第7話 カナリア
「あがぁぁぁぁぁぁぁあぁぁあぁがあぁあぁぁあ」
男達はノアを殺した。殺し続けた。
腕は切り落とすと途端に生え、目玉を炎で沸騰させて潰すも直ぐに再生を始め、腹に拳で穴を開けようものなら途端に塞がる。それを面白がるように、男達は何度も何度もノアの体に穴を、模様を開けていく。
何度も 何度も 何度も 何度も 何度も 何度も 何度も 何度も 何度も 何度も 何度も 何度も 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
最初は足がなくとも翼を広げて飛ぼうとした。だが緑髪の男が手を振り下ろすだけで、翼もろとも叩き斬られてしまう。反撃しようにも拳を握ろうとしただけで、顔に爆炎を叩きつけられる。痛くても熱くても苦しくても、涙を流す事さえ許されず殺され続けた。
「ぁぅご……いやだぁ、もう、やめ…」
「もう終わりか? ハハハ! 不死身でもこんなんじゃ無意味だなぁ? オイ!」
「こりゃえぐいな」「クク、壊れる前にさっさと教えろよな。お前がそうか?」
「なんのこと……ぐぎぁ」
身体は治っているし、どこにも異常はないはず。しかし手を動かすどころか目を開けることすら出来なかった。その様子を見て3人の男達はノアを嘲笑う。何かを探しているのか男は拷問しながら何回かノアに質問をしてきたが、その時にはノアには男達が何を言っているのか理解するほどの意識を保っていなかった。コヒューコヒューと空気が漏れるような音が口から漏れる。呼吸することすらままならないノアの首を男は乱暴に掴み上げる。
「不死身と無敵は違うぜ? 死なないだけで終わらねぇわけじゃない。 死なねぇなら壊して終わらせればいい。 あと何回殺せばお前は壊れるかな?」
(カナ…リア……)
ノアは既に壊れていてもおかしくなかった。しかしカナリアへの想い、それだけが支えだった。だがそれももう限界。自分が壊れるまでこの攻撃を続けると、自分に終わりが来ると言われて怖くなり完全にノアの心は折れた。
(たすけ……て)
ノアの心の叫びなど聞いてくれるはずもなく、男はノアの首を大きな手で握り潰し、口から火の玉を放出しようとする。
また殺される。そう思った瞬間、ノアの首を掴んでいた男が音もなく潰れた。まるでくしゃくしゃに丸めて捨てられる紙のようにひしゃげ、一気に凝縮されて潰された。
『ノアから離れなさい』
凄まじく異様な圧力を感じさせる声色。一瞬で周りの空気が圧縮されたと思わせるほどの圧倒的存在感。男達は仲間の一瞬の死と、カナリアの声に含まれる凄まじい怒りに身体が反応し瞬時にノアから離れる。全神経が回避を選んだのだ。
しかしその声は、ノアにとっては最も安心する声だった。その声主は真っ白の長い髪と白く輝く羽を空に広げて普段は透明だったはずの目を燃やし爛々と紅く輝かせていた。
「ノア!大丈夫?!」
カナリアは男達から解放されたノアの元に慌てて近寄り、紅く光る眼を潤わせながらもノアの身体をペタペタと触る。
「今の……カ、ナ…リア?」
「そうよ。もう大丈夫、大丈夫だから。ノアは隠れてて、あいつらは…私が追い払うわ」
「ダメだ、逃げ…よう」
「任せて。ノアが来てくれるまでずっと1人で生きてきたんだから!これでも結構強いのよ?」
ノアが目をなんとか開くと、カナリアは安心させるように口元を緩める。自分が彼女を守るなんておこがましい、そう理解してしまうほどの力強さ、安心感があった。
カナリアはノアの背を木に預けさせ、ゆっくり立ち上がり残りの敵のほうへと振り返る。その表情はいつもノアに見せる表情とは違い、氷のように冷たく鋭かった。
「オイオイ!こいつは!」
「ああ、間違いない。こっちが本物だ」
鳥肌が止まらないほどの濃密な殺気を放つカナリアに対して、2人は臨戦態勢に入り緊張を高める。相手が一瞬で自分達を潰せるほどの能力があると判断し、一旦逃げて作戦を練るべきだと仲間に報告する。だが、隣にいたもう1人の仲間の姿はそこにはなかった。
