第二十六話:相手と対話することは相手を知る意味となる
エンサが幽霊をどうにかする。その発言を受けて、誰もが驚きを隠せなかった。
「お前、幽霊と話ができるのか?」
「できない」
「幽霊を成仏させる方法があるとでも?」
「そんなの知らん」
「じゃあ、どうにかするってどうするんだよ」
「なんやかんやでこの洞窟から幽霊を追い払う」
基本的に後先のことはあまり考えないエンサ。ああ、彼は元々がそんな感じだったな、とポチはため息をついた。なんでもかんでも、大体こうしておけば、大体はいけるみたいなガバガバ作戦が大好きな一国の王子。そういう考えは是非とも改めて欲しいものだ。仮にも元将軍なのだから。もうちょっと、聡明感を出してもらいたい。なんて願ってみても、叶うわけがない。それはエンサだから。
「とにかく、夜まで待とう。幽霊は夜にしか現れないからな」
「いや、まあそうなんだろうけど……」
これにはティキンたちも怪訝そうに「何なの、あいつは」とポチに同意を求めた。これには意気投合してしまう彼ら。
「王子だからな、一応」と本来の設定を忘れてはならないのである。
「最近は森での生活でしっかりしてきていたから忘れていた」
「本当はふわふわな考えを持つやつなのかよ。よくそんなので人間の軍で一番偉い役職に就けたな」
「王子、だからな」
「羨ましいぜ」
◆
夜が来るまで一同は洞窟前で待機をしていた。ここではもちろんみんな大好きなガッツさんの料理をコトが振舞う。そして、どうやら黒鬼――サーカスくんはすり潰したガッツさんを見るのが初めてで、もったいないことをしていないか、と不安そうな面持ちでいた。
「大丈夫だよ、こうしても美味しいんだよ」
サーカスくんと会話ができるのはコトだけである。だからこそ、エンサたちは彼らが何を話しているのか全くわからないでいた。
「しょうがないよ。だって、王子が形あるガッツさんが苦手だって言うし」
「そうだね、好き嫌いはよくないね」
何となくではある。サーカスくんは好き嫌いするやつは最低だとかほざいているのだろう。しかしながら、それはブーメラン発言になるはずだ。であっても、本格的に言葉を理解しているのはコトだけだから、確認のしようがない。
なんてエンサが思っていると――サーカスくんがこちらに顔を向けて何かを言っているではないか。何を言っているのだろうか、と彼が首を捻ると、コトが「あのね」と訳してくれた。
「好き嫌いはよくないぞ、だって」
「……だそうだ、エンサ」
「そこは私の味方になってくれるのではないのか!?」
ポチすらもからかってくる始末。彼は「だって」と笑っていた。
「お前、コトを助けに行くのが怖いとか言っていたじゃないか」
「なっ!? そ、それは確かに、行くのが怖かったが……勇気を出して来たじゃないか!」
「そして、怖いから泣いた。これも事実だな」
そのようにして、エンサをからかうポチに小さな天罰が。見かねたメガミがコトにこっそりと報告をする。
「ポチ、エンサに噛みついた」
そのこっそりは耳のいいポチにも聞こえたようで、焦りを見せていた。どぎまぎとしながらも瞬時にして顔を逸らす。
「噛みついたって……えっ!?」
「ポチ、エンサに攻撃して、肩に噛みついた。血が出てた。俺たちが止血をしようとしても、エンサは平気と言っていたけど」
「止血って、私の血を舐めたかっただけじゃないか」
「たまには鉄分も必要かと」
「本気で止めてくれ」
なんてエンサが鼻白んでいると、コトが眉根を寄せて飛びついてきた。
「嘘ぉ!? お、王子、肩は大丈夫なの!?」
心なしか、サーカスくんも心配をしてくれているようだ。傷を見せてみろ、とエンサを黒い靄で拘束し出したではないか。思わぬことに彼は「軽い傷を負っただけだぞ」と彼らに心配をかけたくない様子。
「それに、ポチが噛みついたのは正当でもあるし、私にハッパをかけてくれていただけだし」
「それとこれば別! サーカスくん!」
