第二十四話:戦いは勝つことだけが重要ではない
黒鬼は単体だけでも途轍もなく強い。人間で言えば、魔法戦士を合わせた三個大隊ほどの戦力でなければ勝ち目はなし。少人数であるならば、精鋭部隊が三つほどか。魔物で言えば、ポチが百匹いればどうにかなると言う。ちなみに、エメラルド・フォックスだと千匹いなければどうしようもないらしい。それほどまでに危険な相手と戦うのだ。それなのに、エンサたちの戦力は人間一人、王狼一匹、エメラルド・フォックス三匹だけ。
これはもう自分たちで行くしかないのだが、勝てる見込みはほぼゼロだ。であるが、それはあくまでも真っ向勝負である。少ない人数で勝つには地形を利用する、相手の特性を利用するなどと卑怯と言われても仕方のない作戦でなければ全滅必至。あとは運だとポチは鼻の上にしわを寄せるのであった。
「どうにかならんか、勝てんぞ吾輩たちだけでは」
「そう言われても……」
「王子は仮にも一国の軍の将軍なのだろう? 指揮官としているならば、作戦ぐらいは立てられるだろうに」
「それは対人間だ。魔物相手となると、また違ってくる。私の国には魔物討伐部隊は存在していたが、そこに私自身が所属したことも関りを持ったことも一切ないのだよ」
「エンサって、ただの王子じゃなかったんだな」
実力で戦っている姿があまりないから、ティキンたちには弱い立場の人間だと思われていたらしい。だが、エンサはその思い込みにむかっ腹を立てることもなく「ああ」とむしろ肯定をした。
「結局は身分の位で決まる軍の体制であるからな。私はまだまだ未熟者だ」
それでも、コトを助ける。自分が弱い存在であろうとも。ポチの言葉や自分の心に訊ねてみた。そうしたら、「助けたい」という思いがあったから、ここまで来た。そう、ここまで来たのであれば、どうにかしてでも助けたいのだ。そうとあらば、黒鬼をどうにかしてでも倒すか隙を見て逃げる方法を探し出さなければ。
エンサはポチに地形を利用した作戦はないか、と言われた。周囲を見渡す。空を遮るほどの鬱蒼とした木。すり減った靴が埋もれるような草丈。自分たちの身を隠すにはうってつけの障害物ではある。だが、怖いのは黒鬼が繰り出す魔法。ガッツさんを調理するという時点で、炎魔法は使えると見た。だが、他にどんな魔法が使えるのかとなると、わからない。そもそも、魔法というものをあまり見たことのない彼は推測が立てられなかった。だとしても、自分が持つ知識だけ。これまでの軍事作戦を思い出しながら、陰気臭い洞窟を見た。
「……私たちは黒鬼とは戦わない」
結論として、エンサはポチたちにそう告げた。四匹は怪訝そうな表情でこちらを見てくるばかり。その言い分はコトを見捨てるとでも言うような感じではあるが――彼は「地形を利用しても勝てる見込みはゼロだ」と言い放つ。
「たとえ、黒鬼をおびき寄せながら、隠れて攻撃を仕掛けても、辺り一帯に魔法を使われては戦力としては低い私たちにはどうすることもままならないだろう。特に、炎魔法は危険だ。茂みに隠れたところで、炎が迫り来れば、逃げられない」
「じゃあ、話し合いで解決をするっていうのかよ。あいつに言葉なんて通じるもんか」
「そうだな。いきなりポチたちを攻撃してくる時点で、話に応じるとは思えない。だから、話し合いはしない」
「それでは、どうすると言うのだ? 万策尽きていないか?」
鼻で笑うポチにエンサは首を横に振った。まだ策が尽きたわけではないらしい。ただ、この作戦は後々危険を伴うこととなるのは百も承知。彼は「今の拠点を捨てる」と断言をする。
「本当は、あの拠点を捨てて、また新たに家を造る状況ではないとはわかっているが……私たちはまだ死ぬわけにはいかないんだ。やり直せるチャンスはいくらでもあるはず。いつものみんながいれば、また同じこともできるさ。だから、とにかくはコトを助けて逃げるだけ」
「……王子、お前……」