「なっ!?あいつをどこにやりやがっ…」
男は仲間を探すため、視線をカナリアから一瞬外してしまう。その一瞬が命取り。
「あなた達を許すことはできないわ。ここで死になさい」
男は何処からか聞こえてくる声に慌てて周りを見回した。だが何処にも少女の姿はなく、気づいた頃には片腕が取れていた。
「ガァッ‼︎ いつのまに!?」
男の上空。そこにカナリアはいた。
最大限まで緊張を高めて警戒をしていたにもかかわらず、少女はいとも簡単に死角に入りこんでいた。男は驚愕し一瞬反応が遅れながらも、考えるのをやめて全力で回避にまわり真横に飛んだ。
「無駄よ、簡単に逃しはしない」
カナリアは冷たい死刑宣告を下し男の移動先に先回りする。男は声がした方向、つまり自分の目の前に現れていた敵に驚き、咄嗟に爆炎を起こした。しかしその炎に穴があく。その穴は炎だけでなく自分の腹まで貫通していた。
「な、なに⁉︎、いてぇ」
男は、カナリアがまたもや唐突に現れ、自分の腹に風穴が開けられたことに理解が追いつかない。驚かされてばかりで、何をすればいいかももはやわからない。男は穴から血がこぼれるのを抑えるように手で押さえ、気力の限りに吠える。
「でたらめな力だ、くそっ、こんなところでやられるかよ!」
男は致命傷を負っているとは思えない動きで走り出す。木や岩を足場にしてカナリアの周りを動き回りながら口から人1人は余裕で吞み込めるほどの大きさの火の玉を吐き続ける。その炎は数も熱度も凄まじく、カナリアを四方八方その火の玉が蠢いて囲んだ。しかし
「な、なぜ当たらない!?」
火の玉はまるでカナリアを避けるように飛んでいたのだ。そしてカナリアの眼が閃くと火の玉が全て瞬く間に喪失する。
「う、嘘だろ...」
次は、消えたはずの火の玉が突如男の周りに現れ男に向かって一斉に降り注いだ。男は目と口を大きく開けて呆然とした表情で、現実を受け止められないまま火の雨に飲み込まれていく。凄まじい爆音が鳴り、たちこめる爆煙が消えるとそのあとには抉られた大地のみが残った。
「オイオイ、オイオイオイオイ!!。嘘だろ、テメェ」
緑髪の男は、最初の仲間が潰された瞬間にカナリアの殺気に反応し、臨戦態勢に入っていた。だが、突如目の前の景色が一変し森の中にいたのだ。
何かしらの力で自分は遠くまで飛ばされたのだ。体に異変はない事をすぐさま確認し、南方のほうから仲間の炎が上がっていることに気づき急いで駆けつける。早く行かないとまずい事になる、と男の勘が言っていた。
そして草木を掻き分けて顔を出した時、目にしたのは仲間が火の玉に呑み込まれているところだった。
緑髪の男は仲間2人を殺された怒りで飛びかかろうとしたが、自分の頰を殴って何とか立ち止まる。これまで何度も戦場で感情に呑まれた者が死んでいったことをよく知っている。しかも目の前にいるのは今まで出会った中でもかなりの実力者だ。
男は、森に身を隠し頭を冷やす。
(あいつはマジでつえぇ。冷静になれ、死ぬ気でやらねぇとやられる。)
仲間達も今まで一緒に生き抜いてきた頼もしい実力者だ。戦闘においてもいろんな経験を積んできている。不意をつかれたとしてもそう簡単にやられるとは思えなかった。しかし男が見たのは仲間の死と傷一つない白い羽を生やした少女だった。男は必死に勝つ方法を考える。
(なんなんだ、あのガキ。俺を森の奥に飛ばしたり炎を弾いたり。まずなによりあの覇気だ。とんでもねぇ威圧感だ)
カナリア一人づつ確実に殺すべく、先ほど炎に囲まれて黒焦げになった男の様子を確かめていた。全身黒焦げだが息の根を止めるまでは安心していない。
(ちっ、やるしかねぇ。あいつの様子から見ると遠距離戦はダメだ。いっきにケリをつけるしかねぇ)
男は苦しい状況に舌打ちをし覚悟を決めて立ち上がる。最大限音を殺して近くの大樹に登りカナリアの真上、死角に入り込んでいく。
