第三十三話:その目で何を思うか
スパイの疑いが晴れたコトは大きく安心した様子で布を取った。現在、三人がいるのは馬車の中。だが、外にはたくさんの警備役が配置されているようだ。こちらをまだ疑っているからなのか、かなり厳重に護送をされていた。これにエンサは眉根をしかめる。
「なかなかどうして。これでは逃げようにも、もう逃げられないな」
「なんか、私たち……道を占領しちゃっているね。他の人、通れるかな?」
「心配するところがそこなのがコトらしいな」
「でも、王都まで送ってくれるんでしょう? 都合がいいですよ」
そう言うロゼンヌは外の景色を楽しんでいるのか、首から上だけは天井を突き抜けさせた状態でいた。これは自分がツッコミをするべきなのだろうか、と困惑に思うが――まあ、周りの兵士たちは彼女に気付いていないようだ。自分たちのことを二人として認識しているのだから。
王都への要件はケンコに会いたい。そう憲兵らに申請してみれば、すんなり通った。やはり、法律が改定されているようだ。しかし、なぜに帰郷を許す真似などを考えたのか。まだケンコやセイレイは自分のことを家族だと認識してくれているのだなと思いたい。
森の中での生活は遠征のときよりも短い期間だったのに。遠くに見える王城が視界に入ってからはとても懐かしかった。たった一か月の間だけなのにである。
なんてぼんやりと考えごとをするエンサに「ねえ」とコトが訊ねてきた。
「エンサの弟ってどんな人なの? 私も会ってお話してみたいな」
「ケンコは十一の子どもだが、大人顔負けの知識人でもあるぞ。きっと、コトは言い負かされるかもしれないな」
「えー、ひどいよう」
ぷーっとふくれっ面を見せるコトに笑うエンサとロゼンヌ。だが、ここで馬車を操縦する兵士がコトを睨みつけてきた。その視線はまるで自分を仇であるかのようなものだった。兵士の睨みつけに彼女が肩を強張らせる。
「貴様、誰に向かってそんな口の利き方をしているんだ? 相手はエンサ王子様だぞ」
どうやら、普段通りにエンサと話していたのがいけなかったらしい。彼自身が王族としての身分を捨てるとは言っていたものの、そのことは彼らが知る由もない。だからこそ、コトが小さくなっていると、エンサは「構わない」と逆に兵士を睨み返した。
「彼女は私の命の恩人なんだ。それぐらい、許してやれ」
「し、しかし、民に示しがつきませんが……」
「ならば、私が民としてあなたと対等になれるような会話をすればよろしいですか?」
「王子様、そんな……滅相もございません!」
余計に首を突っ込んでしまったと馬車を操縦する兵士は後悔した様子で前を向いた。それからというものの、彼はコトの発言や態度には一切口出しをすることはなかったという。
◆
目の前には大きな城がそびえ立つモヒトツ王国の王都。城下町では人々であふれかえっており、賑やかだった。その様子を馬車の中で見ながら、入城していく。城の中でも召使やら兵士やらでたくさんいた。これにコトは驚きつつも――。
「失礼します」
彼女に呼びかけてきたのは黒いローブを着た召使の人だろうか。その女は優しそうな顔でニコニコと近付いてきた。ローブの女の心の中に気付いたロゼンヌは「魔法石は持ち込みがダメみたいですね」とコトに助言をする。実質、その通りであり、ローブの女は最初からコトが魔法石を持っていることを見抜いた様子で「お預かりいたします」と言ってきたのだ。こればかりは仕方あるまいとして、彼女は魔法石を出して渡した。
「石は一つだけでしょうか?」
「はい」
「それでは、退城時にお返しいたしますので」
頭を下げて下がるローブの女。一方でエンサも所持していた魔法の斧を兵士に渡していた。どうやら、城全体は外部の者には厳しい様子。ならば、この短剣も渡すべきだろうか。森にあった死体のカバンをコトは持っていた。その中には保存食と短剣がある。だが、そのことについて、誰も持ち物検査をしようとはしなかったようだ。
「武器類を見抜ける人がいるんですかねぇ? でも、その短剣はどなたも気付いていないようですし、持っておいても問題はないかと」
実際にその通りだ。エンサとロゼンヌにしか知らないはずの魔法石を所持していたことに気付かれた。だが、短剣だけは何も言及してこない。もしかして、あのローブの女は魔法石を持っているかどうかだけを見抜く魔法が使える?
