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第二十五話:見た目で判断をしてはならない

 洞窟に強く響き渡る黒鬼の雄叫び声。あまりにも響くものだから、鼓膜が破けそうなほど。どうにか、無血状態で相手を説得したかったようだが、無理のようだ。エンサもポチもティキンたちも捕まっている。唯一、自由に動けるのはコトだけ。だからこそ、エンサは「逃げろ!」と彼女に促した。


「私たちのことはいい! だから、コトだけでも逃げろ!」


 そう言うエンサにポチたちも同意した。今なら間に合う、黒鬼の両手はティキンたちが握られているのだ。いいから、逃げろ。口々に、コトに言うのだが――。


 黒鬼の大声は更にひどくなる。頭が割れそうなほどの大きさ。顔を歪めて、その痛みを和らげようとしているくらいだ。早く! 早く、コト! 逃げろ!


 しかしながら――。


「大丈夫だよっ!」


 なんと、コトはそんなことを口走ったではないか。彼女は一体、何を考えているというのだ。圧倒的不利なこの状況で切り抜けられる策があるとでも? 普段の彼女ではありえない話だ。どう足掻いても、無理。だからこそ、エンサは「大丈夫なものか」と眉根にしわを寄せて言い放つ。


「いいか、私たちですらどうすることもできなかった相手を――」


「怖くないよ、サーカスくん」


 コトがそう言うと、誰もが呆気に囚われた。エンサもポチも、ティキンたちも。みんなして、目を丸くする。えっ、それどういうこと?


 何の話か理解できなかった。なんかコトが黒鬼を慰めているようだ。あれ? 黒鬼の方を見れば、なんか泣いてね? つぶらな瞳から涙をポロポロ流してね? どういうことなんだ、と一同が困惑していると――。


「大丈夫だよ、サーカスくん。私の友達が来たから。幽霊なんて怖くないよ」


「……え?」


 黒鬼は幽霊が怖くて、泣いていた?


「……あー、コト? 俺たちにもわかりやすく教えていただきたい」


 あまりにも困惑するから、プォークがそう訊いた。これにコトは「サーカスくん、幽霊が怖いんだって」と一言。その言葉に便乗するかのようにして、メガミが「わかるー。幽霊、超怖いねー」と同意する。これにはなんと、黒鬼を頷かせたではないか!


「プォークたち、怖いのわからない? バカ?」


 そして、理解不能な男衆に対してバカにし出すメガミに「わかるか」とポチのツッコミ。


「この森に幽霊なんぞ出るか。森に住んで三百年の吾輩が言うのだから」


「だが、拠点の近くに湖があったことは知らなかったんだよな?」


「水がなくとも、植物の水分で事足りるわい」


「そう言えば、水辺に幽霊が出ると聞いたことがあるが……」


「それとこれは関係ない! ただ単に吾輩の鼻が利かなかっただけだ! ああ、どうせ、吾輩は年寄りですよ! 五百歳のジジイですよ!」


 そんなことよりも、とポチは黒鬼を睨みながら「話を聞かせろ」と言った。


「なぜにこのようなことをした?」


 そう訊ねるポチに黒鬼は唸るような声で何かを言っているようだった。だが、残念なことに彼の言葉を介する者はコト以外にいないというよりも、どうしてわかるんだという疑問に「何となくかな」と。何となく、すげぇ。


 コトは黒鬼の言葉を訳してくれた。


「ここ最近、この洞窟の奥に出る幽霊が怖くて、一緒にいてくれる人を探していたんだって」


「だったら、なおさら吾輩を気絶させてまでコトを攫ったのか理解できん」


「話がわかりそうなのが私だけだったからって。ポチはバカにしそうだったから、先に制裁を与えたんだって」


「えっ、何それ。ひどくね?」


 あまりにもムカつくから、噛みつこうとしたいところではあるが、身動きが取れないからどうすることもできない。更に苛立ちは募る一方——エンサは「話をして欲しかったぞ」と黒鬼に訴えた。


