第十八話:騙したいわけではないが、騙さざるを得ない
あれからというものの、コトの作るガッツさんの料理と引き換えに、拠点に住むこととなったボーソーゾクたち。彼らは食料調達をしに行くエンサの護衛も兼ねているようで、彼と一緒に移動をしているのだが――移動中はひっきりなしに泣くものだからうるさい、うるさい。ガッツさんの一言よりもひどくうるさく感じる。しかしながら、ボーソーゾクたちはきちんと仕事をするタイプではあるようで「あやしいと思ったら、すぐに言ってくれよな」と優しいではないか。この優しさとは裏腹に、うるさいだなんて言えないエンサは「感謝する」と引きつった顔で答えるしかなかった。
森の中を散策中、エンサはポチに言われたことを思い出した。それはボーソーゾクたちに森を脱出することを軽率に言うなという忠告。彼らはコトが作るガッツさんの料理を楽しみにしているぐらいだから。本当は、この見知らぬ森は人間を拒み、死へと追いやるような場所だ。早いところ脱出を謀りたく思う。
そのため、エンサは食料調達の名目のもと、裏では出口探しをするしかなかった。ボーソーゾクたちたちには、とりあえずはまっすぐに進みながら行こうと言っておくことにした。
そうして、周囲にうるささを与えながらも歩いていると、ボーソーゾクの一匹が「ところで」と何かを思い出したように話しかけてきたではないか。思わず、エンサは肩を強張らせてしまうが、脱出の件に関してではないことに安堵した。
「なんだ?」
「あの人間の女は俺らのことをボーソーゾクと呼んでいるが、どういう意味なんだ?」
それはエンサにもわからなかった。おそらくとしては、彼女がエメラルド・フォックスのことをそのように呼んでいるだけだと思う。であるが、そのボーソーゾクという意味がわからないものなのである。だからこそ、彼は「よくわからない」としか言いようがなかった。
「彼女は何でも自分主体で名付けているようだ。ガッツさんも、ポチもダルマさんも。皆、コトが名付けたそうだ」
その名付けで彼らは気に入っていると教えてあげると、そのボーソーゾクは「名前か」と視線をこちらに向けながらも、前に進んでいた。だが、ずっとうるさく鳴いていた一匹が「俺たちもそうしてもらおうぜ」と提案してきたではないか。それもそうだな、と納得するボーソーゾクたちは――。
「お前が名付けてくれ」
そうエンサに頼んできた。唐突ながらも、彼は困惑する。
「私がか?」
「そうだ、人間のお前がだ。お前にだって、名前はあるんだろ?」
「ああ、私はエンサ・グレーテンドルグ・リヒャイ・ニマーラ・アリア・イゥス・モヒトツではあるが、エンサでいい」
そう言えば、コトたちは自分のことを王子だなんて言わせていたな。今は身分なんて関係ないし、今度から普通に呼ばせようかな。なんて彼は思いながらも「貴様らには名前はないのか?」とボーソーゾクたちに訊いた。これに彼らはないと答えた。
「ならば、互いを呼び合うときはどう呼んでいるのだ?」
「一応、俺が兄貴だ」
「で、俺が二番目の兄貴」
「俺は三番目の兄貴だ」
「兄弟が多いのか?」
三匹目すらも兄貴と呼んでいるのだ。ということは、まだまだ兄弟たちがいるはず。そう思っていたのだが――。
「いないぞ」
そして、彼らは血縁者ではないという衝撃の事実が。それではなぜに『兄貴』だと呼称をするのか。あまりにも気になるから訊いてみれば「なんとなく」と言うではないか。
「こいつらと出会ったときに、俺は兄貴だって言ったら……じゃあ、俺は二番目の兄貴だな、俺は三番目の兄貴だなって決まった」
「適当過ぎないか? というか、貴様らはエメラルド・フォックスという種族だよな? それにちなんだ名前をつけなかったのか」
「それは人間が勝手に決めた種族の名前だろ? そんな長い名前よりも、まだ兄貴と呼ぶ方がちょうどよかったんだよ。なんとなくで」
「えっ、お前そうだったの?」
「もしかして、一人っ子なの?」
二番目の兄貴も、三番目の兄貴もそうとは知らずして、とりあえずは名乗っていたらしい。かなりのいい加減な三匹に苦笑いをするエンサは「わかった」と彼らの名前を付けてあげることに。