なんて考えていると、ロゼンヌが「そうかもですね」と一言。こうして、三人はケンコのもとへと案内される――とはいかず、彼に会うことが許されたのはエンサだけであった。コトとロゼンヌはゲストルームで待機となる。であるが、ロゼンヌは幽霊である。二人以外の誰にも気付かれていない。だからこそ――。
「ロゼンヌさん、面白いものがあったら、報告してね!」
自由見学ができないコトは残念そうに保存食のガッツさんを噛みしめながら「あのチーズが食べたいよう」と嘆くのであった。
◆
謁見の間へと案内されたエンサは玉座に座るケンコを見た。たかが一か月も見なかったというのに、あまり変わらないから安心をする。ただ、国王としての証である王冠は彼にとって大きいもののようで、ぶかぶかである。
「兄上」
兄に会えた嬉しさがあるからなのか、ケンコは玉座から立ち上がると、エンサへと駆け寄った。そして、ハグをする。
「ケンコ……」
そして、エンサの視界の隅にはそっとセイレイが入ってくる。二人に会えたということがこれまでの緊張感や恐怖心がなくなった気がして――そのまま、ケンコを抱きしめたまま座り込んでしまった。
「兄上? どうかしたの?」
「いや、あまりにも安心が強くて腰が抜けてしまったよ」
「僕も兄上に会えて嬉しいな」
にっこりと子どもさながらの無邪気顔にほっとするエンサは腰抜けの状態で、積もる話もあるのだが――一番に訊きたいことである戦争のことについて訊ねた。今、モヒトツ王国はどこの国と戦争をしているのか。モヒトツ王国はどんな状況であるか。
「政治や軍事には口出しするつもりはないが、気になっていたんだ」
セイレイが椅子に座るように、と持ってきてくれた。それに甘えるようにして、エンサは腰を掛けた。ケンコは立ったままの状態で「安心してよ」ととても自信満々のようである。
「モヒトツ王国の軍隊はどの国にも負けないぐらい強い! だから、西方の国なんてすぐに負けるさ!」
西方の国との戦争? 欲しい答えだったのだが、とても嫌な予感しかしなかった。この一か月間の間でそうなっているということは、同盟を棄却しているということ。それは祖父の時代より大切にしてこなければならないものを捨ててしまったということ。一気に血の気がなくなっていく気がした。青ざめるエンサにケンコは「どうしたの?」とこのモヒトツ王国の現状を理解していないようである。当たり前だ。彼はまだ十一の子ども。誰も教えていないのか? 意見をしていないのか?
「あの国が西方の国という名前がないような国がなぜにそう呼ばれているか知っているか?」
「何を当たり前なことを。大陸半島の三分の一も領土に持っているから、そんな風に他国にも呼ばれているし、自負もしているんでしょ」
その当たり前のことを知っているのにも関わらず、ケンコはまだ重大なことに気付いていないのか? 自分は口出ししないと宣言をしていたが――言いたい。このまま、普通に戦争をしていたとしても、勝てる見込みはゼロだ、と。口にしたいことをこれ以上は言うまいとして、エンサは頭を抱えるが、ケンコは「兄上は何をそんなに恐れているの?」とニコニコ笑顔。
「西方の国がモヒトツ王国に勝てるわけがない」
――違う! 逆だ!
「その証拠に僕とファイン王女は赤い糸で結ばれているからね」
「えっ……?」
ケンコの言い分だと、ファインと内通にあるということなのだろうか。だが、待て。自分が追放の刑に処されている時点で、彼女との婚約は解消されているはず。だから、ファインにとって、この国は関係がないはずなのに――。
それとも、自分の婚約ではなく、ケンコと婚約をしているのか。それならば、納得がいくが――離縁すらもしていないとは。
ますますケンコを不審に思うエンサ――その一方で、自由に探検し過ぎて、道に迷ってしまったロゼンヌは無意識の内に地下牢へとやって来てしまっていたらしい。
「流石に怖いですねぇ」
自分が幽霊なのに、その発言とはいかに。場所の雰囲気からして不気味だと感じるロゼンヌはコトのところへと戻ろうとするのだが、ガシャンと音が鳴った。何の音だろうか、とそちらの方を見れば――一人の女性が手足を鎖で拘束され、投獄されているではないか。そんな絶望的な状況であるにもかかわらず、彼女は歯軋りしながら「絶対ですわ」と意気込んでいた。
「わたくしの国は負けないし、エンサ王子様も生きている!」
その女性はエンサのことを知っている人物のようである。