「いきなり、コトを攫ったみたいな話になっていたから。私はてっきり彼女を食べるために連れ去ったと思い込んでしまったんだぞ」


 そう言うエンサに黒鬼は雰囲気からして、否定をしているようだった。黒鬼の言葉をコトが訳してくれた。


「人間食べるとか、怖くない? そんなイメージがあったの? だって」


「し、しかし、私の故郷では黒鬼は人を食べる魔物だと聞いていたのだが……」


「それはどこの野蛮鬼の話よ。自分、マッチョな根菜しか食べませんから。だって」


「時には魔物を食らうとも聞いたが。それに、縄張りに入ったら、すぐに食うって」


「それ、いきなりバトってきたバカな魔物を追い払っただけ。食ってはいない。勇気を出して噛みついただけ。爪でシャーってやっただけだって」


 情報や噂とは裏腹に、拍子抜けするほどの臆病者、黒鬼。コトを連れ去った理由も幽霊が出るから、一人は怖かったって――。あまりにも気が抜け落ちそうなエンサには思わず、涙があふれ出してきた。緊張感がなくなったからとでも言うべきか。決死の覚悟を決めて、ここへと行こうとする数十分前の自分に教えてあげたいほど。


 目に涙を溜めるエンサに黒鬼は慌てふためいた様子でいた。


「もしかして、王子も幽霊が怖いの? って戸惑っているよ」


 誤解されがちな相手に誤解されてしまう彼は「そうではない」と鼻を啜った。


「黒鬼よ、私たちは逃げたりしないから、拘束を解いてくれないか?」


「王子以外だったらいいよって。怖いなら一緒にいてあげるから安心して! だって」


「だから、怖くないってば」


 どうにかこうにか、黒鬼に黒い靄の拘束を解いてもらい、自由の身となったエンサたち。これにティキンは暗い洞窟の奥に目を向けた。通路が一つあり、そこを覆い隠すようにして枯れ木や枯葉で誤魔化しているようだ。なんとなく、この先に行かないように、視界に入らないようにして黒鬼が隠していた。そこまでして、幽霊が怖い魔物とは――。


「なあ、お前って魔法が使えるのに、どうして幽霊が怖いんだ?」


 そうティキンが訊ねると、コトが翻訳してくれた。


「物理すらも効かない相手に魔法も効くかよ。自分の攻撃が効かないから怯えているんだよ緑野郎だって」


「随分な名づけだな、おい。俺はティキンだ。お前にだって、コトに名前を付けてもらったんだろ?」


「もちろんだ。サーカスくんという素晴らしい名前をな。ティキン? ポチ? あんたたちにはもったいない」


 意外にも高慢な態度の黒鬼にティキンとポチは今にもキレそう。そんな彼らを宥めるようにして、エンサは幽霊のことについて詳しく訊いた。そのことを訊かないと、話が進みそうになかったからである。


 彼が幽霊のことについて訊ねると、黒鬼は頭を急に抱えだし、震え出した。そんな黒鬼にコトは優しく撫でてあげた。このとき、ポチが羨ましそうにしていたのはこれまた別の話である。


「やつは恐ろしい存在だ。だって」


「恐ろしい? そもそも幽霊は出たとしても、外しか徘徊しないけどな。それに、勝手に人の家に入るほど無粋な連中ではなかったはずだ」


 そう言うエンサにコトもポチも頷いた。そんな彼らに黒鬼は「嘘だ」と信用ならないらしい。


「それならば、なぜに自分の家に幽霊が現れるんだ。あっちの方はな、もう二日も掃除をしていないんだぞ! とご立腹ですねー」


「綺麗好きなんだな」


 そこまでして騒ぎを立てていた黒鬼にエンサは「わかった」と何かを決意したような面持ちで、洞窟の奥の方を見た。


「それならば、私がその幽霊をどうにかしてあげようではないか」

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