「どう言った名前がいいんだ? せっかくならば、自分好みの名前にしようではないか」
「いや、そういうのは俺たちよくわからないから、感で決定するよ。だから、とりあえず、名前を適当に言ってみてくれ」
なんとも無茶ぶりな物言いにエンサは眉をひそめた。簡単にそう言わないで欲しいとも思う。
「名前はその者を体として表すのだぞ。安易に名付けては、その者自身が安い存在になるだけだ」
「お前、人間なのにな。魔物の俺たちをそこまで言ってくれるとは思わなかった」
「私はお前ではない。エンサだ。父上と母上が時間をかけて名付けてもらったんだ。だから、私も貴様らの名前に関しては、かなり真剣に考えるからな」
だから、まずは自分たちが好きなものを教えてくれと頼みこむエンサ。そんな彼に二番目の兄貴が、肉が好きと答えた。それに思い出す。彼らは肉が好きだったな、と。であるならば、北部の方の国々で信仰する狩りの神様がいたはずだ。そこからその神話に出てくる名前を取って――。
「ヴィフ、ティキン、プォークというのはどうだろうか」
「どこから採ったんだ?」
「モヒトツ王国の北部にある国では狩りの神様を信仰しているんだ。そこに伝わる神話として、ヴィフという女神がティキン、プォークという精霊を従えて、猪のバケモノを退治したという伝説があるらしい」
「なるほどな。そうなると、ヴィフは三番目の兄貴、お前だ。お前は雌だし」
「え」
まさかの事実にエンサは硬直するが、そんな彼をよそに三番目の兄貴は嬉しそうに「やった」と喜んでいた。
「俺が女神!」
「じゃあ、俺はなんとなくでプォークがいい」
「なら、俺は消去法でティキンだな。エンサ、決まったぞ。今日から俺の名前はティキンだ」
「俺はプォーク」
「俺、女神」
「ヴィフだろ」
「間違えた、ヴィフで」
どこかしょんぼりげな三番目の兄貴にエンサは見かねて「女神がいいなら、そちらでもいいのでは?」とアドヴァイスをすれば――嬉しそうに自分の周りをぐるぐると回り出したではないか。
「やった! 俺、メガミで!」
「よかったな、三番目の兄貴改めメガミ」
「ああ、よかったよ。兄貴たち改め、ティキンにプォーク」
「ということで、これからはそう呼んでくれよ。エンサ」
「もちろんだ、よろしくな。ティキン、プォーク、メガミ」
◆
エンサたちが森の中でボーソーゾクたちに新しい名前を付けてあげている頃、コトとポチは自分たちだけでも積極的に出口を探さねばならなかった。一応はエンサには彼らが一緒にいるから、あまり散策できないだろうが、こちらは自由気ままなのである。これを機にと口にするポチは「出口を探すぞ」と言った。
「コトも王子もずっとこのまま、この森に居座ることなんてできないだろうからな」
「えー、でも楽しいよ」
「家に帰りたいのではないのか?」
「そりゃあね。帰りたいけど、この一年でどんなに探しても見つからないし……」
「諦めなければ、見つかるさ」
コトを励ますポチに彼女は大きく頷いた。諦めない、その思いがあれば、きっと出口は見つかるはず。
「ただ、あいつらだけには黙っておけよ。あいつらはこの森を出ることは許さないと思うから」
「でも、いずれは別れが……」
「コトの家がこの森に近かったら、それはそれでいいと思うが――遠いだろうが。毎日、ガッツさんの料理をあいつらにふるまうことだってできるわけがない」
「…………」
「だから、もしも、見つけたとしても、黙っておくこと。出ていくときは、あいつらがいないときに出ていく」
「どうやって、黙っていればいいの?」
「とりあえずは、コトが何も口走らなければいいはずだ。お前、余計な一言ばっかり言うから」
それと、とポチは木になっている果物を見上げた。
「探すのは食材を集めるふりをしながらだ。本格的に探すとなると、食料が手元にない状態だからな」
「わかった」
「それと、基本的な持ち帰りはガッツさん多めだ。それなら、あいつらは絶対に疑ったりはせん」
「なるほど! そうしよう、そうしよう!」
早速、コトは地面に埋まっているガッツさんを掘り出していた。その掘り出されたガッツさんは――。
そんなに森から出たいのであれば、私は出口を知っているぞ。
ガッツさんの声は人間の男にしか聞こえない。




