第80話 会議
少女はいつも眠っていた。身体が思うように動かせずに意識はぼっーとしていたせいで眠らざるおえなかったとも言える。だが今日はいつもと違い、心地よく目覚めることが出来た。少女はどうにか起き上がり、辺りを見回すと人影を見つける。ぼんやりと視界に入る人影は、パチパチと燃える炎の前で歌を唄っていた。その人影は自分が起きたことに気づいたのか、こちらに近づき頭を優しく撫でてくれた。そしてその感触と、響き渡る歌が包み込んでやっぱり少女は眠くなった。もう少しこの時間を味わいたいと思ったが、眠気には不思議と抗えずに意識は沈んでいった。
ーーーーノアは大きな棚を退かして部屋を出る。この部屋の扉が腐り落ちてしまったため、代わりに棚で塞ぐことで寒さの対策を行っていた。螺旋階段を降り隔離された塔から出て行く。何故ならノアは守りびとである前に騎士なのだから。ノアが橋を渡って城内へ入ると決まって使用人達がざわめき出す。昨晩ノアが少女を連れ回していたことや、パンを投げつけられたのを見た者達が多く、全員が口を歪めて鼻を鳴らす。
「おーいカラス。これから迎えに行くところだったんだ。丁度良かった」
「ッ、その呼び方やめてもらえませんか」
大鷲の亜人であるホムラが手を上げながらこちらに向かって歩いてきた。騎士達がうじゃうじゃいる城内で何度もカラスと呼ばれるのはたまったもんじゃなく、ノアはドキリと心臓を跳ねさせた。八咫烏としてここに侵入したこともあり、呼ばれるたびに内心はヒヤヒヤする。ノアは彼に何て言葉を投げるか悩んだが、まず彼の名前をまだ知らないことに気がつき口ごもった。そのことを察したホムラは白い歯を見せながら笑う。
「あー、そういやまだお互い名乗ってなかったか。 俺はホムラだ」
「……僕はノアです。何か用があったんですか?」
「まぁな。っていうかお前、最初みたいに普通に喋れよ。俺とお前の仲だろ?」
「どんな仲ですか。というかホムラさんは隊長でしたよね? それならなおさら無理です」
「馬鹿言え。お前も騎士隊長だろ? 」
「は?」
「守りびとになるのは騎士隊長だけだ。 つまり姫を持つお前は必然的に騎士隊長扱いだ。 よかったな」
ノアはその言葉に絶句する。手間が省けたのはいいが、罪人であるノアが騎士隊長となれば周りの騎士が黙っちゃいないだろう。新人がいきなり隊長になる。それはノアが思っているより遥かに騎士達のプライドを傷つけ、踏みにじる結果となっていた。
「まぁまだお前には部下もいねぇから隊長だけの部隊になるな」
「……それは気が楽でいいな」
ノアがくだけた口調で話したことが嬉しかったのか、ホムラはノアの横腹を小突いてニヤリと笑う。だがその笑みもすぐに消して真剣な表情で声をひそめた。
「それで、あの子はどうした?」
「今は眠ってるよ。 ああ、そうだ。そういえばあの子の名前は何ていうの?」
「……そんなもんねぇよ」
少女は産まれた時から病を患っていたらしく、両親はそれが分かると名前を授ける前にあの子を捨てたのだ。産まれた瞬間から異端者として隔離されて名前すら無い。まるで誰かさんのようだ。
「じゃあ僕が名前つけてもいいかな?」
もう少し重たい空気になると思っていたホムラは、ノアの回答は予想外だったらしく思わず吹き出した。
「それがいい。可愛い名前でもつけてやれよ」
ホムラが迎えに来たのは会議にノアを出席させるためだった。その会議は月に一度、隊長達が集まる会議でニヴルヘイムの問題を話し合うものであった。ノアは何人もの騎士隊長が座っている中、自分も隅の方に座って話を聞くことにした。そんなノアをジロリと睨む者もいれば、愛想よく歓迎してくれる者もいて、全く関心を持たない者もいた。いろんな騎士がいる中で、一番ノアを驚かせたのはニヴルヘイムの騎士長だった。騎士長は鬼だった。赤い皮膚に巨大な体。裂けた口から出てる牙や頭から生えている一本のツノ。厳つい形相は本物の鬼だ。その人間離れした姿は狐姿の エデンを嫌でも思い浮かべてしまう。
「あの姿……亜人、なんだよな?」
「ん?ああ、騎士長のことか。騎士長は700年前の生き残りらしいぜ。昔の戦士は皆んなあんな姿だったらしいぞ」
鬼の騎士長、名をトオエンマという。彼は700年前に起きた戦争、六花の戦火で戦い抜いた戦士である。元々は人間という種族で統一された世界で、化学の力を体内に打ちこみ怪物となった。その力は子孫に渡るにつれて薄くなりつつあるが、狐の姿をしたエデンや赤鬼のようなトオエンマの姿が本来の亜人の姿なのだ。確かにトオエンマからは、大昔から生き続けているという貫禄が感じられる。このように戦争の名残を体に残している亜人達はこの国にもまだ何人かいるのだ。
「さて、今回問題となっとる件は二つ」
騎士長、トオエンマは重い声を喉から出して全員の視線を集めた。トオエンマはこちらを見ているわけではないのに、その迫力に鳥肌が立ってしまう。
「まずは中央街東区。別名、夜の街。そこで最近市民が行方不明になることが多いらしいくてな。何人か調査のために騎士を送り込んだのじゃが、そいつらも帰ってきとらん」
