第十九話:出口なき緑世界の断末魔
エンサたちが拠点付近へと戻ってきた頃、彼の耳にティキンたちの鳴き声の合間として一つの断末魔が聞こえてきた。この音が聞こえるということは、コトたちも無事に戻ってきてガッツさんを調理しているようだった。エンサの小さな反応にティキンが「どうしたんだ」と気にした様子で訊ねてくる。
「向こうであやしい何かがいたか?」
「いいや、ガッツさんの悲鳴が聞こえただけだ。気にするな」
「いや、気にするわ。何だよ、ガッツさんの悲鳴って。ガッツさんはただの美味しい食べ物だろ?」
プォークの意見は正しいには正しい。確かにガッツさんは調理法によってはとても美味しくなる野菜型魔物だ。であっても、ガッツさんはしゃべる。ただし、エンサにしか聞こえないのだが。そう説明をすると、メガミが「あの茶色の変な形をしたやつの方が美味しい」とキノコを支持する。ガッツさん料理には欠かせない、と断言する中、ティキンが「黙ってろ」と話がこじれてくるのが嫌らしい。
「しかし、声が聞こえるというのはなかなか興味深いな。ただの食べ物としてしか認識していなかったのだが」
ガッツさんがしゃべるということはありえるのか。ティキンたちは疑っているようであった。そうだ、ガッツさんの声は人間の男にしか聞こえない。そして、この森の中での、その条件を満たしているのはエンサだけである。だからこそ、彼が嘘をついているのではないだろうかと三匹は訝しげにしていた。彼らのその視線に「疑うのも無理はないな」と苦笑い。
「だったら、私が今のガッツさんの状況を当ててやろう。今頃は……」
ぎゃぁあああああああ!
「コトがふかしたガッツさんを絶賛すり潰し中だ」
「おお、あの娘たちも戻ってきていたか」
「コトって名前だっけ? 可愛い名前、羨ましい」
「メガミには十分過ぎる名前をもらっているだろうが」
「どうせならば、メガミ様と呼ばれる方が万倍嬉しい」
「お前、どつくぞ」
なんて会話をしながら拠点へと辿り着けば――。
ぐあぁあああああああ!
家の前でガッツさんをすり潰すコトがいた。彼女は満面の笑みでエンサたちを出迎えてくれる。ゴリゴリとガッツさんを潰しながら。これにはティキンたちは素直に驚いていた。エンサが言い当てていたから。
「何か見つかった?」
「向こうの方もガッツさんは豊作だ。それと、果物とか」
エンサはコトに今日の収穫分を手渡した。それを受け取った彼女はお礼を言うと、彼に一つの袋を渡す。この中身はダルマさんの種が入っており――。
「それじゃあ、ご飯ができるまで畑見守り隊のみんなにあげてきてくれる?」
畑の見張りをしていてくれている小動物たちへのご褒美をお願いしてきた。これにエンサは頷くと、ティキンの方を見た。
「ティキン、一緒に来てくれるか?」
「ああ」
家から畑まではそう遠くはないが、何かあっては独りでの対処は厳しいと考えているエンサ。彼はティキンに頼る。ティキンもティキンで、ポチほどではないが、多少の知識を持っている頭のいい魔物なのである。彼らは畑の方へと赴くと、見守り隊である小動物たちは歓喜をする。待ちきれない様子で、早くその袋の中身を寄越せと言いたげ。これにティキンが「落ち着け」と一吠えをする。流石は肉食魔物。一言で彼らを落ち着かせるとは。
「まあ、俺にはガッツさんがあるからな。何もお前たちを食べることはないだろう」
ただ、小腹が空いていたら話は別だが。なんて笑えないジョークに小動物たちはいっせいに木の上へと逃げた。それでもダルマさんの種が欲しいからなのか、顔だけはこちらを覗かせているようである。その様子にティキンは「そんなに美味しいものなのか?」とダルマさんの種を怪訝そうに見ていた。この疑問にエンサは首を捻る。
「私はまだ食べたことがないが、コトが言うにはグリンピースに塩を振った味がするらしい」
「美味しいのか、そのグリンピースとやらは」
「普通に豆の味だな。だが、私の弟は美味しくない、といつも嘆いている」
「まちまちな感想だな」
誰もが美味しいとは言わないからなのか、ティキンは食べたくなさそうにその場に座り込んだ。そして、エンサに早くしろと促す。そう急かされたエンサは少し離れたところでダルマさんの種をばら撒いた。
