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成れ果ての不死鳥の成り上がり・苦難の道を歩み最強になるまでの物語  作者: ネクロマンシー
第1章 壊れ続ける日常
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第8話 消えたもの

 空からゆっくりと落ちてくる白い羽は、血の池に触れた途端次々に真っ赤に染められていく。


「……………カナリア?」


 ノアは目の前にいる血だらけの少女がカナリアだということ気づく。震えた足でカナリアに近寄り、すっかり軽くなった身体を腕で支え、ゆっくりと持ち上げた。するとカナリアは、かぼそい笑みを浮かべながらうっすらと目を開けた。


「ノア……だいじょ…うぶ?」


「なんで、うそだ。カナリアッ!」


 必死にカナリアから零れ落ちる内臓を、ノアは手ですくって体内に戻そうとする。

 いくら血肉を掻き集めようと命はすくえない。カナリアはもう助からない、誰が見ても分かることだろう。しかしノアは認めなかった。現実を受け止めきれずに涙を流しひたすら喚く。


「嫌だっ。嫌だ、ダメだ。」


「ノア……」


「俺のせいでっ、俺のせいで!カナリアが…」


 たとえカナリアに、村のみんなのような目で見られたとしても、打ち明けていればよかった。自分が不死身の化け物だということを。もし打ち明けていれば、カナリアは自分を庇わず、こんな死が訪れることはなかった。

 罪悪感で潰れそうだ。身体が熱くなり汗も止まらない指も震える。

 あれだけ自分を苦しませた、生命力。けれど他人の命はどうしてこんなにも脆いんだ。

 俺の力はなんて自分勝手なんだ。自分だけしか守れない、こんな無価値な力はどしてあるんだ。



 このままじゃカナリアが自分の前から消えてしまう


 俺のせいで。 俺が生きていたせいで。 俺が君と出会ったせいで。

 俺があいつらになにもできなかったせいで。 俺が逃げたせいで。 俺が弱いせいで!


 俺が強かったら。 あいつらを蹂躙するほどの力があれば。 俺が他人の傷も治せたなら 俺が!俺が!!



 ――頰にひんやりとした感触を感じた。

 それは優しくノアの頰を撫でるカナリアの手だった。血で濡れて今にも折れてしまいそうな細いくてか弱い綺麗な手。


「ふふ…ごめんなさい。またノアを…一人にして…困らせちゃうわね」


「俺を助けてもっ…カナリアがいなくなったら意味がないじゃないかぁ……」


「そうね。 でも、勝手に身体が動いちゃったの。ダメね、わたし…。でもノアが、死なないとしても…不安にはなるし…傷ついて…欲しくもなかったの」


「……知ってたのか?」


 驚愕だった。ノアは自分が隠し続け、知られることを恐れていたことをカナリアは全て知っていた。そのうえで優しく接してくれていた。あの目で見るどころか温かい目で見守ってくれていたのだ。


「ここにノアが…あの猛毒の大地から…来てくれた時。 マスクも何もつけずにここに辿り着いてたでしょ。森で怪我を治療してあげようと思ったら…傷がすぐに治ってて…。 びっくりしたもの」


 昔のことを思い出すように楽しげに笑うカナリア。だがノアの冷や汗は止まらない。


「知ってたらなんで⁈俺なんか放って置いたらよかったじゃないか⁈俺は死なないだぞ!」


「そうね、でも理屈じゃないの。ノアがこれ以上傷つくなんて嫌だった。 治るだけで……痛みが無くなるわけじゃない、わ」


 カナリアの眼は既に光を失いかけており、腕も力なくだらりと垂れ下がった。そんな状態でもノアの身を案じてくれる。

 ノアは顔を涙と鼻水でくしゃくしゃにしてカナリアの名前を呼び続ける。


「聞いて、ノア…わたしはもう死ぬわ。しかも相手はまだ生きてる。もし狙われたら逃げることも……難しいかもしれない」


「カナリア!ダメだ。俺が何とかする!全部任せてくれ!何とかしてあいつを倒すからっ!だから死ぬな!」


 ノアはあの男達から数十メートル逃げることさえ出来なかったのだ。勝てるはずがないことくらいノアもわかっている。それでもそれを何とか否定しようとした。これ以上カナリアに喋らせてはいけない気がしてならなかった。

