第三十九話:久しい光を望む
とても久しぶりに森から出た、とダルマさんは言った。コトたちは元サーカスくんの家の抜け道を利用して、森から出てきたのである。初めて見るものが多い森生まれの者たちはとてもはしゃいでいた。彼らが口にするのは「空が広い」だった。当然だ。森の中は常に薄暗く、ほとんど日の光が入り込まないようなところであるから。
「おい、木がないぞ!」
「はしゃぎ放題!」
「転び放題! 何も当たらない!」
「広いんだから、こっちに来るなよメガミ!」
「ティキンがそっちに行けばいいだろ」
「鼻を噛みつくぞ、コノヤロー」
あまりのはしゃぎっぷりにポチはため息をついた。こんな調子でいたとして大丈夫だろうか、と。それに、人間にはあまり見られてはならないだろう。ここは森ではない。もうモヒトツ王国の領地だ。迂闊に人前に出てしまった魔物は皆、親の仇みたいにして殺されてしまうことだってある。
――ロクな土地じゃないもんなぁ。
「ポチ?」
どこか忌々しそうに広々とした草原を睨みつけるポチにコトが顔を覗き込ませた。気にしてくる彼女にポチは「いや、別に」と視線を逸らした。
「それよりも、ティキンたちをどうにかしなくてはな。あいつら、うるさ過ぎて、人間の軍にバレちまうぞ」
「それはもっともだが、追い返せばこっちのものじゃないか?」
そのようなことを言うダルマさんにポチは「わかっていないな」と鼻で笑う。
「お前の時間はどれほど遅れているんだ? 人間より優位に立てた種族であろうとも、容赦なく立ち向かってくるのが人間だぞ」
「ああ、そうだ。人間というのはいつの時代も厄介だな。なあ、コト。正直言うと、お前さんはどの人間よりも厄介だと俺は思う」
話を振られたコトは首を傾げた。なぜにそんなことを口にするのか。自分が誰よりも厄介? 今、彼女はエンサの愛用偽物短剣とガッツさんを天日干ししたものぐらいしか所持していない人間だ。魔物にとって恐ろしいと思う兵器も持っているわけでもない。自分はただの人間なのに?
「普通、魔物と人間はこうして分かち合うことなんてありえないのにな。対立し始めてとても長い年月を経ているというのに。仲良くする、という魔物も人間も驚くほどの力がある。それがとても厄介だと思う」
「そうなの?」
「ああ。そのせいで、魔物が人間を助けるなんて歴史をひっくり返す出来事が今起きているんだぞ」
「それは厄介じゃないと思うけど、ダルマさん」
ダルマさんの言う厄介に否定をするコト。そんな彼女にダルマさんはにやりと笑う。厄介でなければ、何というのか。是非ともお聞かせ願いたいものだ。コトは撫でて欲しそうに顔を寄せてくるサーカスくんの頭を撫でながら――。
「いいこと、だよ。みんな、仲良く。楽しく」
「ほお……」
なかなかいいことを言うじゃないか。そう感心をするのだが、向こうからは大騒ぎをするティキンたちがとてもうるさかった。そのせいで、この場の雰囲気が台無しではないか。あまりの騒々しさにポチが渋々と黙らせに行く。
「大人しくできる者に、コトからガッツさんのプレゼント!」
ガッツさんがもらえるということで、即座にコトたちの方へと戻ってくるティキンたち。地面へと伏せて、プレゼントを心待ちにする。その傍ら、サーカスくんも欲しいのか、彼もまた伏せていた。
「さて、これから王子を助けに行くんだったな? あいつはどこにいるんだ?」
「えっとね、お城の中みたい。捕まっちゃっているから」
「城か? 結構遠い場所だろう? そうとなると、移動が大変だ」
森から出た途端に目立つ集団は白昼堂々とモヒトツ王国内を闊歩することは厳しいであろう。そもそもが魔物であるのだ。人間の領土に簡単に足を踏み入れる魔物は死ぬという。ならば、人間に見つからないようなルートで行かなければ、危険であろう。