「おいで」
少しばかり躊躇を見せていた小動物たちであったが、目の前にあるごちそうの誘惑には勝てずして――徐々に食べ始めるのであった。そんな彼らの様子にティキンは鼻で小さくため息をつく。
「お前たちって、ずっとこの森にいるのか?」
唐突な質問にエンサは肩を強張らせた。森から脱出する、なんて言えるはずがないからだ。ティキンたちとは無意識の内にコトが取引をしていた。ガッツさんの料理をいつでも食べさせてあげる、と。もしも、自分たちが森を出るとなると、彼らにとって裏切られたこととなる。そうポチは忠告をしていた。それだからこそ、エンサは言葉に迷ったが――。
「出口がないからな」
当たり障りのない答えしか言えなかった。
「私たちよそ者は崖からこの森に入る以外術はない。ということは、出るときも崖から出なければ不可能だろう」
「なるほどね……って、よくお前ら生きていたな。崖から入ったって。こう、岩とかに捕まりながら降りてきたわけじゃないだろ?」
「ああ。私は箱の中にぶち込まれ、魔法で下ろされたらしい。一方で、コトたちは普通に落ちたらしい」
「あいつららしいちゃあ、らしいけど……本当よく生きてたもんだよ」
こちらの事情とやらを何やら知りたそうにしているティキンではあったが、エンサの言う出口のないという事実には大きく頷いた。この森に出入口など存在しない。あるとすれば、空からだと言うではないか。
「俺はこの森で生まれたから、外のことは全く知らない。それにこの森すべてを歩いたというわけでもないし。そういうやつが多いんじゃないか? この森に住むやつは」
「ティキンがそう言うならば、本当なのだろうな」
本来の森の住人でもあるティキンも、誰もが言う。彷徨い続けて一年のコトも、三百年のポチも言う。この森の出入口は存在しない、と。それだからなのか、絶望が押し寄せてくるではないか。自分の目的を達成したいというのに、できない悲しみ。あのポチでさえ、湖の場所を知らなかったと言っていた。それだけこの森は広過ぎるのだろう。
今日、ティキンたちと向かった場所は自分も彼らにとっても未踏の地。ティキンたちにとっては行動範囲外とも呼べる場所である。モヒトツ王国がある方角とは正反対の方向。自分たちが落ちてきたような崖は見当たらず。ずっと緑の海が続くだけ。
エンサの記憶が正しければ、今回向かった方向には隣国があったはずだ。そして、この森の位置はモヒトツ王国と隣国の国境沿いにある峡谷の間に位置する。簡単に言えば、誰もが入ることのない場所であるからこそ、どの国の土地でもないと両国は同意し合っていた。
「終わったか?」
考えごとをしていたエンサにティキンがそろそろ戻ろうと促してきた。
「向こうから美味しそうなにおいがしてきた」
「ああ」
確かにいいにおいがしてきた。この森に来てからのにおいだった。
◆
たくさんガッツさんが採れるから。今日の夕食もガッツさんであった。というよりも、これ以外で満腹になるような食べ物がないということもある。エンサは嫌いとまではいかないのだが、頭に声が届けられるものだから、そこだけ嫌いであった。なんて、口にすることはできずして、今日も口へと頬張っていると――。
タンパク質、コラーゲンに森から見よ。この私は知っているぞ。
いつにも増して変な言葉が聞こえてきた。それに首を捻っていると、コトが「美味しくなかった?」と眉根を寄せてくるものだから、ポチが睨みつけてきたではないか。エンサはそうではない、と速攻で否定した。
「今日のガッツさんの言葉が意味不明過ぎるんだ」
なんて先ほど聞こえた言葉をコトたちに教えてあげた。これはどういう意味なのであろうか。そう頭を悩ませていると、彼女が「もしかしたら」と何かに気付いた様子。
「いつも私たちは一つのガッツさんだけで足りていたでしょ? でも、ティキンたちも増えたから二つか三つ分足したの」
「ああ、なるほどな」
この謎が解けたエンサはもうガッツさんの意味不明な言葉には気にすることがなかったと言う。




