第三十八話:耐え忍ぶ者、焦る者
ケンコとセイレイがエンサに会いに来た。その理由は明白だった。それは、偽物の短剣の在処を訊き出すため。それだけのために、拷問官も従えてくる彼の表情はまさにガキ大将である。痛めつけて、コトの居場所を訊き出すつもりなのだろう。だが、お生憎様。場所を伝えたとて、彼らが向かっても無駄死にするだけである。だったら、何も言うまい。答えるものか。痣だらけ、傷だらけにされながらも、エンサは黙っていた。
ただひたすら耐えろ。コトならば、どうにかダルマさんの心を動かせることができるかもしれない。ロゼンヌならば、二人がここにいる隙をついて、証拠集めをしてくれているのだから。
「なかなか、口を割らないなんて」
拷問に耐えるエンサに驚きを隠せないケンコは普通にびっくりしているようである。どうやら、彼は痛めつければすぐに吐くだろうと考えていたらしい。その考え、誰が屈服するものか。
こちらを見てくる拷問官はとても申し訳なさそうな顔でいた。彼はエンサにこのようなことをしたくないと思ってはいるようだ。だが、これは彼の仕事。誇りを持ってもよいもの。それだからこそ、エンサは「気にするな」と気にかけてあげていた。どうせ、自分は身分を捨てた者。剥奪された者。ここで命を落としても、何も失うものはない。ただ自分は証拠集めを目標とするだけ。
もう本来の目的である父親を暗殺した犯人は見つけた。あとはどのようにして復讐するか、だ。普通に殺すなんてマネはエンサにはできない。そこには偽りの仮面をかぶっていた弟や大臣であっても――一緒にいて楽しいと思ったことがあるのは事実だから。
――夫人に、西方の国にとって有利になる情報を……!
制裁なんて。この国が滅ぶことに手をかけるだけで十分。彼らの首を取ろうなんて思っちゃいない。だとしても、二人はこちらの復讐に怯えるであろう。それだからこそ、在処について早く知りたそうにしているようである。どうせ、西方の国に負けることは決定事項のようなものなのに。
それが一週間も続ければ、ケンコやセイレイの苛立ちは最高潮に達する。日に日に増して、憎悪を帯びた顔をこちらに向けているのだ。もう自分のことを家族だと思わないというようにして。いや、もう家族なんてない。父親が殺されたあの日から、家族は崩壊したのだ。
「早く言えよっ!」
痺れを切らすケンコが、拷問官が提げていた剣を引っ張り出して、エンサの首に当ててきた。勢いつけてだから、首の皮が切れた。これが子どものすることなのだろうか。否、彼はもう子どもではない。一国の王として、国のすべてを背負う国王だ。だが、それはあまりにも幼稚な王様。感情で動くのは今も昔も変わらない。
それはやがて、モヒトツ王国としての崩壊が始まる警鐘であるかのように。一人の衛兵がここまで報告しに来た。国の北部にある砦が敵となった西方の国の同盟国が奪取した、と。これにケンコはあくまでも冷静になろうとしていたが、感情は殺せなかったようで――。
「取られたら、取り返せばいい」
エンサを相手にするよりも、奪われた砦のことを気にし出す。手に握る剣は震えていた。やがて、その剣は放り投げられるようにして、こちらの足元に転がる。二人が地下牢から出ていくと、代わるようにしてロゼンヌが戻ってきた。それでも、拷問官はまだいるからこそ――。
「私が許しませんよっ」
拷問官の頭をポカポカと叩く。この何もないのに、頭への衝撃がある。この恐怖に彼もまたすぐに剣を拾い上げて地下から出ていってしまうのだった。
「エンサさん!」
「夫人か。どうだ? 何か収穫はあったか?」
体中に、顔中に痣と血まみれのエンサにロゼンヌは「それどころではないでしょう!」と本気で彼の心配をしているようだ。
「あなたが死んでしまっては、皆さんが悲しみます」
「だが、こうもしないとコトやファイン王女に危害が及んでしまうんだ。でも、ケンコがイライラしている今が、西方の国にとってチャンスでもある。周りが見えなくなってしまうことがあるだろうからな。いや、いつでもチャンスだったな」
