第二十九話:きっかけは物事を進展させる存在
お花が綺麗ですね、とロゼンヌは言う。それに伴い、ある程度離れたところからサーカスくんが「ガウ」と答えた。今、彼らはお話をしているらしい。どう考えても、その距離は会話とは言いがたいのだが。
鍋に湖の水を汲んできたエンサはそんな彼らを見て、苦笑いをする。
「ああ、エンサ王子。このお花、とても綺麗ですね。初めて見ます。何という花なんですか?」
ロゼンヌとサーカスくんが見ているのは、畑の中に咲く赤色の花だった。彼女のその質問に、エンサは柵の中へと入りながら「ダルマさんという豆になる」と答えた。そう、この赤い花はダルマさんの種が頑張って成長した姿なのである。確かに、彼女の言う通り綺麗に花を咲かせているが、もう少しすれば実も生る。そうすれば、晴れて収穫であるが――正直言うと、エンサは要らないと思っている。だって、これは元々――あまり変なことを考えない方がいいか。
「まあ、私は食べられませんけどね」
人の心を知ることができる幽霊、ロゼンヌ。エンサの頭の中が知れてしまった。彼女が言いたいのは、その想像通りであるならば、自分も要らないということであろう。
「味的には塩を振りかけたグリンピースらしい」
「私、生きていた頃はグリンピースが嫌いだったんですよ」
「私の弟もだ」
「サーカスくんはグリンピース好きですか?」
それよりも、この森にグリンピースなんてないに等しいはずだ。ティキンたちがどんな味なのかを知らないと言っていたから。それだからこそ、サーカスくんは何かしら応えているが、それは否定的であるようだった。その反応にロゼンヌは「そうですよね」とわかったふりをする。
「味さえどうにか美味しかったらと考えると、もう少し生きていたかったなぁ」
なんて反応がしにくいコメントなのだろうか。花のダルマさんに水やりをするエンサは表情を表に出すことはなかったが、困惑していた。そうしていると、コトがこちらの方へとやってきたではないか。そのときの彼女の様子はどこか申し訳なさそうである。どうしたのだろうか、とロゼンヌも気にしているようで――。
「王子、あのね……」
後ろにはポチとメガミもいる。彼らはこちらに視線を合わせようとしていなかった。
「どうかしたか?」
「家に壁が空いちゃって……」
「家に?」
もじもじと話しづらそうにしているコトに変わって、彼女の心を読んだロゼンヌが「あらあら」とどこか驚いているようではある。
「しっぽは大丈夫ですか?」
「燃えなかっただけマシ」
すっかりしおらしいメガミがそう答えた。よくよく見てみれば、彼女のしっぽは黒くなっているようである。黒いと燃えなかった。これは、メガミのしっぽに引火したのか。だが、どうやって? 経過がわからないからこそ、コトとメガミに訊ねる。ポチが絶対にこちらを見てくれないから、逆に気になるのだ。
エンサの疑問にコトは「あのね」と三分ほど前の出来事を話すのであった。
◇
今から三分ほど前。コトは薪木に火をつけようとしていたらしい。魔法でいつもの着火を試みていたら――。
「何だと、待ちやがれ!」
メガミを追いかけるポチ。彼らは薪木の方へと一直線。火をつけた瞬間と、メガミが通り過ぎたのが同時だった。緑色の毛並みのしっぽが燃え出したのである。それを機に、今度は真逆に追いかけっこが始まったではないか。ぐるぐると家の周りを走り回る二匹であったが、ポチが自分の犬小屋――部屋の中へと逃げ込むと、メガミ自身も突っ込んできて――。
元々、ポチの部屋は家の壁とつながっていた。それだからこそ、二匹じゃきついその部屋の壁は壊れ――。
◇
「周りの確認をすればよかったんだけど……」
バキバキに壊れた家の壁。しかも、サーカスくんの寝床を直撃。これに腹を立てるサーカスくんは「そこでは寝られない」と激怒。代わりにエンサのベッドをもらいたいと言い出したのだ。それは別に構わないが――。
「流石に壁に穴を空けられてもなぁ。どうしようか」
ひとつ別に困ったことが起きる。それは、木材不足である。あまり森の中の木を伐り過ぎるのは危険だ。今のこの森がどれほど怒っているのかもわからないのに。これまでどれだけの命の危機に直面してきたのか。大半がギリギリのところで免れているが。
まずはどのようにして壁を修復しようか。そうエンサは考える。というよりも、だ。
「ポチたちは遊んでいて、こうなったのか?」
「いや……」
これにはメガミが答えてくれた。
「またお祭りが始まったから、楽しんでいたら怒った」
「えっ? 怒った?」
「吾輩はちっとも悪くないぞ。元はと言えば、メガミが吾輩の頭まで叩いてきたのがよくない」
ポチの言い分だと、唐突に始まった音楽の祭り(馬の蹄の音)で、地面をバシバシと叩いて楽しんでいたメガミが調子に乗って彼の頭まで叩いてきたと。それに怒りを覚えたポチは彼女を追いかけ回していたと。それで、彼女のしっぽに火がついてしまったのか。
この原因にエンサは「まあ」と誰も咎められる話ではないな、と納得するしかなかった。
「みんなわざとじゃないしな」
そうして、話を片付けようとするが、引っ掛かりを覚えた。彼らの言う祭りとは元々がモヒトツ王国の建国記念日で行われるパレードで大群の馬を引き連れる。その際、振動がこちらまで届くものだから、森の住人たちは森のお祭りと勘違いをしているのだった。
――馬が?
しかしながら、モヒトツ王国の建国記念日はすでに終わっており、エンサも森の方で体験をしていた。だからこそ、パレードなんてするはずもないのに――。
「戦争が?」
だとしても、どこの国と? 一か月前の遠征のときはケマ国という国だった。そして、モヒトツ王国の属国となる協定も結んでいるはず。他に交戦し合うような国はないと思うが――。
――ケンコと大臣は大丈夫なのか?
自分の父親が亡き今、モヒトツ王国を治めているのはエンサの弟であるケンコだ。だが、彼はまだ十一と幼い。故に、セイレイや他の者たちがサポートしてあげていると思うが――。
――それとも、どこかの国に攻められている?
それならば、どこなのだろうか。エンサは家に開けられた壁の穴よりもそちらの方を気にするのであった。
◆
西方の国の王に一つの報せが入った。それはこの国の北東に位置する新たに結んだ同盟国の一部の砦及び、西方の国のトバチリ砦がモヒトツ王国の手によって制圧されたという話である。この報せを受けた王は眉間にしわを寄せるのだった。
王曰く、モヒトツ王国の新王であるケンコ王は大胆な進軍をした、と評価する。その噂はやがて、ケンコのもとへと届き――。
「モヒトツ王国と西方の国の国境はガチガチに堅いのはあちらも知っているだろうに」
自分の進軍作戦をにやにやと過大評価していた。彼は誇大して言う。自分は兄よりも優れた将軍である、と。




