第二十三話:臆病者は前を見るようになった
何かに気付いたようにして、目を覚ましたコト。彼女はぼんやりと、両手を動かそうとするのだが――動けなかった。それどこか、体中が金縛りにあったようにして、動けないのだ。なぜに自分はここにいるのだろうか。朝、目を覚まして、顔を洗いに湖に行って――。
影に隠れるようにして、こちらを呼びかけてくる黒い存在。初めて聞く声だ。ということは、ダルマさんではない。自分たちと同じようにして言葉を話さない何か。それでは、誰なのか。コトは声がする方をじっと目を凝らした。影の中で何かが動く様子を捉えた。ということは、そこには魔物らしき者がいるということ。
コトは自分をこのようにしたのが魔物だと一発でわかった。なぜならば、彼女の体中には黒い靄みたいなので拘束されていたから。もしも、人であれば、ロープを使用するだろうし、何より自分がいる森に人間なんて――エンサぐらいしかいない。そして、声の持ち主から考えて、彼ではないことがわかった。何より、こちらが目覚めているのに、話しかけてはいるようだが、唸り声しか上げていないのだ。どう考えても、魔物だ。
「誰……?」
相手と話すのは大事だとわかっていても、怖い気持ちはあった。魔物は人間を食べる。ポチたちのような、自分の周りにいる彼らは仲良しだから、食べないとわかっていたからこそ、安心感はあった。しかしながら、この暗い場所にポチがいるとは思えない。もしも、いるならば、隣にいるだろうから。
だからこそ、予測として――。
「黒鬼さん?」
そうとしか考えられない。この体を拘束している靄は魔法か。であるならば、魔法が使える魔物がやつしか心当たりはなかった。そう訊ねるコトにそこにいる者は何かを言っている。何となくではあるが、肯定だと思う。
「…………」
であるが、コトは対話ができない状況に困っていた。おそらくとしての、黒鬼の言葉がわからないというわけでもなく、別の意味で会話に困難が生じているのである。
「ねえ、体を動かせないせいで、あなたの方をよく見れないの。あなたとお話ししたいのに」
◆
ポチに噛まれた傷を軽く手当てしたエンサ。ポチが向かった方角へと足を進めていった。自分の傍らにはティキン、プォーク、メガミの三匹が囲うようにして歩いている。彼らはエンサの肩の傷を心配していた。
「大丈夫なのか、血は」
「肩、痛そう」
「ああ、コトの恐怖心やポチの心の痛みに比べれば、私の肩の傷など問題ない」
それに、こうして自分のことを心配してくれている仲間がいるのだ。自分は独りではない。それに力が湧いてきそうであった。
「血が止まるように、舐めてやろうか?」
「いや、俺が舐めてやろう」
「いいや、俺がしよう」
ただ、その心配は果たして本音であったとしても、エンサの血を舐めたいという欲から来ているのかもしれないのだが。元々、魔物は人間を食う。それを知っているからなのか、エンサは「断る」と激しく遠慮するのであった。
「ところで、ポチはあちらの方に向かったようだが……今は向こうが黒鬼の縄張りなのか?」
「噂によれば、だ。誰も、あいつに関りを持ちたくないからな。なんせ、人間だけならず、魔物を食うことだってあるし……常にガッツさんを食べるやつだし、なんだったら、そこら辺に生える雑草や果物も美味しいと言っているようなやつだからな」
「それは前半を除けば、普通に私たち人間にとっては善良な魔物だと思うのだが?」
だが、プォークの情報を聞く限り、黒鬼は同胞すらも食するというではないか。これは非常に厄介な相手である。おまけに、魔法も使えると来た。絶対、自分たちだけの攻略なんて難しそう。というか、ポチが負けている時点で、もっと無理じゃね?
