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成れ果ての不死鳥の成り上がり・苦難の道を歩み最強になるまでの物語  作者: ネクロマンシー
第2章 変わり続ける感情
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第75話 最後のわがまま

 大樹の下で、子供達がわいわいと集まり上を見上げていた。その視線の先には枝の上で膝を抱えているテトの姿があり、まるで木から降りられなくなった猫のようだとノアはくすりと笑った。その笑い声で皆んなはノアに気づいたらしく、子供達はノアに視線が集め、テトは震わせていた表情をパッと咲かせた。


「ねぇねぇ!ノアさん。テトさんが降りてこない」

「尻尾触らせて欲しいのに逃げちゃうの!」


 テトは子供達から逃げ疲れて木の上に逃げたのだろう。他人と触れることを恐れていたテトには、問答無用でペタペタと触れようとしてくる子供達に苦手意識を植え付けてられてしまったらしい。テトが若干涙目になっていたため、ノアは苦笑しながらも子供達を流石に止めようとする。だが、先に行動に移したのはテトだった。


「あっ」」」


 皆が声をあげるなか、テトは木の枝からしなやかに跳ぶ。子供達の頭上をくるくると空中で回転して通り過ぎ、唖然とした表情で固まっているノアにむかって飛びついてきた。


「わっぷ!」


 どうにか受け止めたものの半分顔で受け止めた形になり、呼吸ができずにたたらをふんだ。テトは頭にひしっと抱きつき、喉からごろごろと音を鳴らす。


「触らせて!」 「尻尾!」


 子供達は、はしゃぎながら触りごこちを求めてノアの元へと集まってくる。しかしテトは、さっきまで震えていた体はピタリと止まったおかげか、余裕の笑みを子供達に向けていた。


「だめ。 これはノアの」


 テトは、はっきりと言いきって鼻を鳴らすと、これが証拠だと言わんばかりにふさふさとした黒い尻尾をノアの首に巻きつけた。子供達は羨ましそうにノアを見つめるが、ノアは苦笑するしかなかった。


「少しテトを借りてくよ」


 ノアは子供達を引き離すように木に上り、翼を広げて木を足場に次々と飛んでいく。木の葉を軽く揺らすような風は、空を飛ぶノア達に強く吹き付けて髪を舞い上がらせた。テトはその風を気持ち良さそう受けて目を細め、そのまま空を走りながらノアは話を持ち出した。


「あのさ」


「ん?」


「あの件、勝手に決めて大丈夫だったの? 僕が上界に行っても平気?」


 その質問は一種の自惚(うぬぼ)れに近いような言葉だったが、テトはさっきみたいにノアがいなければ子供に囲まれただけで震えてしまうのだ。触れられた際、もし身体から毒が出て子供達に影響を及ぼしてしまったら。そんな考えがテトを怖がらせているのだろう。だからこそ猛毒ですら死なないノアには安心しでき、人肌の温もりを思い出しているのだろう。


「……平気」


「ほんと?」


「うん」


 テトは(なび)く髪の隙間からノアの目を見つめ、うっすらと微笑んだ。確かにノアが居なかったら寂しいし、不安で一杯になる。それは既にわかりきったことでありテトにとっては辛いことだ。けれどテトはノアを困らせたくはなかった。

 ノアは、その表情、テトのその瞳を、眼でじっと見つめ返した。


「キュプラーに言われて初めて気づいたんだ。僕はテトのこと何も考えてなかった。それで、もしね。 テトが嫌だって言うなら違う道を探してもいいかなって思ったんだ」


「うん」


「約束したよね、ずっと側に居るって。側に居てあげることならできるって。 約束を破るのもどうかなって」


「……うん」


「それに、僕もやっぱりテトが居ないと寂しいからね」


 肩に触れていたテトの手にキュっと力がこもり、テトはうつむいた。その後、沈黙が続いて風の音だけが耳に届き、テトが口を開くまでノアはただ待っていた。


「……しい」


 テトは顔をあげて風で揺れる髪の中から表情を覗かせた。その時テトの瞳は、ノアが少し驚くほど涙の中で揺れていた。


「行かないで、欲しい。 側に居て欲しい。 ずっと、ずっと……」


 必死に堪えていたのだろう。目を強くつぶり、涙を止めようとしているが次から次へと溢れ出して鼻水混じりに嗚咽を漏らす。服をぎゅっと引っ張っていた手を離してノアの身体にしがみつく。これは過去に口から吐き出したかった言葉だ。ノアがハンターになると決めた時に、無理やり飲み込んだ言葉だ。それを今、テトはこぼしてしまっていた。