コトの言葉が合図であるかのようにして、サーカスくんが操る黒い靄が傷ついているエンサの肩へと触れる。一瞬だけ、焼けるような痛みが彼の体中を走るが――それはすぐに消え去った。それどころか、一定の間隔でやってくる痛みの波すらもなくなっているのだ。サーカスくんは言う。もう大丈夫だ、と。
「この靄は元々が治癒魔法なのか?」
「それは便利だから、治癒以外にもよく使うんだって。私も昨日こけたときの分を治してもらったよー」
「それは凄いが、もったいない使い方をしていたということか」
「あんまり動きたくないしだって」
「以外にも面倒くさがり屋なんだな、サーカスくんって」
「それほどでもないってよ」
「褒めてはないが……ああ、もう痛みもないな。ありがとう、サーカスくん」
エンサがお礼を言うと、サーカスくんは照れ出す。そんな心優しい彼にも、早いところ幽霊をどうにかしなければ。そう考えるエンサは洞窟の奥を見つめるのであった。そして、エンサの肩に噛みついたポチはコトに散々怒られてしまい、一匹隅っこでいじけ出す。そのときのポチは「吾輩は悪くないのに」と自分の行動をひどく後悔していた。この様子にティキンとプォークは事情を理解していたので、多少は慰めていたとか。もちろん、エンサも慰めようとするが――。
「お前に慰められるほど、吾輩は脆弱ではない!」
これ以上近寄れば、また噛みつかれそうなので、そっとしておこうとした。だが、ポチは「そこは慰めろ」と無茶を言ってくるから、とりあえずは頭を撫でておくことにするのであった。このとき、ポチは嬉しそうにしていたということは言うまでもない。撫でられることが大好きなやつめ。
◆
夜が更け、遠くから梟の鳴く声が聞こえる頃。エンサは魔法の斧を手にして、サーカスくんの住処である洞窟の前に立っていた。この洞窟の奥にはオニくんでさえ、恐れる幽霊がいるらしい。その話に彼は――普通に足を震えさせているのだった。
「本当に大丈夫か?」
呆れる様子のポチではあるが、実は彼自身もどこか怖がっているようで――コトの傍にぴったりとくっついているようである。ちなみに、彼女の反対側にはメガミが。後ろにはサーカスくんがガッチガチの体制でいた。
ポチが言うには説得力が欠けるな、とティキンが「相手は幽霊だぞ」と一緒に来てくれるようではあった。
「死んでいるやつに話は通じるのか?」
「わからない。けれども、夜にしか出てこない律儀な彼らだからこそ、ここ人の家ですよって教えて出てくれたら……嬉しく思う」
「願望かよ」
そうしてティキンと話はしているようだが、なかなか先に進まないなと思ったプォークが「もう行くぞ」と鼻で背中を押してきた。二匹の鳴き声が洞窟内に響く。
「わ、わかったから! 一人で歩ける!」
強引ながらも、ティキンたちを引き連れて洞窟の奥へと進んだ。サーカスくんが隠した通路を空けてみれば――広間が。その真ん中にいた。人の影らしき姿――幽霊にエンサは肩を強張らせて、魔法の斧を構えた。本当にいるとは思わなかったティキンたちも緊張をしているようである。幽霊はぶつぶつと何かを呟いていた。それでも何もしなければ、前には進めないとして、エンサは幽霊に話しかけた。
「し、失礼、ここ最近現れた幽霊殿と見受けられる。わ、私はエンサという者。何故に、ここへと来たのか教えて欲しいのだが……」
「そもそも幽霊って話ができるのかよ」
「私が知るか。でも、なんか話題を振っておけば、大体は大丈夫だと誰かが言っていた!」
「誰かって誰だよ!」
「誰かだ! 怖くて名前と顔が思い出せん!」
小声で話すつもりが、つい大きな声を出してしまった。これにより、広間にいる幽霊は視線をこちらへと向けているようで――エンサたちは金縛りにあってしまうのであった。体が動かせず、何もできずして幽霊はゆっくりと近付いてくる。歩くというより、地面を滑るようにしてこちらへと――。
――ひえっ!?