「確か、王狼は外部から来ていたな。ならば、どこを避けて通った方がいい?」
ポチは森生まれではない。それだからこそ、ルートを知っているだろうかと思っていたが――知らないの一言で終わる。
「吾輩が森に来たのは三百年も前だぞ!? そのときはこの地に国なんて……あったっけ? 崖に落ちる前は人間に追いかけられていたのは覚えているけど」
「おじいちゃん」
ちょっと小ばかにするメガミにポチは横目で睨みつけると「コト」と彼女を呼んだ。
「もしも、メガミにガッツさんをやるなら、キノコなしで」
「しっぽ噛むぞ、コラぁ!」
有言実行のメガミにポチは止めろと声を張り上げる。やいのやいのとまた状況が停滞してしまった。まあ、元はと言えば、記憶力低下してしまったポチにも原因があるのだが。これにダルマさんは「年寄りの記憶力は宛てにならねぇな」とため息をつく。
「じゃあ、一度外に出たコトの記憶が頼りだな。お前さん、どのルートを通った?」
「えっとねぇ、西の方に行ったらデーグチ村って言うところがあって、そこから北に向かえば王都だったはず」
「そこに王子がいるんだな。じゃあ、王都に着くまでは力を温存しておかなくてはな」
「人目がつかない雑木林とかなら、あったりもするから。そこを通っていくってのはどうかな?」
「それが一番だな。それじゃあ、北西を目指していくか」
だが、未だにメガミとの小さな抗争をしているポチを落ち着かせることができたのは数時間後であった。
◆
執務室にて。一人の衛兵が顔色悪そうにケンコの様子を窺っていた。報告内容はモヒトツ王国の北西に位置する要塞の落城だ。昨日はその要塞の近くにある砦を落とされたのに。彼は衛兵に「モヒトツ王国軍の侵攻具合は?」と明らかに機嫌が悪い。
「取られたら、一つぐらいは取れるはず」
「も、申し上げにくいのですが、初戦にして二つの砦攻略は勝利に収めましたが、なかなか西方の国の領土を奪うことは安易ではありません。西方の国との同盟国の方は順調ですが……」
「その国からも奪われつつあるんだよね?」
「はい。現時点で、兵士たちにとっての壁はやはり西方の国の魔法戦士で構成された軍団です」
「ならば、こちらにも魔法戦士はいる。彼らをぶつけたらいい」
「お言葉ですが、我が軍の魔法戦士は二個大隊ほどしかおらず、いずれも西方の国との同盟国で苦戦しております」
「困ったなぁ。じゃあ、遠征組の駐在している者たちを西方の国に充てて。そしたら、勝てるでしょ? 仮にも精鋭部隊なんだから」
目の前にいる子ども国王には逆らえない。衛兵は頭を下げると、そそくさと退室をした。その場に残ったケンコは苛立ちを隠せないのか、エンサの短剣で机を刺す。
「……おかしい!」
ケンコだって西方の国を相手にするのは真正面からでは勝てないとわかっていた。それだからこそ、北部から国境を越えて攻め入ったのに。どうせ、迂回ルートで通る国――西方の国との同盟国は向こうに味方をすると読んでいたから、わざと攻めたのに。モヒトツ王国と西方の国の国境で待ち構えていたあちらの裏を掻いた気でいたのに! それがとんだ大失態。二つの国の国境沿いにあった要塞が落とされてしまったのだ。つまり、我が国に西方の国の軍が入ってきているということ。
どうにかして、体勢を立て直したい。あの女に負けたくない。
「僕なら……僕なら……できるはずなんだ……!」
十一の子どもとは思えない、恐ろしい形相で虚空を睨みつけるケンコ。そんな彼を部屋の入口でそっと聞き耳を立てているのはセイレイである。
「…………」




