第九話:闇に埋もれた小さな光は明るみ出ることはできるか
天気がいい、と鳥たちが言っている。そうポチが言っていたので、今日の分の食料を探しに行くことにした。一応、拠点となる場所にはエンサとダルマさんが残って骨組みを立てる準備をしているようだ。どのみち、力仕事が向いていないコトとポチ。だからこそ、彼らは食料確保に努めるべきだと考えていた。
「天気がいいって言ってもねー」
コトは頭上を見上げた。そこには空をびっしりと葉っぱで埋め尽くされているだけ。この森に光なんて入らない。そう言わんばかりに、とても暗かった。
「鳥みたいに羽があれば、飛んで、天気がわかるのに」
「それよりも、この森から出られるぞ」
「あっ、本当だ。ねえ、ポチ。空を飛べる魔法は教えてくれないの?」
そう訊ねるコトはポケットから赤色の魔法石を取り出した。今のところ、扱える魔法は炎を出す魔法だけ。それも、修行中である。彼女が別の魔法を教えてくれ、と申し出るのだが――。
「魔法石には種類というものがあってな。コトが手にしているのは攻撃魔法しかできないものなのだよ」
残念だ。せっかく、空飛ぶ魔法を入手して、森から脱出。なんて考えていたのに。コトが不服そうにしていると、ここで一つの疑問が生まれた。
「じゃあ、この石を持っていた人はどうやってこの森に入ったのかな? 普通に崖から落ちた?」
「という可能性もあるが、別の誰かと入ってきたという可能性も捨てきれないぞ。それで、置き去りにされたか」
この森で行き倒れになっていた死体。彼は元々魔法使いであることは明らかのようで、なぜにここで死んだのか。未だとして原因はわかっていないのだが――仲間との仲違いか。あるいは死別か。どちらにせよ、彼自身がこの森から出られない状況に陥ってしまったということは明白である。
「吾輩がにおいを嗅いだときは、もう一人の人間のにおいがしていたからな。考えられるならば、もう一人いたはずだ。そう考える以外に、どんなことがあったのか。空が飛べる魔法があるならば、あやつはあの場所で死んでいないはずだからな」
「そっか」
コトとポチが発見当初の死体は白骨化していた。相当な月日が流れていたということは当然だった。おそらくは、コトがこの森へと来る前に、やって来て。何らかの理由で出られなくなってしまったに違いない。
「生前のあやつを森の中で見たかどうかはもう覚えていないな。数十年に一度は誰かを見ても、そいつかどうかを一々覚えていられない」
「そうだよね」
一体、彼らに何があったのか。いくら調査をしようとも、自分たちに彼の死因を理解できるわけでもないのだから。それに、かなりの月日が経っている。もう証拠というもの自体風化しているだろう。それよりも、彼らは死因を特定できる専門家でもないのだから。
逝き倒れとなった者に関してはどうすることもできない。そのまま、見て見ぬふりが一番だと促されるコト。彼女は気にしつつも、気になった果物を見上げながら「難しいね」と、その一言で話を終わるべきなのだろう。そう思っていたのだが――。
「ん」
珍しく、暗い森に光が。あまりにも眩しくて、目がチカチカしている。思わず、目を細める彼女に「どうしたのだ?」とポチが気にし出す。
「目が痛いのか?」
「ううん、眩しいの」
そう言うコトは眩しいと思う方向を指差した。太陽の光にしては、位置的におかしいと思えた。きらきらと光っている場所が地面だったからだ。木漏れ日で何かを反射しているのか。まさか、こんな森の中に鏡があるとは到底思えない。コトとポチは興味深そうにして、その光るものへと近付いてみた。
一体、何なのだろうか。それは――。
「短剣か」
それもまだ新品に近いものに見えた。柄の部分には色とりどりの宝石と繊細に綺麗な糸で織り込まれた紐で装飾をあしらっているから、いかにも高級感あふれる短剣。だが、刃はチープさが目立つ、妙に小綺麗なものである。何かを切ったり、刺したりするような重厚感は見られないようだ。ならば、これは実用的なものではなく、祭事に使われるものなのだろうか。
