第三十六話:愛する人のために
ファインは思う。あの幽霊はエンサを無事に逃がしてくれただろうか、と。是非ともそうであって欲しい。また捕まってしまえば、今度は確実に殺されてしまうから。
「あの子ども王様……」
彼女が思い出すのは数日前のモヒトツ王国建国記念日のパレードである。ケンコが自信げに西方の国に勝てると言っていたことだ。それが現実ともなれば、自分は本当にあの子ども王様と結婚をしなくてはならない。だとしても、実質は影武者を置いて、本物のファインはこの牢獄につながれているか死ぬだけである。
◇
西方の国が負けるのだけは勘弁して欲しい。そう願うファインは人質の身でありながらも、足枷と鉄球がつけられていても、檻の中だとか牢獄にまでは入れられていなかった。ただ、部屋に監禁状態となっているだけ。ドアも窓も固く閉ざされていた。
相手が子どもだから。思いもつかず、調べなかったのだろう。彼女は胸の谷間の中に隠していた魔法石を取り出した。ファインが持つ魔法石は特殊魔法と言うべきだろう。一つの魔法しか使えないのだが、実はこれが役に立つこと。
呪文を唱え、魔法を発動した。途端に、彼女の姿は瞬く間に小さくなり――蟻サイズまで小さくなってしまったではないか。そのおかげか。足枷は大き過ぎて外れてしまう。そう、これまでにおいて、彼女が神出鬼没であったのは、この魔法のおかげでもあるのだ。
「作戦とか、軍隊規模とか……お父様にとって有利となる情報を探し出さなきゃ」
このまま逃げてもいいとは思っていたのだが、せっかくだからこの小ささを利用して情報を集めてこよう。これまでもそうであった。そうすれば、あのお子様の高い鼻をへし折ることだってできる。そして、エンサをあの森から助けるのだ!
早速、ファインは隙間やら鍵穴などを通って、ケンコがいる執務室へと向かった。であるが、何分体が小さくなっているため、移動するにしても時間がかかり過ぎていた。それに、他の者にも見られるのはまずい。だが、何度も通ったこの廊下はもはや彼女にとってただの道同然。恐れることはない。そうして、誰にも見つからずに辿り着いた執務室へと入った。そこにはケンコとセイレイが話をしているようである。ファインは自分が見つからないようにして、物陰に隠れて様子を窺った。
「国王様、以前の法律改定が国会で通りましたので、ご報告いたします」
「うん、これで兄上がこの国に戻ってこられるというわけだ」
どうやら、ファインが提案した追放された王族は帰郷を許されるという法律が改定されたようである。これに彼女は喜びを見せるのだが、どのみち、彼がモヒトツ王国へと戻ってきたとしても、自分との婚約は――。
――お父様はお許しにならないでしょうね。でも、いいわ。わたくしは身分を捨てる覚悟はある。あのときお会いしたエンサ王子様と共に過ごしたいから。
エンサが好きだから。その思いだけでも彼女は動ける。まずは書類が保管されている棚を調べなくちゃ。この小さな体では文書をお持ち帰りできないが、内容を記憶することぐらいはできる。ファインは必死になりながらも、書類が保管されている棚を上る。耳は二人の会話を傾注しながら。
「しかし、大臣。仮に兄上がまだ生きていたとして、あの森から出る手段はあるのか? 僕は出入口がないと聞いているが」
「そうです。ありません。脱出したとしても、その方法は崖を登るぐらいでしょう」
「なかなか難しそうだ。もしかして、調査団とかもそうして入るのか?」
「彼らの場合は魔法を利用しておりているようです。ですが、あの森を調査したいと思っている者は、まず、この国を出ていきます。先代国王が魔法を禁止にしておりましたので」
「父上も難儀だな。魔法というものは便利であるだろうに」
どうにか書類らしきものが置かれている棚の一段目を上った。だが、これらは違うものらしい。法律に関するものばかりである。そうとならば、まだ登らなければならないのか。ファインは大きく息を吐くと、再び棚を上り始めた。
「幼い頃、他国へと来訪した際に見せてもらった魔法は見事なものだったのに。それに、父上だって感心していた。兄上もだ」
なぜに先代国王は魔法を嫌ったのか。それが謎でたまらない。そのようにして、ケンコが悩ましい顔をしていると――セイレイが教えてくれた。
「先代国王は西方の国と戦争をしないという意味合いを込めて、魔法禁止になされたのではないでしょうか」
「そうか。父上は小心者で臆病だったのか。それならば、死んで同然だ。そんな王がいては民に示しがつかないからな」
ケンコの発言にファインの足は止まった。思わず、二人の方を見た。彼は父親の死について、悲しそうにはしていない。むしろ、死んで当然であると思っているようだ。