 ノアは宣言通り、この道を諦めてもいいと思っていた。毎回毎回テトには助けられていた。テトが居なければノアはもう生きていなかったかもしれない。そのためテトが居ないとなると若干の不安もあったし、何より一度くらいテトのわがままを聞いてあげたかった。


「じゃあ止めよう、他の道もきっとある。それに、直線だけが近道じゃないしね」


 ノアは優しく笑いかけて、いつかユグドラに言われた言葉を口にする。この選択に悔いはない、と言えば嘘になるかもしれない。せっかく見えた道に少し未練がましい気持ちもあった。しかしパートナーを置き去りにすることはしてはならないと思え、ノアはその自分の気持ち大切にしたかった。

 しかしテトは腕の力をゆるめて頭をゆるゆると振ってその提案を拒否した。


「ううん。……やっぱり大丈夫」


「無理しなくていいよ。 僕は気にしないから」


「平気だよ。もう、大丈夫」


 ノアを強く見つめるテトの目は、未だに大粒の涙を流していた。けれどテトは笑っていた。強がりの笑顔であるのは確かだ。けれど、本当の笑顔であることも確かだった。強く吹いている風が涙を運びノアの顔に当たる。


「側に居たい。でも我慢する」


「我慢する必要なんて……」


「ノアの、大事な人が待ってる」


 テトは目を伏せてその言葉をノアにぶつけた。見なくてもノアの顔が歪んだことがわかる。

 その言葉はずるい。それはテトにもわかっている。だからこそ口にした。ノアはもう何も言えなくなってしまい唇を軽く歯で抑えた。


「もうわたしは平気。 ほんとだよ。 ノアがそこまで言ってくれて、ほんとに嬉しい」


「テト……」


 テトの涙は嬉し涙。テトの笑顔は幸福の笑み。ノアが側に居てくれると言われて心が踊り、その誘惑の海に沈みたくなった。

 けれど自分は応援すると決めた。決めたのだ。あれだけ必死に目指していたノアの邪魔なんてしたくない。ノアが道を間違えないようにするのが自分の役目なのだから。だから自分のために曲げて、なんてとても言えない。本当はこんなかっこ悪い自分を、涙を、ノアに見せずに笑って見送りたかったけれどこの別れも悪くないと思った。


「だから最後に、わがままを聞いて?」


 大きな大樹の枝に、テトはぴょんと降りてこちらを振り向く。その様子にノアは笑みを浮かべる。それは多少の呆れも混じっていたかもしれない。

 テトは、はにかみながら腕を広げてノアを待っているのだ。最後にノアのほうから抱きついて欲しい。それがテトの最後のわがままだ。


 テトのわがまま、それはあまりに(あわ)い色合い。ほんの僅かに甘酸っぱいお願い。

ノアはゆっくりとテトのもとに降り立ち、最高のパートナーに抱擁を贈る。テトはこの時間を味わうように、ノアの肩に顎を乗せて鼻を鳴らした。テトは人肌の温もりを感じ、幸せを味わうがノアの顔を見れないでいた。やはりされる側は慣れないと、恥ずかしそうに笑い、尻尾の揺れは止められなかった。ノアは、テトのふわりとした髪に肌をくすぐられても、肩が幸福の涙で濡れても、腕をどかすことはしなかった。


「行ってきます」


「ゔん。……いってらっしゃい」


 大樹の上で肩を並べる二人の影は、満月の光に照らされた。















 ノアは皆んなに一言づつ別れを言った。子供達も寂しそうに見送ってくれ、ノアはいつのまにかタルタロスという場所がこんなに大事な帰る場所となっていたことに気づいて頰を緩めた。最初は成り上がるために利用するだけの集まりだと考えていたが、感情というものは厄介だ。こうも後ろ髪を引かれる思いになるとは思わなかった。


「行くのか」


「ええ」


 タルタロスの入り口で立っていたバッカスが、ノアに気づいて顔を向けた。


「自分の体を大切にしろよ」


 最後に自分の師であるバッカスに頭を下げた。バッカスと話す機会は減ったような気がしていた。鍛錬をする時も、最近は頼んでも断られ頑なにこの場を離れようとしなかった。けれどバッカスはいつもと変わらず、ただ面倒くさそうに煙をふかしていた。


「ええ、お世話になりました」


 バッカスは何も言わずに鼻を鳴らすだけだったが、ノアは満足そうにタルタロスを後にした。そのノアの後ろ姿を見て、過去の無力なガキだった少年の姿を思い浮かべた。だが泥臭く這い上がり、何度も何度も無駄だと思っていた努力を積み重ねてここまで成長したのだ。


「まったく、効率の悪いやつだ」


 最後にバッカスは、悪人ヅラを少しだけほぐした。

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