第十三話:畑で口を開けば
それじゃあ、いってきます。そうエンサに手を振るコト。ポチは横目でこちらを見るだけであるが、軽くしっぽを振ってくれた。一人と一匹はこれより畑に植える種を入手しに行くのである。その間、できたばかりの家にはエンサだけが残ることとなる。彼はその家の近くに畑を耕すことにした。どれほどの大きさがいいのだろうか。そもそも、こうして森の中でしか見かけない植物たちが多いから、普通の畑で見るような、大掛かりな肥やしはあまり必要ないのかもしれない。元々、ここの土地は豊かなのであろう。そう考えたエンサは魔法の斧で軽く土を掘り起こしてみることに。
「ここの土地は堅いんだな」
軽く掘り返してみてびっくりした。その土に触れてみてもびっくりだ。けっこうカチカチであることが判明したのだから。指で力を込めてみれば、ぼろぼろと崩れるだけ。水分はあまりないのに。どういう仕組みなのだろうか。なんて、エンサが気にしてみれば――。
私たちは乾燥地でも育つぞ。
種として取っておいたガッツさんがそう教えてくれた。どうやら、ガッツさんだけならず、この周辺で育つ植物は水分が少なくても成長してくれるらしい。こればかりはアドヴァイスをくれるガッツさんにありがたいと思っていた。
「ありがとう、ガッツさん」
ちなみにだが、普通にガッツさんに話しかけても、その言葉通りに返ってくるとは限らない。基本的には同じことを繰り返して言うだけ。発言内容は個体差があり、会話できる個体もこれまた個体数は少ないものだった。このガッツさんはまさにその個体のようであり、エンサの質疑に応答は完璧であった。どうせならば、食用として扱わず、自分たちの相談役としていて欲しいと思っていたのだが――。
今日の夕ご飯は私かい?
食べられたいのか、うずうずしているガッツさん。その思いのせいで、コトやポチに相談をしようと思っていたエンサの考えはパーに。あれだけ食べられたり、腕を引きちぎられたりすることに断末魔のような叫びをあげるガッツさんなのに。こういうときだけは食べられたいという願望があるのか。それとも、これも個体差なのか。
エンサは夕食の件についてずっと話しかけてくるガッツさんをよそに、黙々と畑を耕していくのであった。
◆
野菜という野菜がこの森に自生していることは多くない。そのため、コトとポチは種の発見に苦労していた。たくさん見つけてくると豪語していたが、現実はそう甘くないようだった。見つけたとしても、どれが種なのかわからないものがあったり、行く先々で凶暴な魔物と出くわしかけたりと、散々であった。
「難しいねぇ」
現在、コトが手にしているのはガッツさんの種だけ。
「ガッツさんばかりじゃ、保存食作るにしてもねぇ」
「意外に腐るのも早いからな」
「の割に、どこでもいる人だしね」
「人ではないがな」
「あーあ、種ないかな」
そう嘆くコトはあることを思いつく。もしかしたら、この森に棲んでいるダルマさんならば知っているかもしれない。その思い付きに、彼女は大声で「ダルマさーん!」と叫んでみた。すると――。
「なんだよ」
びしょ濡れのダルマさんがどこからともなく登場。びちゃびちゃな彼にコトもポチも目を見開いた。どうしたのか、何があったのか。あまりにも疑問が多過ぎて「雨が降っていたの?」と聞いてしまうほど。空を見上げたいところだが、残念なことに葉っぱが邪魔をしているから天気がわからない。一応、ポチが雲一つない快晴である、と鳥たちが言っていた、と教えてくれた。それならば、なぜにダルマさんは濡れていたのか。その理由は水浴びだと言う。
「えっ、水浴び? この森に川とかあるの?」
「湖があるぞ。お前さんたちが建てた拠点近くにあるじゃねぇか」
「知らない」
「吾輩もだ。水のにおいがしないから、困っていたのに」
「使えない鼻だな。年寄りだからか」
「うるさいぞ、赤顔」
今にもケンカしそうな雰囲気を出すポチであるが、そこはコトが押しのけるようにして退かした。
「ダルマさん、私にその場所を教えて」
「えっ? お前さんたち、いつもあの水の果実で事足りているじゃねぇか」
「いや、その……果物ばっかりじゃなくても普通の水も欲しいから。私だって、水浴びしたいよ」
「人間もしたがるのか」
「したいよ。だって、王子がいるもん。今まではポチと一緒だったからセーフだったのに」
「吾輩ならセーフって何?」
「ポチはポチだよ。異性じゃないもん」
ポチの前ならば、気にしないというコト。この言葉にショックを覚えた彼は前足で顔を覆うのだった。その様子をさほど気にすることもなく、コトはダルマさんに教えてとおねだりをする。しかしながら、ダルマさんは彼女がそのようなことで自分を呼び出したとは思えなかった。だからこそ、先に「何用で呼び出したんだ」と先にそちらを訊くことにした。この質問に、コトは本題を忘れるところだったらしい。彼女は思い出したようにして「種が欲しい」と言った。
「私たち、種が欲しいの」
「種? 腹でも減っているのか?」
「ううん、畑を作るの。でも、それに見合う種が見つからないからどうしようってダルマさんに相談を」
「とは言ってもな。森の住人たちのほとんどは種ごと食べちゃうやつらばっかりだし。というか、種が一番美味しいよな。だから、食べちゃう」
「だからないの!? 私たちにとっては死活問題なのに!」