「そして、兄上も父上に似ている。魔法を使わないで、よその国に勝とうなんてよく考えがつくものだよ。そんなのだから、遠征にも時間がかかったんだ」
「ええ。おまけに形としての制圧でしたので、まだ暴徒や残党の処理のため、精鋭部隊の三分の一は駐在しているようですよ」
「うーむ、それではほんの少しだけ時間がかかりそうだ。だが、西方の国を落とすにはそこまで時間もかかるまい?」
「ケンコ国王様のお考えになった作戦であれば」
「そうだ。僕はいつだって正しい。ああ、早く証明しなくちゃ」
にこにこと笑顔を見せるケンコではあるが、やはり不気味である。本当に十一の子どもかと思うほどの策士としているようだ。
ファインは二段目を上り切って、書類を確認した。これは、軍事もののようだ。あった! 急いで、文書に目を通そう。
「僕を子ども扱いばっかりしやがる連中にはしっかりと言い聞かせないとね」
「そのようで」
「それでも、聞かないやつは死だ」
ケンコのその考えに反応するかのようにして、執務室にある机の上が強く光ったではないか! あまりの眩しさにファインは目を瞑る。そうしていると、膝を地面にぶつけてしまい――。
「痛いっ!」
「ファイン王女様がなぜにここに!?」
あれは魔法と言うべきなのだろうか。ケンコの考えに反応してしまい、ファインの小さくなる魔法が解けてしまったのだ。そこで、彼女は二人に姿を見られてしまい――。
◇
持っていた魔法石を奪われ、ついには手足すらも拘束され、汚い牢獄にぶち込まれた。思い出すだけでもファインは歯噛みをする。ケンコは本当にお子様な感情論を持ってはいるが、頭は良さそうだ。であっても、そのくだらない思想のせいで――。
――先代国王様はきっと、あの子ども王様に殺されたんだわ。
そして、いくつか年が離れているエンサも巻き込む形で――。
であるが、あの暗殺事件の犯人がケンコだとしても、疑問はまだ残っている。子ども扱いをして欲しくないと思っていたとしても、実質、十一歳の子どもであることは間違いないだろう。だからこそ、この事件にはまだ関与している人物がいるはずだ。あやしいのは大臣セイレイである。彼が政権を手にするために、ケンコを唆していたとすれば? 十分にあり得る話だ。確信ではないが、この話を本当は誰かにバラシてやりたい。生きていると知ったエンサに話したい。
――本当、あの魔法って便利だったわね……。
今、この場にいつも持っていた魔法石がないことが悔やまれる。ああ、エンサは無事逃げ切れただろうか。あの女幽霊はきちんと誘導してくれただろうか。
そのようにして、大きくため息をついていると――。
「ファイン王女様」
突然と出現したあの幽霊にファインは驚いた。心臓が飛び出るほどのびっくりである。
「あ、あなた、戻ってきたのね? それで? エンサ王子様は? 無事に逃げられたの?」
「それが……」
女幽霊は自分たちのことについて話した。エンサの現状、コトの状況など。おそらくはファインも知りたがっているだろうと思って。
エンサがこの地下牢獄にいると聞いて、ファインは「なんでよ」と涙目でいた。
「逃がして、って言ったのに。なんで、その子を逃がすの?」
「エンサさんはコトちゃんが偽物の短剣を持っていることを知られたくなかったようです。だから、先にコトちゃんを逃がして、自分は後からにしたのでしょう」
「でも、わたくしはエンサ王子様を……」
「そのエンサさんから言伝を預かっています」
そう言う女幽霊――ロゼンヌは言う。
「『私たちは必ず、この牢獄から出ることができる日がいつか来る。それまで、辛抱していてくれ』とのことです」
「王子様が……?」
「はい。そのために、私はエンサさんより仕事を承っていますので。もし、エンサさんに何かお伝えしたいことがあれば、私が中継役になりますよ」
「じゃあ、『わたくしはいつまでも待っています。一年前のモヒトツ王国建国記念パレードでお会いしたあの日から、ずっとあなたのことをお慕いしておりました。毎日、毎日王子様の文を読んでは、いつしか本当の夫婦になれることを夢見ており、それを待ち望んでいました。星々にもお願いをしました。毎晩、窓の外に出ている星空を見つめては、流れ星が来る度に——』」
「あ、あの、長い言伝はちょっと……」
「頑張りなさいよ」
「無理ですよ。幽霊にもできることと、できないことだってあるんですから」
「じゃあ、『わたくしはあなたと共に出られることを心待ちしております』とだけ。後は、再会してから言うわ」
「それが一番ですね」
それでは、エンサさんに伝えてきます。そう言うロゼンヌは消え去るのだった。その場に残されたファインは微かではあるが、希望が見えたと頬を緩ませるのであった。




