第三十七話:無知の見る視点
森の拠点へと戻ってきたコトとポチ。だが、そこには誰もいなかった。枯葉や枯れ木で壁の穴を誤魔化した家の中も、畑にも誰もいないのである。試しに、呼びかけをしてみた。もちろんダルマさんにも。しかし、反応は一切ない。泣きそうになる。
「ポチぃ……」
「泣くな、コト」
「だってぇ、誰もいないんだもん」
今の自分たちだけではどうしようもない。だから、助けを求めに来た。だが、ここには肝心のティキンたちがいなくて——。
「エンサが殺されたらどうしよう……」
「そんなことは……そんなことは……」
ないとは言い切れない。言葉の選択にポチが迷いを見せていると——聞き覚えのある音が聞こえてきたではないか。そうだ、このうるささは——。
「何もいないっていうのに。大丈夫だって」
湖の方からはティキンたちに囲まれたサーカスくんの四匹が。互いの姿に一同は——。
「うわぁああん! みんなぁ!!」
「ガウっ! ガウガウガー!?」
「ああっ! 私は幽霊じゃないよー! 逃げないでー!」
コトたちの事情を話すまでに所要する時間は小一時間もかかったという。
◆
幽霊と間違われて、逃げられてはしまったが、戻ってきてくれた。ティキンとサーカスくんたち。彼らはコトたちに少しだけ申し訳なさそうにしていた。であるが、すぐにサーカスくんは彼女に甘える。それに負けじとポチも続き、ティキンたちも続いた。
「みんな、いなくなっちゃったと思っていたから」
「俺たちもどうしていいかわからなかったんだ。正直言うと、ダルマさんにはあまり逆らえないから」
「えっ?」
それはどういうことだ、と首を傾げるコトにポチは「さっき言っただろ?」と教えてくれた。ダルマさんのことでさっきのこととなると——。
「ダルマさんは赤鬼っていう魔物なんでしょ? サーカスくんとは似た者同士?」
それは違う、とサーカスくんはすぐに否定した。そのあとにプォークが説明をする。
「お前たちが言う森そのものと言ったがいいかな? それがダルマさんだってこと。ダルマさんはこの森を創ったと言える魔物でもあるからな」
「それ、初耳だけど。ポチは知ってた?」
「吾輩はよそ者だからな。それを向こうはそうそう簡単に教えてくれまい」
「だから、エンサを殺そうとか、追い出そうとしていたのかな……? でも、エンサは森を破壊しようとは考えていないのに」
「コトって本当に無知なのな」
ティキンが物珍しそうにそう言ってきた。いや、何も彼だけではない。プォークもメガミもサーカスくんも。どこか驚いた様子でこちらを見ているのである。
「赤鬼はかつて、人間の文明を滅ぼせるほどの力を持つ魔物だったんだ。要は、今の世界とは正反対。むしろ、人間が弱くて、魔物が世界を支配しているようなものだったらしい。でも、神様が人間に魔法を教えてしまったんだ。そこから、この世界は人間が支配し始めた。それで、俺たち魔物も住処を追いやられて……多分、俺たちの先祖はダルマさんと一緒に逃げてきたんだろうな」
「そんな……でも、どうして赤鬼は負けてしまったの?」
「それをお前さんが知って何になる」
いつの間にか、ダルマさんがいた。彼はいかつい顔でじっとコトを睨んでいた。
「第一に、森から出ていくとか言っていたくせにして、何しにここに来た? 殺されにでも来たか?」
「違うよ」
ダルマさんに睨まれても、コトは毅然とした態度でいた。彼女はすべての物事を受け入れる気ではあるようだ。
「私はエンサを助けたいのに、一人では助けられないから、みんなに助けを求めに来たの」
「エンサが!?」
ティキンたちがすぐに反応をするも、ダルマさんの視線で大人しくされてしまう。彼女の懇願に彼は却下のようである。
「俺は人間がどうなろうが知ったことではない。すべて人間だけの問題だ。俺たちはそれに関わることなく、この森で生きて死ぬだけだ」
「ダルマさん、なんでそんな……」
「俺が非情に見えるか? 当たり前だ。俺は魔物で、お前さんは人間。相容れるはずのない存在たちがここに集う時点で本来の歴史を歪めているんだ」
「私にもエンサにも魔物だろうが、人間だろうが関係ないよっ。私たちはただこの森で暮らしてきただけだもん。この森を殺さないようにして、生きていただけだもんっ」
何がそんなに許せないの、とコトは膨れっ面を見せていた。自分たちが人間だから? 人間が世界を統治しようと力を持ったから?