このニヴルヘイムのすぐ下町にあたる場所で、巨大な城が太陽の光を遮っているため、その街は一日中夜だという。そしてそこで相次ぐ行方不明者。貴族や王族の護衛の他にも国で起きた事件の解決も騎士達の仕事の一つであった。
「もう一つの問題。それは知っての通り、最近暴れ回っとる二人の賊の件じゃ」
トオエンマの言葉に覚えがあり体が自然と跳ねる。ノアは表には出さないように堪えるが内心でジワリと焦燥感がよぎった。
「残されていた痕跡から一人は魔族、もう一人は羽を生やしているが獣族だということがわかった。そやつは二人一組で動いとるらしく、あの毒猫と一緒に現れる。賊は合わせれば3人ということになるな」
最初に二人だと聞いて自分達のことだと思ったが、まだ別にいるらしい。二人一組の獣族というのがノアとテトのことだろう。だがそれよりノアが気になったのが自分が獣族だということが知られていたことだ。ノアはたびたび翼を騎士達の前で広げたことがあるため天空族だと思われてもおかしくないはずだ。現場に落ちた羽を何らかの方法で調べあげて限定したのだろうか、それは詳しくはわからない。だがそれはノアにとって好都合だった。ノアは羽があるというだけでなく、天空族の特徴でもある透明な瞳を持っている。この容姿でノアが獣族だと思う者はいないだろう。
「危険性が高いのは魔族のほうじゃ。こやつは警備しとった我々の仲間を片っ端から殺し回っとる。じゃが捕縛が困難なのは獣族のほうじゃろう。毒猫と行動を共にしとることも大きいが、こやつはあの上界南区の騎士長を前にして逃げきったと言われとる。その際に騎士長の腕をもぎ取り、外壁を蜂の巣状態にして逃亡するほどの力を持っとる。あの狐と同格かそれ以上の力を持っとると考えておけ。両方とも侮らず見つけたら迷わず殺せ」
トオエンマは手に持っていた報告書を握り潰して目を見開く。
ノアが反撃した際、エデンの腕に傷をつけることが出来ただけの話がもぎ取ったことになっている。噂が人から人へ渡るたびに肥大化していったのだろう。ノアはその情報に驚きつつも呆れてしまう。そんなノアを横目で見ていたホムラがこっそりと耳打ちする。
「あの話結構有名だぜ? 怪盗が暴れて騎士長を壁ごと潰したってな。 あれどこまでが本当なんだ?アルフヘイムのエデンって言ったら最強の騎士であり最強の剣士って話だぞ? まさかお前そんなやつに勝ったって言うんじゃねぇだろうな」
「まさか。 噂に尾びれが付いたどころの話じゃない。僕なんかまるで歯が立たなかった。惨めに敗北した挙句、同情して見逃してもらったよ」
半ば予想通りの答えにホムラはケラケラと笑う。暴走して壁にいくつも穴を開けて腹いせのように暴れ回ったのは本当だが、惨めすぎてそれを言う必要もないだろう。
「でも、次は必ず殺してみせる」
ノアはその言葉に迂闊にも感情を込めてしまっていた。その時のノアの顔には只ならぬ覚悟や怒り、言い表せない感情がいくつも込められおり、ホムラはその眼を見て唾を飲み込んだ。それはほんの僅かな、殺気ともいえない意気込みの延長線でしかないもの。だがここに集まる実力者達が反応するには十分だった。
「何か文句でもあるのか?」
席から乱暴に立ち上がった黒髪黒目の男はノアを睨みつける。その男はノアがここに来てからずっと睨んでいた。その男は確か三番隊隊長だった人物。
「いえ、そういうつもりでは」
しまった、そう思った頃には状況はいっきに転がり落ちていた。
「そうか、だが俺はある。 俺はお前がここに来ることを認めてないぞ」
罪人がここにいるべきではない。そう言われると思っていたし、ホムラに呼ばれたから来ただけでノアもたいしてこの会議に興味があるわけでもないため退出しても構わなかった。だが、それは男の言葉を聞くまでだった。
「お前が罪人じゃないことくらい知ってるさ。王族ってのは罪をふっかけることくらい余裕でする。 だが、お前はその罠に容易にぶちこまれやがった。知能も能力もないマヌケが俺と同じ座にいられると隊長の格が下がっちまう」
「おい、オズワルド!その話は昨日済んだだろ!こいつの力は俺が認めてる!」
「黙ってろ!こんな腑抜けたやつ、どこを認めたってんだ。 実際見てみたらこんなチンケな野郎だとはな。ただのガキが来るところじゃねぇんだよ!」
オズワルドは怒りをあらわに怒鳴り上げる。ホムラは、ノアがこんな時無抵抗で言われるがままになる事を数日の付き合いだがわかっていた。だから必死に庇った。
しかし、この時のノアはいつもとは違っていた。
「力があれば認めるのか?ならお前の死体で証明してやってもいいんだぞ」
「おい、ノア!? お前もどうしたんだ。 少し落ち着け」
ノアはゆらりと立ち上がって挑発するように笑い返す。何故か怒りが湧いてくる。いや、理由は酷く単純なものだ。それはオズワルドという男が龍族であったからだ。
ノアにとって龍族であること、それだけで罪なのだ。龍族に馬鹿にされ、腑抜けと言われただけで胸糞が悪くはらわたが煮え繰り返る。その様子に慌ててホムラは止めに入るが二人はもう止まる気配はなかった。