「なんでこれがこんなところに?」
「それも錆は一切ないな。誰かが落としたのかもしれないな」
現に、その短剣が落とされた場所の目の前には自力では登れそうにない崖があるのだ。誰かが誤って落とした。それしか考えられなかった。試しにポチがにおいを嗅いでみた。そこからわかるにおいは数人の人間のにおいだけ。おそらくは作り手と使用者か。そして、何より一つだけ知っている者のにおいがなぜかした。
「これは王子のにおいだな」
「えっ、王子が持っていたの? でも、手足を拘束されて箱の中に入っていたんでしょ?」
「だが、王子のにおいだ。まあ、本人に確認を取ればいいだろう。違えば、コトがもらえばいい。ここでそれぐらいの刃渡りのものが見つかってよかったじゃないか。これで、きちんと肉を切り分けることができる」
そして、ここに落としたものはほぼ回収が不可能に近い。この短剣がエンサのものではないならば。もしも、別の誰かの所有物であるならば――きっと、落とした者も諦めがついている頃だろう。それならば、こちらで有効活用するのは悪い話ではないはず。
「それもそうだね。でも、私は炎魔法をもっと練習しなくちゃ」
「それもそうだ。料理は火力が大事だからな」
「うん」
いいものを拾った。そんな一人と一匹はホクホク顔で拠点となる場所へと戻ると――その綺麗な短剣を見たエンサは瞬時に反応を見せた。やはり、これは彼のものなのか?
「どこで拾ったんだ?」
「森の中だよ。これ、王子のでしょ?」
「より正確に言えば、吾輩たちが食料調達しに行った方角だ」
急にエンサの顔が神妙な面持ちへと変わった。ポチはコトにきちんと見せてやれ、と促す。彼女から受け取り、短剣をまじまじと見つめるエンサは――。
「私の短剣とそっくりだ」
「王子のではないのか? においはお前のにおいだったぞ」
「いや、私のものではない」
どうも自分の者ではないとわかったエンサは、ダルマさんにも見せてあげた。彼はその短剣を手に取り一目で「チープものだな」と唾を吐きつけた。それを綺麗に磨いていけば――。
「これでなんでも切りやすい包丁に大変身だ」
「ありがとう、ダルマさん」
切れ味抜群の包丁として進化したか。その綺麗な短剣が新たに生まれ変わる瞬間を目撃したエンサは誰が作ったのか疑問を抱いていた。自分が所持していたものとそっくりの短剣に疑心を抱いているようである。そんな面持ちのエンサに「気のせいだ」と楽観的な発言をするポチ。
「人間が作るものが似ていることは不思議ではない。王子のにおいが同じなやつだっているはずだ。聞いたことあるぞ、王族は香水を使うと」
ポチの言う通りではある。人間だからこそ、考えや想像は似ることだってある。そう納得したかったエンサではあるのだが――。
「いや」
疑いは晴れそうになかった。
「あれはどう考えても、私の短剣に似過ぎている。宝石の配置も、刃の形も全く同じなんだ。唯一、私の名前が刃に彫られていないからすぐに偽物だと気付いた。あと、ダルマさんが言っていたチープさも言われてみればそうだ。国一番の鍛冶屋が作ったものなのに」
「それならば、王子の本物の短剣はどこにあるんだ? なんで、それからは王子のにおいがするんだ?」
「わからない。本物はまだモヒトツ王国の城にあるかもしれない」
「でも、一番の問題はなぜに王子の短剣とそっくりなものがあるかってことだよね?」
首を傾げるコトにエンサはその通りだと頷いた。
「父上が刺されていた得物は私の短剣だったし……それなのか?」
エンサは言う。自分の父親暗殺時には自身の短剣が使われていたのだ、と。だが、それはあり得ない話なのだ。短剣はいつも肌身外さず持っていた。だから、考えられるのはこの短剣こそがモヒトツ王国国王を殺害した得物だと。
