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第三十四話:ようこそ、歓迎しますよ

 エンサのことを知っている女性は地下牢獄に閉じ込められ、更には手足を拘束されており、身動きが取れそうにもないようであった。それでも、彼女は諦めようとはせずに、どうにか拘束具だけは解こうと躍起になっていた。そんな女性にロゼンヌはもしかしたら、とエンサの父親の暗殺の件について何か知っているかもしれない。そう考えて「あのう」と彼女に声をかけてみるのであった。


「あなた、エンサさんのことをご存じなんですか?」


 唐突に話しかけてきた場違いな女。しかも、下半身がない。おまけに、体が透けている。ということは――。


「な、なんですの!? 幽霊!?」


「はい、幽霊です」


「……変わった幽霊ね」


 怪訝そうながらも、女性は「あなたもエンサ王子様のことを知っているの?」とロゼンヌに訊ねた。これに彼女は大きく頷く。


「今、この国の王であるケンコ国王にお会いされていますよ」


「なっ!?」


 一際大きな物音を立てながら、女性は驚いていた。表情からして、嬉しさというものがあるようだが――同時に不安も抱えている様子。


「なぜにあなたがエンサ王子様のことについて知っているかは後で問い詰めるとして……あの子ども王様に会いに行かれているっていうの!?」


「まあ、十一歳は普通に子どもですよね」


「そんなの危険だわ! 今すぐにでも逃げるように伝えないと!」


「どういうことですか?」


「あのガキ大将はね、エンサ王子様を貶めるつもりよ!」


「段々と口が悪くなっていますね」


 そんなことはどうでもいいのっ、と怒鳴る女性であったが――通路の方から足音が聞こえてきたではないか。まずい、見張り兵だ。焦る女性であったが、ここで彼女は「わたくしは西方の国の王女ファインよ」と目の前にいるロゼンヌに頼るしかないと考えているようだった。


「いい? 子ども王様はエンサ王子様を消そうと考えていた邪悪な弟よ。理由は知らないけど、相続関係かしら? とにかく、今すぐにぱーっとエンサ王子様のもとに行って、あの子どもにバレないよう逃げるように説得して。このままじゃ、あなたの命が危険ですって」


「構いませんけど、あなたは……?」


「いいから、早く!」


 かなりの切羽詰まった様子にロゼンヌはその場を後にした。とにかく、急いでエンサのもとへと向かわなければ。だが、理由なしに彼はこの話を信用してくれるのだろうか。


     ◆


 西方の国との戦争での勝つ方法がある。そう得意げになるケンコにエンサは問題ないならば、いいのだがとこれ以上の口出しをすることはなかった。そちらよりも、とケンコは彼が森の生活を知りたそうにしているようだ。


「ねえ、兄上はあの森の中でどんな生活をしていたの? 箱に詰められていたのに、どうやって出たの?」


「とある人たちに助けてもらったんだ。それで私はどうにか森での生活もできていたんだ」


「その助けてくれた人って? 人間? ゲストルームに女の人がいるって聞いたけど」


「コトという女性とポチという魔物にだ。いや、彼らだけじゃなく、ティキンやプォーク、メガミにサーカスくん、夫人……ダルマさん」


 彼らがいたからこそ、こうして故郷に戻れた。だが、彼らに突き放されたからこそ、もうあの森には戻れない。そう考えると、嬉しいはずなのに寂しいと感じた。


「そんなに人間がいたの?」


「いいや、人間は私とコトだけだ。後は魔物だったり、幽霊だったりだ」


「……よく兄上とその女性は生きていたよね」


「私よりも彼女がそうであるな」


「たくましい人がいるもんだね」


 僕には到底できないや、と苦笑いをするケンコ。それにつられて、セイレイも小さく笑う。この雰囲気にエンサの心はとても温かくなった。ああ、家族っていいな。そう思っていたのだが「ところで兄上」とケンコはにっこにこで訊いてくる。


「森の中で何か見つけなかった?」


「何かとは……食べ物か? それだったら、ガッツさんというものがあるぞ。ちょうど、残りを持っているし、食べてみるか?」


 エンサはコトが作ったガッツさんの天日干しをケンコに差し出した。それを見たケンコは表情を一瞬にして引きつらせるのであった。彼は一か月もの間、こんな芋臭そうな、ただ単に生きるために食べられるものを食べていたのか、と。それは何もケンコだけでなく、セイレイも思っていたことである。差し出されたガッツさんが要らないとも言えずに、とりあえずは受け取った。


「見た目は悪いようだが、味は鶏肉に近い。それに普通に美味しいぞ。なんせ、魔法の炎で焼いたものだからな」


「こ、これは後で食べるよ。今、お腹いっぱいなんだ」


「そうか」


「というか、僕が訊きたいのは森の外部から何か来なかったか、ということなんだ。何もなかった?」


「……私が持っていた短剣にそっくりなチープものか?」


 そう言ったとき、ケンコは子どもじみた笑みとは真逆の不気味な笑顔を見せてきた。そのにんまりと口角を上げた彼は今まで見たことのないものである。それにエンサはぞっとした。あまりにも気味が悪かったから、助けを求めようと、セイレイを見た。セイレイはじっとこちらを無表情で見ているではないか。何なのだ、この空気は。


