第三十話:すべてが望み通りになるとは限らない
真っ暗な中、誰かが目を覚ましたようである。その者は機嫌悪そうにして、寝床を変えた。そこはサーカスくんと寝る場所を交換したエンサのもと。
「プォークか?」
「……あれ? ここってサーカスくんじゃあ? まあ、いいや。膝枕」
誰でもいいと言わんばかりに、プォークはエンサの膝の上に乗りかかり、再び眠りについた。エンサは寝転がった。耳をすまそうとしなくてもわかる小さな振動。これは馬の蹄の音。ここ最近の話だ。メガミは祭りが毎日あると思い込んでいるようだし、時折森の住人たちが怪訝そうにしてモヒトツ王国の方角を見ていた。
これが祭りであるとは思えなかった。今、モヒトツ王国はどこかの国と戦争をしているのだ。だが、どことしているのだろうか。我が国の戦況は? とても気になって仕方がない。いくら、この森に戦火がこないと考えていても、みんなして不安そうにしているのは事実であった。流石は野生の感とも言うべきだろうか。何かしらの音には気付いているサーカスくんはずっとコトと共に眠っている。その隣のベッドにはロゼンヌも。彼女も彼女でモヒトツ王国出身者だ。故郷を気にするのは無理もない。
「みんな、大丈夫だろうか」
眠気がゆっくり襲ってくる。小さな振動を体感しながら――再び、エンサは目を閉じるのであった。
◆
とってつけのようにして、枯葉や枯れ枝で壁の穴を隠している家の前ではみんなして神妙な面持ちで朝食をしていた。この森はとても静か過ぎる。いくらティキンたちがうるさくしていてもだ。それだからこそ、外からの音というのも聞こえてくるらしい。
それでも、この森に基本的人間が踏み入ることはない。それを知っているポチは「ところで」とこちらの方を見てきた。
「今日はどうする? 食料調達班を二つにするか?」
「え?」
もうある程度は畑のものだけでも全員分は事足りている状況だ。それなのにもかかわらず、ポチはそのようなことを口にしてきたのだ。それはまるで、食料を溜めておけと言わんばかりに。事実その通りのようで――。
「保存食を大量に作っておいたがいいかもしれん」
今、コトが作っている保存食だけでは足りないという。その意味にサーカスくんはコトに甘えるようにして、鳴いていた。
「でも、流石に兵隊さんたちがこの森に攻めてくることなんてないと思うよ?」
なんて否定をするコトではあるが、不安は隠せていない。確かめるようにして、こちらの方を見てきたからだ。
「それに、果物の種取りが面倒臭いし」
最大の理由がそれらしい。エンサはそれを支持するわけではないが、コトの言う軍人たちによる行軍はないと断言する。それに攻撃だって。
「ここはこの森だけとして存在しているんだ。どこかの国としてあるわけではない。道もないし、誰かが通るわけでもない。ましてや戦争をしているモヒトツ王国も他の国もここに攻撃なんて――」
「してこないとでも思っていたのか?」
知った声が後ろから聞こえてきた。そちらの方を見れば、顔を真っ赤にしていかつい表情を浮かべるダルマさんがいた。彼の両手には震えている小動物がいる。
「お前さん、本当に人間がこの森を襲うなんてことありえないとでも思っているのか?」
「ダルマさん、その子らは……?」
「お前さんたちの行動範囲外に住む者たちだ。たった今、人間が作った爆発する武器が森の中に入ったんだ。彼らはその被害者になる」
その言葉にエンサはひっくり返りそうになった。そんな彼をダルマさんは睨みつける。
「戦争をしているのはお前さんの国らしいな? それと関りがあるんじゃないのか?」
「待って欲しい。確かに、今のモヒトツ王国は戦争をしているようではある。けれども、今の私には一切関係ない話だ。それに、どこの国と戦っているのかも想像がつかないのに」
「じゃあよ、なんでお前さんはいい加減本気になって、この森の出口を探さない?」
ダルマさんの発言は周囲を凍り付かせた。ティキンが、プォークが、メガミが、サーカスくんがこちらを見ていた。その視線が痛いと思う。
「俺はお前と初めて会ったときに、ここを拠点として出口を探すとか言っていたけどよ……本気で探しているのか?」
「探してはいるが、ないんだ。ダルマさんも知っているはずだ。私たちがどうやってこの森に来たのかも」