涙目のコト。睨み顔のダルマさん。そんな両者の間に入れるのは——。
「ダルマさんが人間嫌いな理由は、女王を殺されたことだろ?」
ポチだった。彼は魔物であっても、この森で生まれ育ったわけではない。昔、仲間に裏切られて当てもなく彷徨い、たまたま辿り着いたのがこの見知らぬ森だった。それだけである。それでも、彼は赤鬼が人間を嫌う最大の理由を知っていた。ポチだって五百歳。自らを年寄りと断言したからこそ世間のある程度のことはわかるのだ。
「赤鬼は女王の髪の力で強くなる。だが、女王も、女王となる素質ある赤鬼の子も殺された。それが、赤鬼という種の衰退の始まりだ」
「……これだから、年寄りは横入りをしてくるから嫌になるぜ」
「お前の方が年寄りだろうが」
今にも喧騒が怒りそうな予感がする。ポチとダルマさんが睨み合い、いつでも相手に掴みかかりそうで。ティキンたちもサーカスくんも不安でいっぱいのようである。そんなさなか、何事にも強引に通ろうとするほどの威力と発言力を持つコトが——。
「じゃあ、私の髪の毛をダルマさんにあげたら力は湧く?」
そう言う彼女はすでに自身の長い髪の毛をあの短剣で切ってしまったではないか。これにはポチが大きな口を開けて唖然とする。
「コト!? お前っ!」
「えっ? ダルマさんって、髪の毛があれば力が出るんだよね? それとも、メガミの毛もあげたら出る?」
「そんなことしたら、俺がハゲちゃう。ティキンとプォークの毛なら許す」
「俺たちにハゲろと?」
メガミを睨みつけるティキンとプォーク。二匹を宥めるようにして、サーカスくんが止めに入る。そんな彼らをよそにダルマさんは「くだらねぇ」と笑っていた。
「そんなので俺が動くとでも思ったのかっ!」
「じゃ、じゃあ、私の髪の毛全部を!? それとも、ポチの毛全部!?」
「吾輩も巻き込むのは止めて」
「しょうがないよ! 私の髪の毛じゃ足りないっていうみたいだし! なんだったら、サーカスくんとか森のみんなの毛も……」
「野次馬のみんな、ものすごい勢いで一目散に逃げて行ったぞ」
「ええっ!? じゃあ、ポチが全員捕まえてよ! 私は毛を詰める準備をするからさぁ!」
「そんな無茶言うな!」
「あーあ! 私の髪の毛があと五メートルも長かったらなー!」
「どんな嘆きなんだ、それは」
「コト、その気持ちわかるー」
「メガミはわかっていないだろ。絶対」
そんなので、なんてという言葉にコトは足りないと思ったらしい。そういう形で長い髪が欲しいと嘆く彼女にダルマさんはもっと顔をしかめるのであったが——これ以上の突っぱねをしても、絶対に起き上がってくる彼女がそこにいるのだ。いくら断ろうとも、しつこいはず。これはこちらが負けというわけか。
ダルマさんは根負けしたのか「わかったよ」とため息をつくと、コトの髪の毛を取った。
「やっぱり、コトは面白いな。人間のくせにして、着眼点が違うんだからよ」
彼は承認してくれた。エンサを助けてくれるということに。これにはコトも不安な顔から笑顔へと変わるのであった。
「ありがとう!」