勝率はあやしい。そんな計算が頭に浮かび上がるエンサではあるが、できる限りのことはしたかった。自分は黒鬼に勝てなくてもいい。だが、コトを助けて、逃げるという算段は何かしらあるかもしれない。そう考えた彼は突き進む。どんどん、突き進む。臆病と呼ばれてもいい。足が震えているよ、と指摘されてもいい。今のエンサがやりたいことは、コトを助け出し、黒鬼から離れることなのだから。
そんな決意を胸に抱き、先を急ぐのであったが――何かに躓き前のめりになってこけるエンサ。今、何かしら柔らかいものに引っかかったような。
「何なのだ?」
足元を見れば、そこには不機嫌そうな面持ちをするポチがいた。
「吾輩を踏むとはいい度胸をしているじゃないか。やはり、食われに来たか」
「誤解だ。私はポチの後を追っていたら、こうなっただけだ」
「でも、エンサが周囲を気にしていたら、こうはならなかったよな」
「メガミ!」
メガミの余計な一言により、ポチの怒りが更に増幅したかと思われたのだが、すぐに怒りを抑える。彼は鼻で大きなため息をすると「逃げずには来たようだな」そうエンサを小さく褒めた。
「もし、ここまで来なければ、吾輩はコトを助け、黒鬼を倒した挙句に、お前の耳元でガッツさんのすり潰しの音を聞かせてあげていたところだ」
「殺さないのかよ」
地味な嫌がらせ宣言にティキンの的確なツッコミではあったが、これにポチは言及することはなく、目先に見える洞窟を鼻で差した。
「あれが今現在の黒鬼の住処らしい」
いかにも、何かが潜んでいますよと言えそうな陰気臭く見える洞窟である。ここに黒鬼がいるのか。そう考えると、エンサは魔法の斧を強く握った。
「そして、数時間前にガッツさんを食べたようだな。ほのかに焼けたガッツさんのにおいがする」
流石黒鬼。ガッツさんの食べ方までもわかっているとは。侮れない敵だ。本当に油断してはならない敵なのだろう。なんて思うエンサであるが、その心内がポチにも伝わったようで――。
「さっきより焦りがひどくなっているのは気のせいか?」
そこで恐れるのは間違いではないのだろうか。ポチはそう言いたげのようであった。だが、あまり悠長にはしていられないらしい。彼は「してどのように行く?」と訊ねてきた。
「相手はあの黒鬼だ。吾輩でも歯が立たない相手だぞ」
「ああ、そうだな。作戦は――」
「ガンガン行こうぜ!」
メガミの余計な一言で、ポチキレそうになる。そんな彼女のいたずらな発言にティキンとプォークは鼻白んでいた。それは絶対に無理だ、と。であるが、彼女の作戦にエンサは「それでいこう」と言い出すではないか! 真っ向勝負なんて不可能なのに!?
「状況、わかっているのか?」
「当たり前だ。ぶっちゃけると、黒鬼は私たちが思っている以上に頭のいい魔物なんだ。私たちがコトを取り返してくると考えているかもしれない。仮に、外へとおびき寄せたとしても、向こうは考えて攻撃をしてくるだろう」
「あいつ、頭いいの?」
「ガッツさんを焼いて食べるということをしているからな。頭いいのは確実だ」
頭いいの基準がそれでいいのだろうか。エンサのそんな憶測に、ポチは懸念を抱く。エンサはどの作戦で行こうとも、真っ向勝負にしか考えられなかった。あるとするならば、卑怯な手立てぐらいしか――。
さて、そんな勝率が格段にない作戦を決行しようとするエンサたちにポチは待ったをかけた。どうやら、彼からしては、きちんとした作戦を立てて欲しい模様。
「この鬱陶しいほどの植物が育つ地形をどうにか利用できないか? 元将軍殿」
「この地形で……」
エンサの目は黒鬼が住む洞窟ではなく、周囲へと切り替わった。
◆
意外に優しいのか、黒鬼はコトが自分の方を見られるようにして、動いてくれた。その彼の姿に彼女は「へえ」と感嘆を上げる。
「鬼って、本当に虎柄のパンツを履くんだね。可愛いパンツだなぁ」
緊張感はゼロのようだ。




