第74話 響き渡る笑い声
タルタロスに戻るとすぐにニーナの元へ行き、テトの傷を診てもらった。テトの傷は深かったため、治療が終えても安静にするようにと言われノアはテトを寝床にゆっくりと寝かせた。治療を受ける時もそうだが眠る時もテトは、ノアの手を決して離さず、しっかりと掴んでいた。少しでも目を離せばまた一人で突っ走ると思われているのだろう。道を外しそうになったノアをテトは正してくれたことの感謝の気持ちもあったが、心配をかけたことにも申し訳なさを感じる。ノアも、自分のために危ないところまでついてきてくれ、怪我までしてしまったパートナーが眠りにつくまで手は離さなかった。そのおかげか、テトは幸せそうな表情を浮かべ、良い夢を見ているように眠っていた。
朝日が昇り体を起こしたテトは、目が覚めてもノアがそこに居ることに気づいて目を細めた。そして、まだ手を握ってくれていたことがたまらなく嬉しかった。それはにやけが止められないほどで、それが恥ずかしく必死に表情を隠そうとした。自分から抱きつくことに慣れてきたテトだが、不意打ちには弱くしばらくは赤く染まった顔を見せれずに枕に顔を伏せていた。ノアは、あたふたとしていたテトを不思議そうに見つめながらもおはようと挨拶をする。その優しい笑みが、暖かい挨拶がテトを安心させた。しかしノアは、テトが寝ている間ずっと本を読んでいたようで眠った気配はない。そのことがやはりテトには気がかりだった。
ノアは、テトに止められて本物の化け物になることは免れた。あのままいけばテトを攫った男、ジュラと同じ末路を歩んでいただろう。ジュラも憤怒の呪いにより、壊れていった被害者の一人だった。それほど呪いは宿主を狂わせていくものだった。だがノアにはテトが側にいてくれたおかげで狂わずに済み、それと同じくらいテトもノアに救われていた。お互いがお互いの呪いを想いで打ち消し合い、依存する形で調和を保っていた。
だが、今は保たれているだけだとも言える。それほど大きい存在である呪いを、ノアは二つも宿している。危険性は倍どころの話ではなく、それは今もノアの心を蝕んでいくだろう。ノアの中で既に壊れた心は戻らないのだ。それが表に出る時が来るかもしれない。その結果がどうなるかも誰にもわからない。
それからノアは盗んだ宝をユグドラに渡し、金に換えてもらった。その際に無断で城に侵入したことを叱られた。ユグドラが今まで安全な道を用意してきたのに、ノアの勝手な行動で全てが無駄になるところだったのだからその怒りは正しく素直に頭を下げた。今まで努力してきて、カナリアを生き返らせるという大事な目的があるにもかかわらず、エデンの強さを前に死ぬ気でいた。そのことにも深く反省した。
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昼になりノアはドームの真ん中で鍛錬始めていた。地道に努力を重ねる。これが大事だと今回で改めて理解できた。しかし鍛練と言ってもいつものように短剣を振っているわけではない。今日はこの黒い羽の防具を完全に使いこなすべくして奮闘していた。このコートには旋回獣、ジャック・オー・ランタンの核、そのエネルギーとノアの翼で作られている。その莫大なエネルギーはノアの身体能力を引き上げ、限界を超えた動きを可能にした。だが、そこに問題があった。エネルギーが強すぎるあまり、力を抑えきれないのだ。その暴走はギルドマスターのジークの攻撃を一度は躱し、反撃できるほどの速度を生み出してくれた。あのとんでもない強さを持つ騎士、エデンの反応速度を超えた瞬発力で、不意打ちとはいえ一撃を食らわせることができた。それは紛れもなくこのエネルギーのおかげだ。だがこの力はエデンが驚くほどの爆発的な瞬発力を生む際、ノアの身体はリミッターが外されていた。身体の筋肉は一定レベル以上の力が発揮されると無意識にブレーキがかかるようになっている。安全装置であるリミッターが無くなる、それは異常な破壊力を手に入れるかわりに身体が壊されていくという意味だ。身体があげる悲鳴を無視し、筋肉を酷使したノアはエデンに攻撃した後、骨が粉々になり壁に衝突するまで止まれなくなった程だ。
「それでも、僕の再生能力があればこの力を使いこなせる」