「ああ、崖から落とされた、か? そんなのこの森には一切関係ねぇよ。あれだけ崖を登ってまでも今すぐに森から出るとか言っていたやつが呑気だな?」
「そ、それは……」
反論ができないエンサは視線を逸らした。そんな様子の彼にダルマさんは「ほらな」と鼻で笑っていた。
「本当はこの森を破壊するためにわざわざ崖から降りてまで来たんだ。森の出口を本当は知っているからこそ、悠長にしていられる。こうして、お仲間を作って楽しくしている。だろ?」
「この森に手出しはもうしないっ! だから、現に家の壁の穴はこうして誤魔化しているんだ」
それは一目見ればわかるものだった。かなりのハリボテ感が滲み出ているのだから。だとしても、そのことにダルマさんは一切関係なかった。本気で出口を見つけようとはせずにしているエンサにムカつきを覚えているようなのである。
「俺は睡眠時間を削ってまで食用種も与えた。それなのに、その種を他のやつに譲るのは悪いとは思っていないが、そうしているってことはどう考えても本気じゃないんだよな?」
「私はいつだって本気だ。ただ……ただ……」
出口は見つけてはいる。ただ、それが本物の出口であるかはわからないもの。であることを、口にできるはずもない。ティキンたちには黙っていることだから。言葉を詰まらせるエンサに「はっきり言えよ」と呆れていた。
「この森なんて出る気はないってよ」
言いたいことが言えない。これまでのエンサは一国の王子だった。だからこそ、言いたいことは何でも言っていた。どんなことでも意見を出していた。それなのに――ここまでにおいて、貶められるとは思わなかったからこそ――。
「あるに決まっているだろうっ!」
我慢の限界だった。
「出口らしき場所も見つけた! 準備ができ次第、出ていこうと思っていたんだ!」
我に戻ったときはもう遅かった。口を手で塞ぎ、ばつが悪いとでも言わんばかりの面持ちで視線を下に落とす。そんな彼にダルマさんは――。
「だったら、今すぐにでも出ていけ」
辛辣な言葉にまたしても、口が勝手に動く。
「言われなくともっ!」
もう後戻りなんてできないんだな、エンサは泣きそうになりながらも、森を出ていく準備をし始めるのであった。
◆
エンサが黙々と出ていく準備をしているさなか、コトは困惑を隠せていなかった。確かに彼はこの森を出るということは目標にある。そして、この自分も同じようなものだった。であるが、自分も一緒になって出ていってもいいものだろうかと考えてしまう。そんな風に苛む彼女に彼は「コトも準備をしろ」と言ってくるではないか。これにコトはポチの方も見た。
「王子の言う通りだな」
だが、ポチはエンサの指示に賛成をしていた。本当にこれでいいのだろうか。本当にこんなやり方でよかったのだろうか。ティキンたちやサーカスくんたちの様子を見たいが、彼らはどこかへと行っていた。拠点にはエンサとコト、ポチにロゼンヌしかいない。あれだけ賑やかなところだったのに。少ないのは寂しいものだった。事実、そう思っていたのは彼女だけでなく「そうですね」とロゼンヌも同じ気持ちのよう。
「せっかく、みんなして仲良くなれたのに。あと少しでサーカスくんをもふもふできたのに」
「本当だよ。でも、ダルマさんの言うことも真理だし、かと言って、言い過ぎでもあるし……」
何も言えないからこそ、気付けばエンサたちは荷物をまとめ終えていた。そして、彼が案内した先は元サーカスくんの家である。この奥にモヒトツ王国へとつながる道があるらしい。そう背中姿で語るエンサはとても悲しそうに見えていた。
コトは今一度、森を見渡した。そこにいるのはポチだけ。彼は洞窟内へと入ろうとしないから「行かないの?」と訊いた。そうしたら――。
「出たとしても、吾輩の居場所はない。それは、コトが家に帰れてもな」
「……じゃあ、お別れなんだね」
最後に、とコトは優しくポチを抱きしめる。頭を撫でてあげた。
「ここでの生活、楽しかったよ」
「吾輩もだ」
洞窟の方からエンサが急かしていた。もう逢えないんだな、と思うと――目にたまった涙を拭うコトは「ばいばい」と手を振る。それに応えるようにして、ポチはしっぽを振るのであった。




