第三十一話:暗闇に見える光に縋る
先も見えない暗闇。その中に、一つの明かりが灯る。コトの炎魔法であった。その光を頼りにして突き進む。道は上り坂のようになっていて、かなり急だった。そのため、エンサは彼女やロゼンヌに「気をつけろ」と声をかける。これに彼女たちは大きく頷く。
エンサの背中を見る度に、今朝のダルマさんとのやり取りを思い出してしまう。本当にダルマさんは早く出ていって欲しかったのだろうか、と考えていると――足を滑らせて、転びそうになった。
「大丈夫か?」
「う、うん、大丈夫だよ」
「疲れたならば、休憩するのが一番だ」
どれほどの距離なのか。果たして、この先が本当に森から抜けられる道となるのか。確信はない。だが、こうして坂みたいになっている道を上っているということは、案外出口が近いのかもしれないのだ。そのわずかな希望すらも諦めてはならなかった。ダルマさんにあんなことを言ってしまった手前だ。本当に出ていかないと――。
――出たとしても、だ。
父親を殺した罪に問われているエンサ。それも、冤罪だ。誰もが自分が殺害したと認識しているはずだ。その当たり前を覆せるか。証拠があまりにも不十分過ぎる。現場に残されていた自分の愛用の短剣。今はない。代わりに偽物の短剣がある。それはコトが現在所持しており、使用していた。
「はい、王子」
コトから渡されたのはガッツさんをすり潰し、固めて少しばかり天日干ししたものである。それを受け取りながらも「ありがとう」と小さく齧る。何度も聞くガッツさんの独り言。そこで思い出したこと。そう言えば、と彼はコトとロゼンヌに「今さらだが」とどこかやるせない表情を見せていた。
「私のことは王子なんて言わないで欲しい」
「えっ、でも王子は王子なのに……」
「どの道、身分を剥奪されている。それに、仮にここから出て、モヒトツ王国で父上の暗殺事件を調べようにも難し過ぎる。証明できないかもしれない。だから、ケンコたちもどうすることもなく、私の処分は追放にしたのだろう」
「じゃあ、どうするんですか? モヒトツ王国には戻らないのですか?」
ロゼンヌは不安そうな顔をこちらに向けていた。エンサはそうではない、と首を横に振った。
「モヒトツ王国に戻らなければ、夫人はどうする? コトはどうする? 私はケンコたちに事情を話して、二人を自分の家へと帰す使命がまだ残っているのだぞ」
ロゼンヌは自分の家の帰り道がわからず。コトは城の地下にある魔法の鏡の向こう側に行かなくてはならず。そう、彼女たちが家に帰るためにはエンサがいなくてはならないのだ。それだからこそ、彼は「まずは王都を目指そう」と二人に告げた。
「コトの帰り道は明確だが、夫人は各貴族たちにメーゼル家を調べてもらうつもりではある。私の帰郷は許されないだろうが、二人のことならばケンコたちも了承はしてくれるはずだ」
そうそう時間はかからないだろう。そうエンサは言うのであった。
「だから、私は二人の帰りを見届けたら、国を出ようと思っている。もう王族としている気もないし」
「そっか、じゃあ……王子改め、エンサ……? で、いいのかな?」
「ああ」
「でも、変な感じですね。目の前には国の王子様だったのが、身分をここで捨てるなんて宣言するなんて。ああ、悪い意味ではないんですよ。ただ、エンサさんの覚悟には感服するところがあるから」
「そのようなことはない。私は昔から気弱な性格だ。正直言うと、幽霊とか暗闇が怖い」
「あら、私とは普通にお話しされているのに」
「イメージじゃ、こちらの話を聞かずして、自分本位で動く存在だったんだ。それに、夜にしか出ないのに」
幽霊の概念が壊された気分だ、とエンサは言う。それにロゼンヌは「偏見は持たない方がいいですよ」と苦笑い。
「当たり前というのは、いつ非常識に変わるかわかりませんからね」
「ああ、それわかる。私のお父さんも似たようなこと言ってた」
「その言葉に関しては、そこに当たり前を覆す非常識人がいるから説得力は強いな」
エンサは笑いながら、残りの一口を食べて飲み込むと、立ち上がった。そろそろ出発しようか、と二人に促す。これに彼女たちは従った。
また上り坂のような道を、足元に気を付けて行き――前方にはコトの炎魔法以外の明かりが見え始めた。ぼんやり、と白色の光がある。もしかして、と三人の足が速くなった。何やら、草やら緑のカーテンが邪魔をしているようだったが――。
「ここは?」
自分たちがいた拠点付近とは違って、木漏れ日がたくさん入ってくるような場所だった。それでも、鬱蒼していることには変わりないが、あちらよりは断然マシである。三人の目先には森ではない場所が見えた。そちらの方はただっ広い草原。これほどまでに太陽の光を浴びたことはないと言わんばかりの日差し。少しだけくらくらしそうだ。
「森ではなさそうですね」
「そうだな。まずは道を探そう。って、幽霊は普通に日の光も大丈夫なのか」
普通に草原の上に立つロゼンヌ。彼女は本当に幽霊なのだろうか、と疑わしいが――あまり気にしてはいけないのかもしれない。ロゼンヌは「大丈夫ですよ」と能天気に移動する。そうして、少しの間歩き続けていると――。
「あっ、人だ」
コトが人の姿を捉えたようである。彼女の視線の先を追えば、確かに人がいた。その人は馬に乗っており――姿格好はモヒトツ王国の兵士であるように思える。ということは、自分たちがいるこの場所はモヒトツ王国であるのは確実だった。だが、モヒトツ王国のどこであるかはまだ把握できない。どこか町や村へと寄りたいところだ。これでも、エンサは国の町や村の名前はすべて知っている。建国記念日のパレードで国中を回るから。
それだからこそ、と考えたエンサは持ってきた荷物から一枚の布を取り出した。この布は箱に詰められたときに被せられたものだ。今見ても忌々しいが、こういうときに役に立つものだと彼は布を頭に被せるようにして、顔を隠す。その様子に「どうしたの?」とコトもロゼンヌも気にしていた。
「おう……エンサって日差しはダメなの?」
「いや、違う。これはただ自分の顔を隠したいだけだ。これでも私は国中に知れ渡る顔をしているんだぞ。特に兵士たちに見つかれば厄介だ。下手したら、捕まるかもしれない」
「人気者はつらいですね」
「人気者ってわけでもないのだが……」
一応は似たような格好をさせるためにも、とコトにもその布を渡した。彼女もそれを頭に被せて、旅人風として道路に出た。多分ではあるが、他の人にロゼンヌは見えないだろう。本人談により、一緒に歩くことに。さて、この道から向こうの方に集落が見えるようだ。あちらの方へと行ってみて、位置情報を割り出さなければ。
エンサたちはほんの少しだけ安心感を持ちながらも、その集落へと向かうのであった。そして、その場所は――看板が立っている。デーグチ村というところ。ということは、この村はモヒトツ王国の南部にある村。ならば、北へと突き進めば、王都にたどり着けるはず。それまで、上手くいくといいのだが。エンサの不安はとても大きかった。




