第十話:対立は双方の魅力を思う存分引き出す
某日、西方の国へと一人の使いの者がやって来た。その者はモヒトツ王国の外交使者であると名乗った。そんな彼は西方を治める王へと一通の文書を差し出した。文書の内容は――。
『貴国とモヒトツ王国は同名および、国交を断絶する。その意味を表すかのようにして、我が国には貴国の王女であるファインがいることを忘れてはならない。』
概ねはそう書かれているが、裏を返せば――モヒトツ王国に滞在中の王女ファインを人質に取っていることを表すのだ。それは、すなわち、西方の国に残された選択肢はモヒトツ王国に無条件降伏しなければならないということにある。大事な娘を返して欲しくば、どうするべきかわかっているよな? これにはそのような意味が込められていた。それを読み終えた王はこちらの顔色を窺っている使者に「よかろう」と一言発し――。
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文書を通達しに行った外交使者がモヒトツ王国へと戻ってきた。そんな彼は顔を真っ青にしながら、西方の国からの返事をケンコに差し出すと――塵となって消えてしまうのだった。この様子を見た大臣は「魔法ですな」と部屋で待機をさせている使用人たちに、掃除をするように命令を下した。
「さて、国王様。あなた様が軍隊を動かしたいという願いが叶うときがやって参りましたよ」
返事の文書を見ていたケンコは十一とは思えない不敵な笑みを見せる。その文書を読み終えた彼は、燃やしてしまう。彼は「十分なお返事だ」と大変満足していたという。
「僕の初陣が西方との戦いとは。ああ、兄上が束ねていた兵士たちはどれほどの実力を兼ね備えているのだろうか」
「ご安心を。前将軍、エンサ王子様が出るまでもないほど、魔法に負けない屈強な戦士たちが勢ぞろいしているとの噂でございます」
「それならば、僕は安心して後方で指揮をするだけだな」
そして、残念だったな。そうケンコは部屋の一角に作られた檻の中にいるファインにそう言った。彼女は檻の中でずっと彼らを睨みつけているようだった。
「魔法で負ければいいのに」
「あなたが僕たち家族の問題に割り込もうとしたからだ。当然、あなたのお父様はお怒りになる。ファイン王女、あなたは国に捨てられたのですよ」
西方の国からの返事は一言。宣戦布告である。人質となったファインのことは一切記述がない。ということは、彼女の父親である王は見捨てたとでもいうのだろうか。そんな悲しい事実にファインは涙を見せることもなく、ずっと意地を張っているようであった。
「あなたみたいな、子ども軍隊にわたくしの国が負けるとは思えないわ。絶対に、モヒトツ王国は負ける。それがわたくしが見据える未来のヴィジョンですわ」
互いがずっと相手を煽るようにしてにやにやと笑っている。この現状に、どちらが焦っているのかでさえわからないセイレイは、静かに腕を組んで二人を見守っているのだった。
「だったら、あなたのその賭けに乗りましょう。僕は自国が勝つと賭ける。だから、王女、あなたの国が負けたら――僕と結婚をすること」
「なっ……!」
ここにきて、不意の発言にファインは戸惑いを隠しきれていないようだ。彼女は唇をぎゅっと一文字にし、歯を食いしばっていた。
「向こうが負ければ、僕の国となる。それならば、元王女として相応しい結婚相手はここにいる。まだ婚約者すらも決まっていない、この僕が。いい話じゃないか。敗戦国の姫は誰ももらいたがらないとも聞くようだし」
にこにこと、子どもであることを忘れるほどの不気味な笑顔をファインに向けると、衛兵たちに見張っておくように指示を出した。彼はすぐに真顔になると、この部屋を後にする。
◆
二人っきりの執務室にて。どのように行軍をするかと考えるケンコにセイレイが「ファイン王女様は可哀想なお方だ」と呟くように言った。
「あの方はまだエンサ王子様が犯人ではないと信じておりますよ」
「でも、証拠はあるさ。だから、本当は死刑であるところを追放に刑を軽くしたんだ。実際に、民衆たちの声は?」
「彼らはその事実を受け止めて、死刑に賛成や反対をするもの半々というところでしょうか。あの方自身のことは気にも留めていないように思えます」
セイレイの報告に、ケンコは目を伏せて悲しそうな顔を見せた。
「……兄上のこと自体は興味がないのか」
「おそらく、エンサ王子さまはケンコ国王様がそう思ってくれているだけでも、嬉しいと仰るでしょうな」
「だと思いたい。僕だって、本当はファイン王女が提案した法律をどうにか改訂できるようにしたい。でも、そう簡単にはいかないんだろう?」
「いきません。法律とは王族だけでなく、民のためにあるようなもの。私はそれを尊重しております。ですから、勝手な決断はしてなりませぬ。ですが、あなた様がそのようにしたいと強く願い、命令をしてくださるのであれば、この私が民衆を扇動いたしましょう」
「実に素晴らしい。それでは、可愛そうな王女のために大臣よ、命令だ。兄上がこの国へと戻ってこられるような措置を取るように」
「ええ、まずは政治会議での議題として提案してみましょう」
そう依頼を承ったセイレイはケンコに深く頭を下げると、執務室から立ち去ってしまった。ドアが閉まる音を聞きながら、ケンコは過去の軍事作戦記録を引っ張り出して今回の作戦の参考にしようとする。その作戦文書を目で流しながら――。
「そういうことだ」
そう部屋の窓辺側へと声をかける。ゆっくりとそちらへ赴きながら、窓を開ければ――そこにはファインがいた。彼女は眉根を寄せ、じっとケンコを見ている。
「いやあ、王女。そのようにして、脱走できるのであれば、自分の国へとお戻りできるでしょうに」
「あなたが法律を変えようとするから、逃げるに逃げ出せなくなったじゃない」
窓の外に隠れる必要性がないと判断したファインは、執務室へと入ってきた。だが、彼女は「でも」とケンコを睨みつける。
「わたくしとケンコ王子は赤い糸で結ばれていましてよ! 絶対に、あなたとは結婚したくありませんし、わたくしの国は絶対に負けませんからね!」
「面白い。あくまでも、あなたはモヒトツ王国の民になどならぬと言うか!」
「ええ。だから、法律を作り直したとしても、わたくしと王子はこの国から出ていきますから」
「そうして、西方の国へとお帰りになる、と……」
にたりと笑うケンコ。これは面白くなってきた。絶対に負けられそうにない戦争がここにある。であるならば、敵であるファインを自由の身にしていては危険だ。もっと、逃げられないような場所に閉じ込めないと。
「それならば、王女。僕はあなたに素敵な部屋をご用意いたしましょう」
そう懐から取り出したのは、きらきらと宝石が美しく輝く短剣。その柄の部分で、ファインの頭を狙うようにして――。
「ダメですよ。あなたは一応人質。うろうろしていると、うっかり屋の衛兵に殺されちゃいますからね」
目を閉じる前のファインの目には、短剣の刃に刻まれた何かが。だが、視界がぼやけていて、よくわからなかった。