種を食べたいというダルマさんにコトは膨れっ面を見せていた。何が何でも、種を入手したい、そんな彼女の願いにダルマさんは「わかった」と重々しい口調ながら水滴を地面へと垂らすのであった。
◆
そろそろお腹が空いてきたから、コトが作り置きしておいてくれたマッシュポテトみたいになったガッツさんと、試作の保存食を頬張っていた。ある程度の畑の整地は終わっている。あとは害獣対策用の囲いを作らなければ。エンサはすべてを食べ終えると、余った木材とつるで柵を作り始めるのであった。こうして、作業をしているから考えごとは増える一方である。どうにかして、森から出るという考えを押しのけるようにして出てくるのが――。
【父上!?】
父親の暗殺のことだった。なぜに父親は殺されなければならなかったのか。なぜに自分は冤罪をかけられてしまったのか。
【ああ、兄上! 待って、兄上!】
【王子様は国王様を殺したりなんかは……!】
強引に箱に詰められる前、目隠しや耳栓をされる前、ケンコやセイレイがこちらを悲しそうに見ていた。衛兵たちに掴みかかってまでも、罪を認めようとはしていなかった。そこが嬉しかった。嬉しかったのに――。
【案外、民衆でもなく、身内からだったりしてな】
二人を疑う自分がいる。大切な家族なのに。あのとき、必死になって否定してくれていたのに。あれは偽りなのだろうか。
色々あり過ぎて、彼らのことが信じられそうになかった。そのせいで、いつの間にか作業が止まっていた。そんなエンサに種のガッツさんは――。
つらいことがあるなら、吐き出しな。
こちらを見てくるガッツさんはとてもいい笑顔である。そんな彼の厚意に甘えるようにして「ガッツさん」と今にも泣きそうになっていた。言うべきか迷ったが、ここには自分とガッツさんしかいないのだ。吐き出してもいいかもしれない。
「……ずっと、父上が殺されたことが気になっていて……」
親父さん、誰かに殺されたのか。怨恨として考えられるなら誰なんだ?
「それが全然わからないんだ。私は疑いたくない相手を疑いそうになっている。そんな自分が嫌いだ」
自分を嫌うな。そんなことを思っていると、何もかも信じられなくなってしまうぞ。
「わかっている、わかっているさ。でも、ケンコや大臣だけでは疑いたくないんだ。あんなにも優しい二人がって考えると……」
疑いたくなければ、疑わなくてもいいんじゃないか。
「え」
人への信頼は他人からの信頼につながる。だから、坊主が誰をどう思うかなんて自由ではある。だが、本当に自分が誰を信じるべきなのか。信じたいと思う人に対する、その人の信用だけは見失っちゃいかん。坊主が行く先の道がわからなくなるからな。
何を言っているのかよくわからない。これは植物であるガッツさんの思考の限界とやらか。であっても、何が言いたいのかはおおよそわかった。
「ガッツさん……」
泣きたいときは泣け。男だって、泣いてもおかしい話ではないからな。
ガッツさんの優しさに、思わず涙目になるエンサ。ありがとう、ガッツさんとお礼を言ってはいるのだが――傍から見れば、独り言をしゃべって、勝手に泣いている危ない人である。その様子にポチは「関りを持とうとするな」と湖で少しばかりさっぱりとなったコトに告げるのであった。
「あいつ、頭おかしい」
「えー? でも、ガッツさんとお話ししているんでしょ? いいなぁ」
「傍から見れば、ヤバイぞ」
「大丈夫だよ。ここで見守っていれば、その内私たちの存在にも気付くから」
「それはそれで王子が可哀想だぞ」
エンサを見守ると言い張るコトは近くの切り株に座り、やり取りを微笑ましそうに見ていると――。
「……いたのであれば、教えて欲しかった」
顔を真っ赤にするエンサがこちらへとやってきたではないか。これに笑い転げるポチ。
「いつから見ていた」
「王子のお父さんが誰かに殺されたって件から」
「結構最初の方じゃないか」
笑うポチにエンサは「恥ずかしい!」と更に顔を真っ赤にさせていたが――。
「コト、何かさっぱりしていないか?」
朝見たときの彼女はぼさぼさ頭に泥だらけの格好だったのに対して、今は髪はある程度整えられており、服自体も多少の泥は残っているが、以前より綺麗になっていた。この疑問にコトはダルマさんから教えてもらった湖のことを話した。場所案内は後でするとして、先にと――。
「はい、これ」
コトより渡されたのはダルマさんの顔をした小さな粒だった。これには思わず、手に取ったエンサが地面へと落としそうになるのだが――落としたら落としたでしゃべりそうな予感がするため、絶対に落とさないと決めた。持ち方にはやや不安があるが「なんだ、これは」と訊ねた。
「ダルマさんに似ているが」
「ダルマさんの種だよ。幼体が食べ頃なんだって」
「え? ダルマさんの種って何?」
「ダルマさんの種はダルマさんの種だよ。要は豆だよ、豆」
「……あのさやから出てくる豆の代わりにダルマさんが出てくるのか」
「そう。味はグリンピースに塩を振ったものみたいだったよ」
「これはどこから出てくるものなんだ?」
「ちょっと待ってろって、五分は待たされたかな」
「…………」
何となく予想がつく。だからこそ、そんなもの食べたくない。そう思ってはいるのだが、現実は厳しいものであった。毎日食材を探すより、保存が利くようにして畑で作っていく。こうするしか、効率は良くないのだ。
ああ、早く出たい。エンサはそう強く心に思いながらも、コトに教えてもらった場所で水浴びをするのであった。