「そんなに西方の国というのはお強いなんですね」
「周囲国は絶対に敵に回したくない国だからな。だから、モヒトツ王国は魔法を禁止とした。まあ、父上は寿命が縮まるという迷信を信じていたこともあるのだが」
「私もそう思います。ケンコ国王が考えられた作戦内容が記述されたものを持ってきましたけど、私にはよくわかりませんねー」
「見せてくれ」
手足を拘束されたエンサはそれを手に取ることは叶わないようだ。だが、ここにはロゼンヌもいるからこそ、見ることだけはできるのだ。そのため、彼女に見せてもらった作戦は――。
「この侵攻ルートは、奇をてらったつもりでいたのか? それで、北部の砦を奪われたから……次はこの要塞が狙われるかもな」
「流石は元将軍様。分析が早いですね」
「周囲国との情勢がまだ追放される前と変わらないなら、大体はわかるぞ。だが、下手にこちらが劣勢ともなれば、ケンコは自暴自棄になって、特攻してしまう可能性もある。仮にも私の弟だ。死ぬのは普通に悲しい」
どうにかして、ケンコやセイレイが死なない形のモヒトツ王国の終わりを告げるやり方を。おそらくは西方の国がしてくれるとは思うが、彼らの死なない選択肢がないように見える気がしてたまらないのだ。それを恐れるエンサは「ファイン王女に伝言を頼めるか」とロゼンヌに指示を出す。
エンサの指示通りにファインのもとへとやって来たロゼンヌは、ケンコやセイレイが死なない降伏のさせ方を訊きに来た。これに彼女は一つだけ方法はある、という。
「まず、お父様にそのことを伝えるにしても、モヒトツ王国の者では意味がありませんわ。宣戦布告を伝えに行った死者がこちらへと戻って来たときに灰にされたぐらいですから」
「西方の国の王様って怖いですね」
「あの子ども王様がお父様を怒らせなければよかっただけの話よ。一番確実に説得できるとなると、わたくしぐらいかしら。そのわたくし自身がここから出られたらの話ですけれども。でも、この状態じゃ何もできないし、脱出できたとしても、国に戻るまではかなりの時間が要しますわ」
ファインは自分は小さくなる魔法が扱える魔法石を持っていた、と話した。それを使って、この牢獄から出ることはできる、と。
「もしよろしければ、西方の国へと早く着くためにも足代わりになるものが用意されていれば、問題ないはず」
そう言うファインにロゼンヌは「わかりました」と納得する。
「一応、エンサさんにそうお伝えしておきます」
「ああ、待ってちょうだい」
「なんでしょうか」
「エンサ王子様に今日も愛しておりますとお伝えください」
「わ、わかりました」
ファインからの言伝を受けたロゼンヌは彼女の言葉をそっくりそのまま伝えてあげるのだが――愛の伝言は一切無視して「小さくなる魔法か」と気になる様子。
「ここでコトかポチたちがいれば、彼女と合流した後に西方へと向かうことができるのだがなぁ」
「次はコトちゃん探しですかね」
「できたとしても、ポチたちと一緒に行動はしていない可能性もある。だが、まだケンコのもとにあの短剣が行き渡っていないということは、彼女はまだ捕まっていないということにもなるからな」
「コトちゃんとファイン王女様が西方の国へと向かえば、国王たちはただ国を失うだけになるんですかね?」
「それもそうだが……どの道、西方の国にモヒトツ王国を終わらせてもらわないと。それに、ファイン王女を人質に取っている時点で、向こうの怒りはとても大きい。ファイン王女が、ケンコたちが処刑されないという道を選んでくれるならば、コトたちを探してもらわなければならないだろう。そして、王女の魔法石も取り戻さなければ」
「わかりました。コトちゃんたちを探したら、隙を見て、魔法石を取り戻してきますね」
まずはファイン王女に報告を、とその場から消えるロゼンヌにエンサは大きくため息をつくのであった。
「私たち一族は情けないな……」
どこで道を踏み間違えてしまったのやら。これでは、兄弟共に国民に対してとても申し訳なく思う彼はケンコの顔を思い浮かべる。その表情は自分が知っているケンコの無邪気な笑顔だった。