「もう王子だなんて呼ばないでくれ。結局は、私は立ち向かうという勇気がない臆病者だ。隙を見て、コトを助けることしかできない不甲斐ないやつさ」
「…………」
エンサの作戦はこうだ。まずは、うるさく音を鳴らして黒鬼を洞窟からおびき出す。その間、ポチとティキンたちは機動力を活かして、追いかけごっこをする。誰もいなくなった洞窟にエンサが忍び込み、コトを救出するというものだった。
「本当にみんなが危なくなったら、自分の役割から抜けてもらっても構わない。何、私たちはまたどこかで合流すればいいのだから」
「……お前も気をつけろよ」
「ありがとう。じゃあ、ティキン、プォーク、メガミ、行くぞ」
そう言うエンサは魔法の斧と短剣を両手に持ち、上へと掲げた。これに伴い、ティキンたちも大きく息を吸い上げる。彼が武器同士で叩き出したその音が合図であるかのようにして、唸り声、遠吠え洞窟周りをうるさくし始める彼ら。
「出てこいっ、鬼め!」
そうして、挑発をしてみれば――暗い洞窟から真っ黒な鬼が現れたではないか! あれが黒鬼。見た目は黒い毛並みをした熊のように見えるが――虎柄のパンツがなんとも可愛いが、そちらに気を取られるな。そうだ、城の書庫にある資料しには熊の姿をして、黒い瘴気のようなものを纏わせているのが黒鬼という魔物だ。実物をこの目で見られる日が来ることはないと思っていたが――感激ではあるが、同時に武者震いをしているな、と思った。エンサは気付かれないような木の裏に隠れているのに、と冷や汗を垂らす。
黒鬼は雄叫び声を上げた。これを機に、ポチたちも吠えまくる。相手に向かって挑発をする。できる限りは危ない橋を渡らないように。ぎりぎりのところで後ずさり。黒鬼は狙いを完全に四匹に捉えて――襲いかかってきた! 彼らはやつの攻撃が届かない、エンサと離れた場所へと回避した。
「鬼さんこちら、しっぽ振る方へ!」
メガミが黒鬼をバカにしたようにして、しっぽを振る。これには完全に怒っているようだ。四匹は逃げ出す。それを追いかける黒鬼。どうやら、作戦は成功しつつあるようだ。エンサはそっと顔を騒ぎ立てる方へと向けると、洞窟内へと入った。
「コト! どこだ!?」
黒鬼は遠くにいるから。そう信じてエンサはコトに呼びかけた。彼女からの返事はすぐに帰ってくる。
「私はここだよー」
足元にいたようで、思わず肩を強張らせた。コトは何やら黒い靄みたいなもので拘束をされているようである。それを解こうとするが――触れることはできないようだ。それならば、と持ってきていた短剣で切ってみることにした。切れたから、逆にびっくり。
「あっ、やっと体動かせるよ」
本当に切れ味抜群である。流石はダルマさんの唾――あっ、ダルマさんにも助けを求めればよかったかな。知恵を借りればよかったかな。なんて考えている暇があるならば、逃げなければ!
エンサはコトの手を取り、「逃げるぞ!」と洞窟の外へと行こうとするのだが、それは難しい話だった。なぜならば、ポチたちと追いかけごっこをしていたはずの黒鬼がもう四匹を捕まえて、入口で立っていたのだから。
「なっ!?」
それもすぐにエンサは捕まってしまった。謎の黒い靄――またこれか! だが、短剣か魔法の斧があればどうにかできるのであろうが、生憎捕まった途端に地面へと落としてしまったのだ。それならば、と彼は歯噛みすると、黒鬼に対して「取引をしよう」と最後の希望に縋りつくしかなかった。
これで黒鬼が素直に話に応じるとは思えなかったが、やるしかないのだ。
「貴様はガッツさんが好きらしいな? 私たちはそれを貴様に献上しよう。だから、私たちを解放してくれないか?」
もはや、運頼み。冷や汗がだらだら。説得力としては低い方なのだが、誰もが安心できるという提案はこれしかない。そうエンサが黒鬼と取引をしようと試みるのだが――。
黒鬼は話を聞くどころか、大声を上げ始めたではないか。これは、もしや――相手を本気で怒らせてしまった!?