だが、それをポチはすぐに否定した。
「においを嗅いだとき、複数の人間のにおいはしたが、血のにおいなんてしなかったぞ」
「しかし、私の名前が入った短剣は、私がずっと持っていたんだ! あのときでさえも、懐に所持していた」
だとしても、今さら確かめようはない。エンサはこの森へと追放されたとき、丸腰状態だったのだから。
「だったら、それとは別に王子が持っているはずだったものと、これが交換されていたら?」
「どういうことだ?」
珍しく推理をするコトに誰もが彼女へと注目をした。
「同じものがあるなら、どこかでこっそり交換されていたかもよ? それも、こうしてこれが森の中にあるなら――あっちはモヒトツ王国の方角ってことだよね? それなら、これに王子のにおいがするのも納得できるよ」
コト、なんか今日はめっちゃ頭が冴えてね? 普段は真面目ではあるが、ぶっ飛んだ考えばかりをする彼女とは思えない推理力にポチは「大丈夫か」と心配そうにする。
「どこか痛いのか?」
「私だって、考えているけど」
「……いや、貴様の場合は考えていないことが多い」
「言えてる」
「ひどい」
一同からの言葉にコトは膨れっ面を見せていた。だが、彼女の理論は決しておかしな話ではない。それがもしも、事実であるならば、このチープ短剣を作ったやつがモヒトツ王国国王を殺害した犯人につながるのだから。それならば、と「コトの慧眼さは置いとくとして」そう、元々の短剣の制作者を訊ねるダルマさん。誰が作ったのか。この疑問にエンサは知っているようで――。
「私の短剣は、刃は汗だくのガンモが。柄の装飾は厚化粧のマリアがした」
「なんだ、その異名は」
「彼らはとても仕事熱心な者たちだ。だから、父上殺害に加担したとは到底思いにくい」
「ええ、そうかな?」
おっ、出たな? コトの新たな慧眼に一同は期待を寄せるも――どこか自信満々な顔であったが、ポチはすぐに見抜いた。
「汗だくのガンモと厚化粧のマリアが犯人じゃないからな。絶対」
「え」
どうして、自分の頭の中の考えがポチにわかったのだろうか。ポチの言葉にダルマさんもエンサもそれはない、と苦笑いをしていた。だが、コトはどうしても汗だくのガンモと厚化粧のマリアが真犯人だと信じて疑わないのである。
「だって、だって、王子が汗だくのガンモとか厚化粧のマリアなんて呼ぶから」
「その逆恨みなら、王子の方を暗殺しているから。というか、そんなことで王を殺害するやつがどこにいるんだ」
「えー、違うの? じゃあ、誰ぇ?」
「……案外、職人でも、民衆でもなく、身内からとは考えられないか?」
そう推測を立てるポチはちらり、とエンサの方を見た。しかし、彼は「それはありえない」と断固として認めようとしなかった。
「ケンコも大臣も父上を殺すなんて。ケンコはまだ十一なんだぞ。そんな計画を心中だけで進められるはずがない。それに、大臣は以前父上と肩を組んで楽しそうに歌いながら酔っぱらって果実酒を飲んでいる姿を目撃したことがあるから、仲はいいはずだ」
「ならば、お前さんの母親は?」
「ケンコが生まれてすぐに亡くなった」
「じゃあ、もう誰が犯人か全くわからないね」
「というか、一国の王と大臣が肩を組み合い、楽しそうに歌いながら酔っぱらって果実酒を飲んでいたのってどういうこと? 祭りのときか何か?」
「あれは、私が遠征へと向かう前夜祭のときだ。二人別室で、しかも裸で楽しそうに乾杯をしていたんだ。なんだっけか、掛け声がルネ何とかと言っていたぞ」
「うーん、本当に楽しそうで何より」
「楽しそう……ああ、楽しそうだな」
結局、エンサの父親を殺害した犯人の手掛かりは見つかったようなものであるが――これ以上の憶測を立てるのは難しいと判断した彼らは拠点づくりに励むのであった。