 するとカナリアはゆっくりと腕を持ち上げ、自分の顔に手を置いた。そして次の瞬間、ノアの顔に血が飛び散った。



「なっ、何やってるんだ!!」


 カナリアは自分の左右の眼球に指を突き刺し、勢いよく引き抜いたのだ。そしてまだぼんやりと光をもつ紅い眼をノアに差し出した。


「これ…を、この眼を使って……。この眼なら逃げることが…出来るはずよ。それだけの力があるわ。この眼がいづれ、あなたの枷になる時がきっと来るわ…すべてが見えてしまうせいで……見えなくなるものができるかもしれない…。それでも…あなたに生きて…欲しい、ノア……」


「待ってくれ、いかないでくれよ。カナリアッ」


「わたしには……教えてあげられなかったものがまだまだ、たくさんあるわ…」


「いらない、何もいらないから!!だから...」


「愛情も…友情も…何かを得る喜びも、成し遂げた楽しさも。外にはいろんなものが…あるの。 外の世界を…いっぱい見てきて…」


 カナリアの声は少しずつ小さくなっていく。それでも、そんな状態でも、彼女の笑みは崩れていなかった。死は刻一刻と近づいているはずだ。激痛に襲われているはずだ。目が見えなくなり暗闇の中にいるはずなのだ。それなのにカナリアはノアに微笑んでくれている。この微笑みに、彼女の温かさに何度救われたか。


「ぁぁぁぁぁっ……うぐっ、ぐずっ」


 今までノアががカナリアに見せていた姿はどれもみっともないものだった。出会った当時も、助けてもらったのに、自分の感情のままに嘆き、不幸を呪い、八つ当たりをした。そして今も、こうしてみっともなく叫んでいる。


 だから今は。どこにもいかないで、ずっとそばにいてくれ、俺を1人にしないでくれ。それらの言葉が口から漏れるのを必死に堪えた。

 伝える言葉を間違えてはならない。カナリアにこれ以上不安や心配を残したくは無いからだ。最初に、彼女から教わった言葉。この世で1番大切な言葉を伝えたい。

 最後くらい立派な自分を見せたかった。


「カナリア、ありがとう。俺は大丈夫だから」

 

 ノアは涙と嗚咽を堪えて今までの全ての感謝を確かに伝えた。


「ふふ、いいの……ノアの…おかげで…すっごく幸せだっ…た…ゎ……」


 カナリアは最後まで柔らかな笑みで、手の中のものをノアに渡し、ゆっくりと力を抜いていった。


「うわあぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ。 ぁぁぁぁぁぁっッグぅぅぅうううぅぅぅゔゔゔ」


 ノアは泣いた。嘆いた。叫んだ。思う存分、一生分の悲しみを、虚しさを、悔しさを、楽しさ、涙で流れ落とし、憎しみを噛み締めた。

 もう涙を流さないから。もう奪われるような無様な真似にはならないから。そう心に刻み喉が枯れるまで、抜け殻となった少女の肉体を抱え、一人の少年が泣き叫んだ。










 ――ノアは自分の目に指を突き刺し、目玉を引き抜き管を引きちぎる。


「はは、すごい痛い。やっぱりすごいな、カナリアは」


 激痛が走る。当たり前だ。自分の目をくりぬいたのだから。それでもカナリアは笑みを絶やさなかった。だからノアも笑みを作る。乾いた笑みだとしても、彼女のようになるために。もう泣かない、もう俯かない。