自分の心臓の音と落ち葉が落ちる音だけが鼓膜を打つ。カナリアは焼け死んだ男の仲間が死体であることを確認するため視線を足元に向けていた。その瞬間を逃さす訳にはいかない。木の枝を巧みに使い急降下しカナリアの隙を突く。
「死ねぇ!!!」
敵を真っ二つに切断した。男はそう確信した。しかし男の腕は空をきり、代わりに正面から謎の衝撃を身体に貰い地面に崩れ落ちる。
「………ゴエッ、俺に気づいていたはずがねぇ!?完全に死角から不意を突いたはずだ」
「あなたはわたしの大切なものを傷つけた。……もう何を失ってもいい、でも…」
(や、やべぇ⁉︎)
「ノアを傷つけることだけは許せない‼︎」
カナリアは拳を握り、純白の羽を広げて高々に声を上げた。
男は気力の限りを尽くして横へ飛ぶ。すると先ほどまでいた地面は凄い勢いで歪な形に変形する。
その後も男は必死に逃げ回る。時折攻撃をしてみるものの、自分の攻撃は少女に当たる前に消滅し相手の攻撃だけが自分の身体にねじ込まれる。目の前の少女の攻撃は見えないうえに音すらなく地面が次々に爆ぜてゆく。とてつもない破壊力をもっている攻撃が雨のように降ってくるのだ。完璧に回避できるはずもなく、少しづつ死に近いていくのを感じていた。
(近距離も遠距離も無理、くそっ。この俺がなんてザマだよ、逃げることしか出来ねぇなんて笑えてくるな。なにか、なにか逃げきる方法はねぇのか)
男の二本あった立派な角は二本とも折れ、右腕も歪な傷跡を残して無くなっている。口からは大量の血も流し、既に勝ちを捨てていた。そして男はただ逃げきれる方法だけを考えていた。
カナリアは紅い眼を静かに燃やし、力を振るって男を確実に追い詰めていた。
カナリアの眼は〈空間〉を司る力を宿していた。
自分の周りを掌握し把握する。カナリアはどんな方向からあらゆる攻撃がきても見えるのだ。相手の炎を空間を捻じ曲げることにより相手に返すことも空間ごと消滅させることすらできる。相手の身体ごと捻じ曲げることも容易だ。しかし緑髪の男もかなりの強者で、危機を察知しているのかカナリアの影響圏から逃れて空間を歪ませる直前に僅かながら反応していた。だがそれでもカナリアの猛攻に耐えきれず身体は削れていっておりいずれ潰れるだろう。そう確信して冷静に敵を探す。確実に葬るために。
すると木の影から男が猛スピードで突っ込んできた。カナリアもそこに男がいたことは察知していたため、羽を羽ばたかせ標的を定めると、相手の身体を捩じ切って丸め込もうとした。しかし次の瞬間、男がいきなりあらぬ方向に手をかざした。
「これは読めたかぁ?オイ!」
「あ………だめっ!!!」
カナリアは紅い眼を見開き、目の前の男の横腹に風穴を開けて吹き飛ばす。今の攻撃は半端でおそらく男は死んでない。しかしそんなことに構ってる暇などなかった。男が手をかざした方向。その先にあるものが、とてもとても大切なものなのだ。
『ノアッ!!!』
ーーーーー名前を呼ばれた気がした。
自分の名前を呼んでくれる存在は一人しかいない。ノアは彼女を探すため朦朧とした意識の中、瞼をなんとか持ち上げる。すると軽い衝撃に襲われ突き飛ばされた。
「な、なんだ?」
ノアはなにが起こったか確認しようと手を地面に触れ、ペタペタと周りを探っていく。そこで手になにか温かいものを感じ、確かめるように撫でていく。
「なんだ…これ」
だんだんと視界が開き、手についたものを確認できるようになった。それはべっとりとついた真っ赤な血だった。ノアはなんでこんなものがついているのか不思議に思い顔を上げた。
その光景が、運命を動かすとも知らずに。
「………………………………え?」
そこには血の池が出来ていた。その池には誰かがぽっかりと浮かんでいた。いつもは大きくて真っ白だった羽は、赤く染まり乱暴に引きちぎったように無残なものに、身体中には切り刻んだような傷跡が。
「………カナリア?」
ノアが目にしたのは下半身を失しない、力なく倒れているカナリアだった。