「兄上、その短剣を僕に渡してくれない? 今、持っているんでしょ?」


「そ、その前に、私の……本物はどこにある?」


「僕はモヒトツ王国の国王だよ、兄上」


 その笑顔は絶やさないケンコ。もしかしたら、それが合図だったのかもしれない。入口にいた衛兵たち、謁見のまで等間隔に立っていた衛兵たちが。ゆっくりとこちらに近付いてきていた。手には槍が。剣が。盾が。ゆっくり、ゆっくりと来ている。


「け、ケンコ?」


「兄上は身分を剥奪された罪人だもの」


「わっ、私は父上を殺してなんかいない!」


 身動きは取れるようだった。椅子から立ち上がるエンサに衛兵たちの近付くスピードは速くなる。


「第一に私が父上を殺して何になるというのだ!?」


 握りこぶしを作り、ケンコを睨みつけるエンサ。一方で受け取ったガッツさんをケンコは床に落として、わざと踏み潰す。その直後、ガッツさんの小さな悲鳴が響き渡り、一瞬だけ誰もが硬直する。そのおかげといっても過言ではない。ロゼンヌの姿が見えたのだ。きっと、彼女であるならば、自分の心中をわかってくれるはず。


「エンサさん、逃げましょう!」


――違う!


 動きが戻る衛兵たち。幾人かは眉をひそめていたが、構うものか。


――コトと一緒に逃げろ!


「で、ですが、ファイン王女が地下牢に……!」


「ファイン王女が、地下牢にだって?」


 その言葉にケンコは反応を見せた。そして、すぐさまに「その罪人を早く捕らえろ!」と声を張り上げる。これにエンサはどうにかする、とロゼンヌに告げた。


――私のことはどうとでもなる! 今はとにかくコトを連れて逃げろ!


 彼の指示に、心意気にロゼンヌは従うしかなかった。


     ◆


 今頃、エンサは家族と再会しているだろうし、ロゼンヌはのんびりと城の探検に夢中だろう。そう考えていたコトはぼんやりとゲストルームにいた。そうしていると、召使いの人がやって来て「もしよろしかったら」とお茶を出してくれた。そっと差し出されたそれは美味しそうなお茶である。


「ありがとうございます」


 コトは召使の人から出されたお茶を飲もうとするのだが――。


「コトちゃん!」


 壁からすり抜けで現れたロゼンヌは慌てた様子でいた。彼女は早く、とコトを急かす。


「逃げよう! 私たちが危ない!」


「えっ? でも……」


「いかがなされましたか?」


 召使いはロゼンヌが見えていない。それだからこそ、いきなりびっくりして見えない何かにきょとん顔をしているのは訝しいものである。であるが、そのようなことロゼンヌには一切関係なかった。


「エンサさんは、コトちゃんを逃がしたいそうです! ケンコ国王はコトちゃんが持っている短剣を狙っているんです!」


 だから、悠長にしていられない。そう言うロゼンヌはコトを引っ張って部屋の外へと出た。出口へと向かって走る。後方の方から「追いかけろ」だなんて怒ったような声が聞こえてくるではないか!


「ろ、ロゼンヌさん、エンサに何が……? 王様が……?」


「詳しいことは、敵を撒いてからです! 城下町の入口の方に馬借がありましたね!? コトちゃんは馬に乗れますよね!?」


「う、うん、乗馬クラブに入っていたから」


 コトは追いかけてくる衛兵たちを見た。彼らは絶対に逃がさないと躍起になっているようだ。これは、捕まっていては危険である。そう確信した彼女は馬借屋に申し訳ないと思いつつも、馬を拝借して王都から逃げ出すのであった。


 だとしても、逃げる先はどこへ? コトは知らない。知っている場所はあの名前を知らない見知らぬ森しかない。だが、あの場所へ行くにしても――。


「森は人間を拒むし……」


 どうすればいい? 後ろからは同じように馬に乗って追いかけてくるモヒトツ王国の兵士が。しかし、あの森にはもう行けないはずだ。


――ポチ……。


 いつの間にか、手にはポチを呼ぶ白い笛が。そのようにして、よそ見をしていたのがいけなかったらしい。馬が悲鳴を上げて、コトは地面へと落とされてしまった。


「コトちゃん!」


 ロゼンヌは時間を稼ごうと、馬から降りた兵士を叩く。相手は彼女が見えないから、困惑をしているようである。であるが、これでどうにかなるとは思えない。そのため、コトはイチかバチかで白い笛を吹いた。ポチが来てくれたら、嬉しいなって。


 だがしかし、白い笛を吹いた場所とポチがいる位置は遠いはずであろう。必ずしも来てくれるとは思わない。おまけに、聞こえてきてくれたとしても――ロゼンヌの時間稼ぎだけでは間に合わなさそうだった。すでに、彼らの手が伸びてくる。


「ポチぃ!」


 怖い、怖い。嫌だ。そんな思いを抱きながらも、わずかな希望に縋るコトは叫ぶ。もしも、このまま捕まったとしても、自分の家に帰られないだろう。


 兵士の手がコトの手を掴んだ。ああ、もうダメなんだな。そう思っていたら、視界の端に白いものが見えた。えっ? と顔を上げれば、兵士の手が離れる。


「コト!」


 その兵士を地面に倒すようにして、現れたのは白い毛並みを持つ大きな狼の魔物、王狼――ポチだった。

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