 カナリアから受け取った紅い眼を再生が始まる前に差し込んだ。


「ぁぁ、ぐっ」


 まるでその眼は、脳に茨の根をはったような痛みを与え続けた。じくじくと痛み、時には釘を瞼の裏側に突き刺したような激痛も襲ってくる。あまりの痛みに眼を抑え蹲るも、痛みから逃げずに立ち上がる。



『飾れ。 自分を(いつわ)ってでも (つく)れ 。 嘘は貫けばそれは真実となるだろう。


 弱い自分を強い自分に 。 心の在り方で人の価値は変わる 。


 何もかも 。 いらないものは捨ててゆけ、新しい自分を作り直せ』


 幼く、それでいて堅い鉄のような聲が頭に鳴り響いた。




 ノアは体がその聲に反応したかのように頭痛が鳴り響く。体に異物が紛れ込み自分の中にある何かとぶつかりあった。体の中で壮絶な力の押し合いが始まり、体の細胞が破壊と再生を何千回をも繰り返しはじめた。突如翼が捻られたような、引きちぎられるような感覚、眼や耳、口などあらゆる所から血が吹き出し、脳も破裂しそうなほどだった。それでもノアは口を笑みの形へと歪めた。カナリアのようにどんな時でも笑えるように、彼女ように強くなるために。













―――――――――――――

「はあ、はぁ…ふざけるんじゃ、ねぇぞ、オイ!」


 緑髪の男は、肩で息をしながら船の方へ向かう。吹き飛ばされて意識が飛ぶ直前に見えたのは自分の攻撃と少年の間に割り込み、もろに弾け飛んだ少女の姿だった。


 あの攻撃はもともとカナリアから逃げるためにあえてカナリアの怒りの元となった標的、ノアを狙ったものだ。そのため速度はそこまで早くはないがノアに十分な深傷を負わせ、壊せるほどの威力や巻き込める為の炸裂範囲を高めたものだった。


(それをあの白いガキは羽となんらかの力で覆い、膨張を防ぎやがった。あの時間であれほどのことを成し遂げるの実力。 あの黒いガキを庇わなかったら間違いなく殺られてた、クソ)


 それでもノアがカナリアを力の範囲外まで引き剥がせるほど時間を稼ぎ、絶妙な位置どりで隙をついた男の実力は本物だ。カナリアも自分の体を飛ばして受け止めるしかなかったのだ。ただそれでも、男はここに来た時とは比べものにならないほどボロボロだ。角は折れ、片腕は既にない。


「ここまで、来て…死ねるかよっ」


 男は懐から赤色の液体が入った瓶を取り出し、一気に飲み干した。すると傷口が少しづつだがじんわりと治りつつあった。その液体は回復薬でかなり貴重な類ではあったが命には変えられない。持っている回復薬を合計3本を全て飲みきった。それでも即効性はなく現状は血が止まっただけに過ぎない。それでも走れるだけの体力は既に戻っていた。

 男は湖まで走り、自分達が乗ってきた赤色の船にたどり着いた。ここに来た時は3人だったが、帰りには1人になってしまったな、そんなことを考えていると自分の足元に一つの影が出現した。


「あ?つぎはなんだ?誰だ、テメェ」


 男の上空に1人の少年が飛んでいた。

 その少年は真っ白の髪に、髪の間から見え隠れする紅く燃える眼。背中には大きな純白の羽が生えていた。自分を容赦なく殺そうとしたあの少女を嫌でも連想されられる髪色。

男は考えるより先に攻撃に移っていた。腕に力を込めて十字に交差する不可視の斬撃を放つ。だがそれを少年は優雅に躱し、ゆっくりと降下して地に足をつける。男はいままで幾度となく強敵を葬ってきた攻撃を、この一日に何度も無効化されたことで自信を失いかけている?


「なんなんだよ、お前ェらはよぉ」


 すると少年もこちらに微笑み、穏やかに怒り狂った殺意を込めた言葉を言い放つ。


「僕はあなたを殺す。僕たちは絶対に許しはしない」


 その身体が震えあがるようなおぞましい声は、自分が何度も潰し、嘲笑った聞き覚えのある声だった。

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