第二十七話:聞こえるとき、聞こえないとき
どうやら、サーカスくんの住処に現れた女性の幽霊は家に帰りたくても帰れず、彷徨い続けてこの森にやって来てしまったらしい。そして、その来た道とは――この場にいるティキンとプォークは気付いていないが、奥の方に通路があるようだ。あそこを通っていけば、方角的にはモヒトツ王国。彼女はモヒトツ王国から来た幽霊なのか。そのようにして、エンサが考えごとをしていると――。
「そうなんです、私はモヒトツ王国に住んでいました」
彼女はガッツさんと似たタイプなのか。この幽霊の言葉はエンサにしか聞こえていない様子。ティキンたちはとても怪訝そうな表情で「おい」と彼に呼びかけた。
「なんで、幽霊の言っていることがわかる? 俺たちには何にもわからないぞ。ぶつぶつ言っているだけじゃないか」
そう言ってはいるが、エンサにも理由はわからなかった。というよりも、本当に聞こえていないのだろうか。ガッツさんと同じのような話しかけ方とはどこか違うようではある。ガッツさんの場合は形がある場合は耳元で言っている感覚。潰された状態は頭の中に響く感覚。だが、幽霊では普通に会話を聞いている状態のようだが?
ティキンたちの疑問にエンサは首を捻る。
「私には普通に聞こえるぞ」
「そういうのは厄介だな。ただでさえ、あの黒鬼の言葉はコトしか理解できないんだからよ。翻訳が必要なやつが多いのは大変だぞ」
「だったら、聞こえるようにします」
「うわっ!? 俺たちの会話が聞こえてたの!?」
「もちろんです」
どうやら、この幽霊は自由に声を聞かせることができるらしい。であるならば、彼女がエンサの考えている森からの脱出については黙ってもらっておきたい。それに関しては、彼女は同意をしてくれていたようだが――まだ油断はならないのはこれまた事実。というよりも、こちらの心の中の思いをすぐに気付く幽霊とは?
なんだか、頭が混乱してくるなと思うエンサにプォークが「それで」とこちらを見てきた。
「先ほど、彼女にここの生活も悪くはないと言っていたが……俺たちの拠点に招き入れるのか?」
「入れなければ、サーカスくんはこの家でぐっすり眠れないだろう? 元はと言えば、この洞窟から追い出すと言ってしまった手前だ」
「メガミは幽霊が怖いと言っていたぞ」
「しかし、彼女は悪霊でもない。ただの迷子だ。そう説得すれば、メガミはきっと納得してくれるはず」
それはエンサにとってブーメランになる言い方では? だが、彼の宣言通りなんやかんやで幽霊を追い出すという言葉を実行したのだ。であるが、ポチはどうだろうか? メガミは――同じ女子なら気が合えばいいよねで済まされるが――。
「王狼は首を縦に振るだろうか?」
「どうだろうな、私にはわからないぞ」
そう言えばの感覚で、ポチは幽霊に何やらビビっているようだった。そんな彼を脅かそうとどこか企んでいる様子のエンサ。さっきまで自分もビビっていたのに。
そうして、エンサたちが幽霊を連れて洞窟の外へと出ると――大騒ぎをするサーカスくん。彼女の姿にびっくり大仰天。その驚きっぷりにメガミも飛び跳ねるほどびっくりしていた。仕舞には、彼ら仲良く腹を見せて気絶する。あまりにも唐突過ぎる紹介だったか。彼らに少しばかり申し訳ないと感じているエンサであるが、彼は「彼女も森の出口を探していた挙句にサーカスくんの家に入り込んでしまっていたようだ」とコトとポチに紹介をする。ごく自然な紹介にコトたちは小さく頭を下げる。メガミたちほどではないが、目を丸くしていた。
「は、初めまして。コトです」
「ポチだ」
「こちらこそ、初めまして。私はロゼンヌ・マリア・メーゼルです。今日からお世話になります」
「お世話?」
話が読めないコトはエンサに説明を求めてきた。これに彼は「サーカスくんが怖いと言っていたからな」と肩を竦める。
「だから、彼女には拠点の方に来てもらおうと思って」
「えっ!? でも、サーカスくん、うちに引っ越そうかなとか言っていたけど。多分、王子が幽霊を追っ払いきれないだろうって」
