れ者か?」
「は、はい」
「ふうん? お前、お金あるのか?」
「な、ないです」
コトがそう答えると、憲兵は何を思ったのか、彼女に一個の果物を差し出したではないか。それを成り行きで受け取ると、彼は「こっちに来い」と城塞壁にある隠し通路を教えてもらった。
「本当は、受け入れてあげられるんだがな。今は西方の国と劣勢状態だから、よそ者の流れは規制されているんだ」
「ああ、入口……」
「俺はここまでしか援助はできないが、その内いいことがあるさ」
「いえ、そんな……ありがとう」
思わぬ親切にコトは小さく笑う。その笑顔に憲兵は満足そうに頷くと、その場を去っていった。コトは城下町内に入れたということにびっくりしていた。ややあって、この場でもらった果物を齧る。そう言えば、初めてエンサ以外の人で優しくしてもらった気がする。ああいういい人もいるのだな、とコトが感心を抱いていると――「コトちゃん?」
聞きなれた声。そちらの方を見てみると、そこにはロゼンヌがいた。思わぬ知り合いに出会えたことでコトの目には大粒の涙があふれ出る。緊張していたのか、怖かったのか。安心がどっときたせいで、その場に座り込んだ。
「大丈夫ですか、コトちゃん」
「……怖かったよぉ」
ぼろぼろとこぼれる涙で顔をくしゃくしゃにしながら、鼻水を啜る。
「また捕まると思ってた。また追いかけられると思ってた」
ロゼンヌさん、と彼女に泣きついた。ひんやりと冷たい彼女の手が心地いいと思う。どうせならば、膝枕をまたしてもらいたいものだ。そう考えたコトはベンチを指差しながら「膝枕して」とお願いした。これにロゼンヌは「いいですよ」と承諾する。コトだって本当は誰かに甘えたかったのだ。独りでも大丈夫だと意気込んでいたが、孤独というものはとても怖いし、寂しい。よくもまあ、ここまで来られたものだ、と逆に感心をする。
ロゼンヌに膝枕をしてもらい、幾分か落ち着きを見せたコトに彼女は「私もコトちゃんを探しているところでした」と口にするのだった。
「これから私が言うことには、あまり反応を見せないでください。これはエンサさんを助けるための手段だと思ってくださいね」
エンサを助ける。その言葉にコトは起き上がって、頷いた。ロゼンヌが移動を見せる。これに彼女は後を追う。場所を変えての情報交換のようである。
少しばかり、人気のない場所へとやって来た二人。先にロゼンヌが口を開いた。
「今、エンサさんは地下牢にいます。そこに閉じ込められている理由としては、コトちゃんの持つ短剣が狙いのようです」
口に出したい、そう思うコトではあるが、それを我慢して不安そうに頷く。
「まだコトちゃんの行方がわからないから、問題はありませんが……よくここまで一人で来られましたね。ですが、エンサさんを助けるにはまだ準備が必要になります」
ロゼンヌはこの路地からでも見える城を指差した。その指の先をコトは見つめる。
「エンサさん曰く、西方の国がモヒトツ王国との戦争で完全に勝てば問題はないとのことです。そこで、偶然にも同じ地下牢にいる西方の国の王女であるファイン王女様と共に西方の国へと向かっていただけますか?」
ファインが地下牢にいる。この事実にコトは目を丸くした。驚きは隠せないようである。
「この話はファイン王女様もご存じです。そして、コトちゃん。コトちゃんはポチちゃんたちを……説得できますか? 彼らがいれば、とても足が速いはずですし」
愁眉を見せるロゼンヌにコトは先ほどよりも大きく頷いた。彼女の心内を知れば、ロゼンヌはとても安心する。それならば、問題ない、と。
「では、これを持って、私が指定する場所に向かってください。そこから道を使わず、雑木林などで身を隠すようにして、西方の国へと行くのですよ」
そう言うロゼンヌはコトのカバンの中に数枚の書類を入れ、城の方へと行こうとした。
「私はこれより、ファイン王女様をお助けに向かいます。コトちゃんはみんなをデーグチ村付近の森に連れていくのですよ」
コトはその言葉に従うようにして、急いで抜け道を使ってポチたちのいる雑木林の方へと向かうのだった。




