第三十二話:都合がいいこと、都合が悪いこと
デーグチ村は、基本的にどこにでもあるような村だ。エンサはそうコトとロゼンヌに説明をしてあげた。のどかな場所で、酪農が盛んらしい。特筆するべきものは、その酪農で造られるチーズが絶品であるとか。
「いつも食卓に上がるほどだ。それに、兵士たちの食糧としても産出してくれるからありがたい」
「いいですね。私も生きていたらなぁ」
「美味しそうだね、食べてみたい」
なんて味の想像しかできない三人は哀れかな。お金がないのだ。それだからこそ、コトはガッツさんの天日干しを取り出して、「これがこの村で作られたチーズ!」と誤魔化し食べていたが――。
「普通にガッツさんの味しかしない……」
当たり前である。
◆
さて、ここがデーグチ村であることが判明した今、三人がするべきことは王都への道を知ることだった。どちらが北の方角であるかはわかっている。太陽を見ればわかるからだ。だが、肝心なことにどのルートが王都へと続くかを流石のエンサも知らないのだ。そのため、聞き込みをすることに。訊くのはもちろん、コト。本来ならば、エンサもするべきなのだろうが――正体がバレたら厄介だ。それをコトもロゼンヌもわかっていたからこそ――。
「任せて! 私がちゃんと聞いてきてあげる!」
「不安だが、任せたぞ」
エンサとロゼンヌは村の入口付近で待機することに。意気揚々とコトは村の中へ。一目見た瞬間、牛やら羊やら。動物たちがたくさんいた。そして、その家畜たちを世話する村人も。
誰に声をかけようか。そう考えるコトは近くにいたおばあさんに「こんにちは」となるべく笑顔で話しかけた。
「あの、私、王都に行きたくて。どの道を通っていけばいいですか?」
「あら? 旅人さん? ごめんなさいねぇ。あたしは王都に行ったことがないから」
「そうですか、ありがとうございました」
ただ単に王都への行き方を訊くだけなのに。これまで以上に緊張する質問だった。それでも、一人目に話しかけることができたから、その緊張は少しだけ和らいだ気がした。よし、他の人なら知っているはず。やる気を出したコトはそのまた近くの村人に訊ねることに。
「悪いな、ほとんど家畜の世話に追われていて」
「家畜に子どもの世話。それどころじゃないわ」
「おじいちゃんなら知っているかも」
「あいつなら知っているかもな」
「悪い。今、手が離せないんだ」
誰に話しかけても、答えはなかった。困り果てたコトは腕を組んで、村を見つめた。誰もがするべきことに追われているようで、とても忙しそうである。どうしたものか、と考えていると――。
「憲兵さんに訊いてみてはいかがでしょうか」
いつの間にか、ロゼンヌがいた。どうやら、道を訊ねるだけなのに時間がかかっていることに疑心を抱いているらしい。彼女のアドヴァイスにより、コトはどこかおっかな怖そうな感じのモヒトツ王国の憲兵に「あの」と声をかけた。鋭い双眸がすぐにコトの方へと向けられた。怖い、と思いつつも「王都への行き方を知りたいんですが」とこの質問はしてはいけなかったらしい。直後、ロゼンヌが「逃げてくださいっ!」と声を張り上げたではないか! その言葉に硬直してしまうコト。憲兵にはロゼンヌの声どころか、姿も見えないようだ。わざとそうしているのか。
「何者だ、貴様」
「えっと、私は旅人です。あっちの方から来ました」
そうコトが指差した方角は見知らぬ森があった方向。これにはロゼンヌの助言すらも役に立たないぐらい、憲兵の発言の素早さはとんでもなかった。
「あちらに町も村もない。あるのは峡谷のみだ」
「は、はい、そうなんですけど……」
「このご時世にそのような質問を訊ねてくるとは。貴様、もしやスパイだな!?」
「コトちゃん、逃げて!」
このままでは確実に捕まってしまう。ロゼンヌはコトの手を引っ張る。その手の冷たさに反応した彼女は憲兵に背中を見せて逃げ出すのであった。
◆
ロゼンヌがコトの様子を見に行くと言い出してから、エンサは独りでいた。近くの木の下へと座り込み、ぼんやりと景色を眺めるだけ。家畜たちの鳴き声、風の音を穏やかな心で聞いていたら――。
「新しい王様は何をお考えなのやら」
村人たちの会話が聞こえてきた。新しい王様? それはもしや、ケンコのことだろうか。エンサは彼らの話に耳を傾けた。
「まあ、おかしな話だよな。親殺したなら、普通は処刑なのに。それを追放だって」
「その追放から最近になって、更に変えたんだろ? 帰郷を認めるって。理由がよくわからないなー」
帰郷を認める? エンサは眉根を寄せる。そもそも、そのようなことをしていては、追放の意味がないように思えるが――こちらとしては少しばかりはありがたいものではある。それならば、一度だけ城の地下へと行くこともできるし、メーゼル家も安易に探しやすくなるはずだ。
「あれだろ? 王族の特権ってやつ。今頃、追放された王子様は、本当は追放されていなかったりして」
「かもなぁ……ん? あれって?」
「おお? 憲兵が誰かを追いかけているな。また勘違いかね?」
村人たちの会話を一通り聞いたエンサは彼らの視線の後を追ってみれば――。
遠くからは見たことのある二人が走ってきている。そして、その後ろからは血相を抱えた憲兵が。彼女たちが何かをやらかした? とてもそうとは思えないようだが?
ゆっくりと立ち上がり、彼女たちを落ち着かせようと声をかけようとするも――。
「逃げるよっ!」
勢いよ過ぎて、自分が引っ張られる側に。後ろからは憲兵が「待て、スパイめ!」と怒鳴っているところからして、彼はコトをスパイと勘違いをしているらしい。
――憲兵か。それも割と鋭い慧眼の持ち主かな?
であるならば、この憲兵を利用してやろうではないか。そのように考えたエンサはコトとロゼンヌに「大丈夫だ」と口を開く。
「私に任せて欲しい」
そう言うと、厄介だからとか捕まりたくないからと言っていたのに、彼は頭に被せていた布を取ったではないか。そこから見えるのは燃えるように赤い髪の毛が。それは、モヒトツ王国の王族に見られる毛色である。それを、憲兵はよく知っていたからこそ、足を止めた。この立ち止まりに迷いを見せていることに気付いたエンサは「私が誰だかわかるだろうか」と訊ねた。
「私たちはモヒトツ王国と隣国の国境沿いにある峡谷の森から来た」
「あ、あなたは……」
憲兵の様子からして。最初は薄汚れた顔で誰だかわからなかったが、見抜いた村人たちはすぐに跪いた。すぐに憲兵も跪く。
「え、エンサ王子様……!」
「この村の名前や位置を把握していても、王都までの道がわからないのだ。悪いが、教えて欲しい」
本当はこの手を使いたくない。だが、こうしてまで利用していなければ、どこかの国と戦争をしているモヒトツ王国は自分たちに何も教えてはくれまい。
「追放された身ではあるが、何やら帰郷が許されるようになったそうだな」
◆
衛兵よりエンサがデーグチ村に現れた、という報せを受けたケンコ。彼は玉座に深く座りながらも、深々とため息をついた。そして、その衛兵に告げる。彼を王都まで丁重に案内して差し上げろ、と。その命令に従い、衛兵はすぐさま行動に移す。それにケンコはもう一度鼻でため息をつき、セイレイは衛兵がいた場所を見つめるのであった。