「……その線を考えていなかったな」
「どうしよう? 起こして説明しようか?」
それが必要になってくるだろう。そう考えたエンサは頷いた。そして、彼は仰向けにひっくり返っているメガミにも声をかけてあげようとした。現在、彼女はティキンとプォークに「大丈夫か?」と呼びかけられているが、まだ気絶中。どうしたものか、と頭を悩ませたティキンが「おーい」と何かを閃いたようだ。
「エンサが怪我をしているぞー」
そんなことを口にした。それでメガミが起きるとでも? なんてエンサが苦笑いをしていれば――。
「本当? エンサ、大丈夫? 傷、舐めてあげようか?」
光のごとく、起き上がるメガミ。先ほどの恐怖なんてなかったかのようだった。
「……何気に私の血肉を狙っていないか?」
一方のサーカスくんはコトの呼びかけに目を覚ました。最初はロゼンヌを見せないようにして、回り言葉で紹介をしてみるが――。
「サーカスくーん!?」
二度目の気絶。顔面蒼白だ。真っ黒で毛むくじゃらの顔なのに。
「困りましたね」
なかなか受け入れてもらえないからなのか、ロゼンヌは悲しそうな顔を見せていた。ならば、まだ話していないメガミはどうだろうか。エンサと傷口についてやり取りをしている彼女の方を見ると――。
「人間なのに、足がない!」
幽霊が苦手と訊いていたが、それ以前に幽霊の定義をよく理解していないみたいである。試しにポチが「それが幽霊だぞ」と教えてやるも「まさか」と笑い出した。
「幽霊はこんな姿じゃない」
一体、メガミは何と勘違いをしているのか。それは彼女以外誰も知る由もなかった。
まあ、とにかくメガミはクリアを果たした。残りはまだ気絶中のサーカスくんを残すのみ。本当、どうしよう。どうにか彼を気絶させないで説得させる方法はないのか。そう考えていたエンサにコトが「じゃあ」と一つの提案を出す。
「今日はここで寝る?」
「ここでか?」
「そう。流石にみんなでサーカスくんを抱えて移動は無理があるし。今日はもう遅いし」
一理ある。たまには何もない場所で寝るのも悪くはないはず。これに頷くエンサ。彼は一同に意見を訊くと、構わないとのこと。
「これだけの頼もしい仲間がいるから多少は安心だが……油断はできないよな」
「そうだよね」
すでにコトは気絶中のサーカスくんを枕にして、ポチを膝の上に乗せて寝る準備は万端である。その姿に微笑ましそうにするエンサは近くの木の幹に寄りかかって座ろうとするが――。
「あの」
ロゼンヌが何か言いたそうにしていた。
「どうしたんだ?」
もしかして、何かに不安なのだろうか。エンサの近くによろうとしていたティキンたちも心配をするようにして周囲を見た。だが、彼女は不安ではなく「少しお願いが」と言い出す。
「私、憧れがあったんです」
「憧れ?」
「はい、私はメーゼル家当主の夫人でした。その旦那様に膝枕をしたかったのですが、その願いは叶わなくて……」
ロゼンヌは見た目が若く見える。彼女は病気か何かで亡くなったのか。婚約者との幸せを築きたかったというロゼンヌに同情してしまったエンサは「私でよければ」と彼女のお願いを受け入れることに。というよりも、足が見えない、透けているのに、膝枕なんてできるか甚だあやしいのだが。そう考えていると、ロゼンヌは準備ができました、と足を見せて、本当に膝枕をしてくれるらしい。
「申し訳ない」
「いえ、こちらこそ冷たいですが」
確かにロゼンヌの膝は冷たかった。あまりにも冷たいものだから、首筋がぞくぞくする。それでも、彼女の厚意は素直に嬉しかった。本来、こうして追放されていなければ、ファインの膝の上で眠れていただろうか。そんなことを思っていると、いつしか眠気が襲い掛かってきているようだった。薄ぼんやりとする視界。傍らにティキンたちがいる。少し離れたところではコトが――。
完全に眠りについたエンサ。ロゼンヌの膝枕にコトは――。
「幽霊の膝枕って、やっぱり冷たいのかな?」
「吾輩は普通に体温の温かさが欲しいがな」
いつかロゼンヌに膝枕をしてもらいたいと思うコトであった。