やがて、幽霊はそっとエンサの頬に手を置いた。幽霊というものは冷たい存在ではあると聞いていたが、本当に冷たいとは思わなかった! 背筋が、体中が凍えるような冷たさに彼は魔法の斧だけを落としてしまう。
――エンサ!?
ティキンもプォークも手も声が出せなかった。金縛りというものに初めてなったからなのか、目玉だけしか動かせないこの状況に段々と恐怖心が染まっていく。
幽霊はずっとエンサの頬に手を置きながらぶつぶつと何かしら呟いている。今にも、彼の体を乗っ取らんとして。顔が近い。だが、幽霊の顔の表情はわからない。女性ではあるようだが――。
――だ、誰か助けて!
できることならば、ティキンかプォークに助けてもらいたいものだ。というか、せめて体を動かすことができるようにしてもらいたい。
幽霊の手は頬から頭へ。額へ。首へと動く。何が目的で?
――動けっ! 動いてくれっ! 私の体ぁ! 何のために私は頑張る!? この森を出るためだろうが!
必死に金縛りを解こうとするエンサ。そんな彼に触れていた幽霊は「私もです」と初めてはっきりと声が聞こえた。これに彼は心の中で拍子抜けをする。
「私も家に帰りたいです。帰り道がわからないんです」
――彼女もなのか……?
「帰り道がわからなくて、ここに辿り着いていました」
――私も似たようなものだ。だが、どのようにして、ここへ?
「この奥から来ました」
幽霊の視線は向こう側へと向けられた。そこにはまたサーカスくんが隠していると思しき通路が――いや、あれは隠しているというよりも、実際にはまじまじと見てみないと、近寄らないとわからないようにして蔦やら草木が絡まるようにしてあったのである。まさか、あの先は森の出口なのでは? その通路を確かめてみたい。だが、横にはティキンとプォークがいる。洞窟の入口にはコトもいる。自分一人で行くのはいけないはずだ。
――だが、困ったことに私は今、この森から出ることができない。いずれは出ていくつもりではあるのだが……。
そんな思いがある中、この幽霊の言葉をティキンたちは理解しているはずだ。そして、幽霊は自分に帰り道を案内してもらうつもりのはずだ。今森を出るのはまずい。そう心中で考えていると――。
「わかりました。だったら、私はあなたと一緒にいます」
「えっ!?」
驚きのあまり、金縛りが解けたようだ。それに伴い、幽霊は冷たい手を放してくれた。同時にティキンたちも動くことができたようで――。
「エンサ! こいつはやばいぞ!」
「俺たちじゃあ、どうしようもない!」
先ほどの会話を知らない? 何事もなかったかのようにして、威嚇し出したのだ。そんな彼らにエンサは「待て、二人とも」と止めさせた。
「彼女は悪い霊ではない」
「え?」
「だろう? 帰り道がわからないから、この場所を彷徨っていた」
幽霊は頷いた。これにあっけからんとする二匹。先ほどまでは自分たちを金縛りにしていたのに。エンサはどうして、この幽霊の事情を知っているのか。特にティキンは疑問だらけであったという。そんな彼らをよそにエンサは幽霊に手を差し伸べた。
「私はエンサだ。この森には出口がないらしい。だが、ここでの生活もそう悪くはないぞ?」
――後はどのようにして、ティキンたちを説得させるかだな。
これまでもそうであったが、今回を機にエンサは更に後ろめたさを感じるようになるのであった。