ノアの考えた戦い方は動きを制限するといった考え方ではなく、破壊と再生を繰り返して攻撃するといったものだった。その考え方はイカれているだろう。だがノアにとってはそれが〝普通〟だった。そのためにも少しでも力の扱い方に慣れておきたくてその後もひたすら身体を動かし続けた。
日が沈む頃、ノアとテトは広場に向かった。今のタルタロスはノアの仕事ぶりもあって一日に三回、全員が食事にありつけている。子供達がはしゃぎ回りっており、その中心でアウルムとアルティナが鍋をおたまでつついている。
「ちょとアウルム。入れすぎです。朝からそんなに味が濃いものは体が受け付けません」
「大丈夫だ。このくらい朝からしっかり食わないと下界では生き抜けんからな」
どんどん味が濃くなっていく鍋を、周りにいる子供達は心配そうに見つめた。ノアはその様子に苦笑して二人に近寄り声をかけた。
「僕も手伝っていいですか?」
ノアに声をかけられ二人は少し意外そうな表情を作るが、すぐにその顔は優しい表情へと変わった。二人も最近荒れていたノアのことを心配していたのだ。しかし、二人は信じて見守ることを選んだ。その結果ノアの笑顔が、雰囲気が戻っている。そのことに安堵して手に持つおたまをノアに渡した。
ノアは手伝うだけのつもりだったが、二人はノアに鍋を押し付けて休憩し始めた。こちらを指差して笑いながら盛大にくつろぎ始める二人を見て、ノアは手伝うなんて言うんじゃなかったと苦笑した。
「テトが何とかしてくれたようだな」
「そのようですね。信じて待ってよかったです」
「まったくだ」
「あら?アウルムはあんなに不安そうだったじゃないですか」
「そ、それはアルティナもだろう!」
「……そうですね。まぁノアもテトも私たちの弟や妹みたいなものですからね。そりゃあ心配もします」
「クク、違いない。まだまだあいつらも子供だからな」
二人は、じゃれてきた子供達に困っている様子のノアと、尻尾に興味を示した子供に追いかけられて逃げているテトを眺めて笑っていた。
「ボスから聞いたぞ。 今日の夜、行くんだってな」
座っていたノアに、りんごを投げてよこしたキュプラーは近くに腰を下ろした。子供達はテトの尻尾が気になるようで、未だに追いかけている。テトは逃げながら、助けてという視線をノアに送ってきていたがテトの脚なら捕まることはないだろう。
「ああ、ティグリスから王族騎士の資格は貰ったからね。 行くなら早い方いいし」
鍛錬を終わらせた後、ノアはティグリスに金を渡しに行った。ティグリスもまさか一日で大金を用意できると思っていなかったらしく、珍しく間の抜けた顔をしていたのを覚えている。そして今日、これから出発する予定だった。
「そっか、寂しくなるな」
騎士になる。それはハンターとして活動するとはわけが違う。しかもただの騎士ではなく、王族を守る騎士となるのだ。それは上界で暮らすことを意味し、タルタロスには簡単に帰れなくなるだろう。次帰ってくるのはいつになるかわからない。来年かもしれないし、ひょっとしたら明日かもしれない。
キュプラーは遠くにある何かを見るように遊びまわっている子供達を見ていた。
「賑やかになったよな。お前が来る前までここは話し声ひとつ聞こえなかったんだぜ?」
まだキュプラーはどこか刺々しく、テトは他者を拒んでいた頃だ。人数は限りなく少なく、葉っぱが揺れる音くらいしか聞こえなかった。その時の事を懐かしむようにキュプラーは呟いた。だが今や子供達の笑い声で溢れかえり、朝でも夜でも軽い足音がパタパタと聞こえてくるのだ。
「テトはお前が騎士になることに何も言わなかったのか?」
「え?」
「え、じゃねぇよ。パートナーで話し合ったんだろ?テトはあれだけお前に懐いてんだ。寂しいとか言わなかったのか?」
「…………」
「お前、まさか相談してねえのか?」
ノアはキュプラーの話を聞いて嫌な汗が背中をつたっていくのを感じた。騎士になるという話をティグリスに持ち出された時、ノアは目の前のことしか見ておらずテトのことを気にもしていなかった。騎士になれば最近どこへ行くにも一緒にいたテトとも離れることになるのだ。
「じゃあ今から行ってこい!」
「いや、でも……」
「早く行けって」
呆れたように息を吐き、キュプラーはノアの背中を押した。押すというよりも勢いが強過ぎて叩くに近いものだった。
「ノア、頑張れよ。そんでたまには帰ってこいよな」
「……うん、ありがとう」
親指を立てて見送ってくれたキュプラーに手を振り、テトのほうへと歩いていった。




