第二十話:食い違い祭典
「そろそろじゃないか?」
「そろそろだな」
「多分そろそろ」
そう言い合うティキンたちは何のことを言っているのだろうか。畑に水を与えていたエンサは「何がなんだ?」と気になっていた。彼らは緑色の毛並みのしっぽをふりふりと振りながら、そわそわしていた。何かを待っているのだろうか。コトの方を見た。彼女が料理をしているわけでもなさそうだった。コトがしているのは、何かを入れるための籠を編んでくれているようだ。そして、その傍らにはポチが横になってくつろいでいる。
本日は食料調達をしない日であり、エンサたちは家の周りでのんびりと過ごしていた。それなのにもかかわらず、急にティキンたちがそわそわし始めるものだから気になって仕方がないのだ。エンサの疑問にプォークが「そろそろなんだよ」と答えを言わなかった。というよりも、知っているでしょ? と当たり前の面持ちである。
「だから、何がそろそろなんだ?」
「エンサは知らないのか? この時期の森を」
「悪いが、私はこの森の中で一番の新参者だ。ここで何があるのかさえ知るわけがない」
何も知らないと答えるエンサにメガミがバカにしたようにして首を横に振った。
「この森に住むなら、知っていて常識」
「私はこの森に住み始めて一か月も経っていないぞ」
そんなメガミを押しのけるかのようにして、ティキンが「じゃあ、知るべきだな」と緑色のしっぽをもっと早くふりふりする。
「まずは地面に両手をつけろ」
何かのやり方を教わる羽目になったエンサは水やりを中断して、両手に地面をつけた。そして、ティキンはその状態で待っておけと言う。これに彼は待つ時間が惜しいと考えているようで「始まったら教えてくれ」と立ち上がった。
「ダルマさんたちが水くれとうるさいから」
ある程度成長を見せてくれているダルマさんたちは小さくも可愛らしい声で「水を寄越せ」と口々に言っていた。それだからこそ、エンサは仕方なしに構えらしきポーズを止めたのである。
「おいおい、そろそろなんだぞ?」
「……始まったらでいい」
本当はやる気がないだけ。ちょっとあの待ち時間は恥ずかしいものである、とエンサは思っていた。全く、何が始まろうとしているのやら。なんて、家の方に目を向けてみれば――コトとポチも両手足を地面につけて待機をしているではないか。これにはどこか不気味だと思う彼は「何をしているんだ」と声をかけた。すると、彼女は「急いで」と手に地面をつけることを推奨してくるではないか。あまりにも切羽詰まった様子に、エンサは再び同じようにしていると――。
「来たぞ!」
ポチの言葉にティキンたちがバシバシと前足で地面を叩き始めたではないか。これに伴い、コトも、森の住人たちが地面を足で鳴らしていた。鳥たちは鳴く。
何なのだ、この奇妙な光景は。困惑するエンサの手に振動が伝わり始める。これは彼らが叩いている音? いや、違う。どこかで知っているような音だ。振動? それも多くの――。
「馬の足音か?」
一頭二頭だけではない。もっと多くの頭数のようだ。それほどの大群が移動する音を立てるのは――。
「戦争か?」
エンサは立ち上がり、モヒトツ王国の方を見た。崖からは遠くて見えないが、知っている振動だ。遠征や進軍するときに馬に乗っていたから。その体中に響く音を体感していたから。
――プォークたちはこの時期にと言っていたな? だが、この時期に毎回戦争はしていない。状況に応じて出陣していた。一か月前は自分も遠征に出ていたが……この森付近を通った記憶はない。それならば?
毎年この時期に大群の馬を引き連れての移動は一つだけ思い当たることがあった。建国記念日のパレードだ。それも、国王が自ら国中を回るという大きな祭り。
「だからなのか?」
「何が?」
まだまだ楽しそうに飛んだり跳ねたり、叩いたりしているコトたちにエンサは呆れ返る。どうやら、この森では音楽の祭典として楽しんでいる様子。いや、悪いというわけではないのだ。
もう一度エンサはモヒトツ王国の方を見た。彼が思うのはケンコやセイレイたちである。彼らは元気にしているのだろうか。
◆
ケンコたちを気にするエンサをよそに、当の本人は馬車の中で国民に手を振っていた。そんな彼の横にはファインもいる。彼女は煌びやかなドレスを身に纏っているようだが、足には枷と鉄球が。それらは鎖でつながれていて、その鎖はしっかりとケンコが空いた手で握っていた。彼女もまた不審がられないようにして、モヒトツ王国の国民へと手を振る。
そうしていると、彼女は言いたいことがあったようで――。
「嘘つき」
国民には見えないようにして、ケンコを睨みつけた。そんなファインに対して彼は「嘘はついていない」と返す。
「僕は本気さ。何もかも」
「それなら……」
「明日、我が軍は西方へと出陣する。今日はあなたの国が負けるという、モヒトツ王国軍の士気を上げるためのパレードでもある」
表向きはモヒトツ王国の建国記念日の軍事パレードとファイン王女との婚約パレード。裏向きとしては行軍ルートなどを把握するためのもの。すでに密偵や斥候らにはいくつかのルートを通ってもらいながら西方の国、あるいは隣国など様々な国々へと向かっている頃であろう。そこで最善のルートを選択し、一気に西方及び、近隣諸国すらも叩こうと考えていた。ファインを人質に取られたあの国のことだ。同盟を棄却したならば、よその国と同盟を結んでいるのは間違いないだろう。そこまでは読んでいるし、その対処法も完璧だ。何より、以前とは違って戦力も大幅に変わった。軍に魔法戦士が加わったから。彼らにも攻撃をしてもらう予定ではあるが、そちらよりも裏で動いてもらう方がこちらにとっては有利になるはず。
「モヒトツ王国は建国以来敗戦を知らない国でもある。たとえ、魔法戦士がいなくとも勝てた。だが、今回は魔法戦士もいる」
にやりと笑うケンコ。
「絶対に僕の作戦が打ち破られることはないっ!」
嬉々として馬車の外にいる国民へと手を振るケンコ。そんな彼をファインは怪訝そうに見つめているのであった。
◆
なかなかみんなと同じことをしようとしないエンサにポチは「やれ」と指示を出してきた。
「このときだけ森の住人たちはこの祭りに一丸となるのだ。お前も早くやれ」
「貴様らは傍から見てという言葉を知らないのか?」
「知らん」
「嘘つけ」
「今は知らん」
今は知らないとは何なのか。今という言葉は必要なのか。エンサが片眉を上げて訝しげになっていると、ポチは「それは王子だけの価値観だろ」と鼻で笑ってきたではないか。これには彼が自分だけではない、と反論をする。
「これは私の価値観だけならず、世間一般の総意でもあるはずだ」
「ここは外部との接触がないからな。世間一般は吾輩たちになるぞ」
その言葉にエンサはもう反論することができなかった。そして、この強引な指示と脅迫により、彼もまた地面を叩いたり、飛んだり跳ねたりして参加せざるを得なかったのである。嫌ではないが、恥ずかしい。この気持ちがより一層、エンサの脱出願望に火がつくのであった。




